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物理学:力学のまとめ
藤崎弘士∗
平成 24 年 6 月 20 日
1 物理学とは
物理学 (physics)には2つの側面がある。一つは物事の本質を極めるという方向性であり、これは基礎
物理 (fundamental physics)とも呼ばれる。基礎
物理では、例えば、以下のような問いに答えようと
する。
• 空間とは、時間とは何か1
• 時間の流れは一方向なのか2
• 「もの」を細かくしていくとどうなるのか3
• 質量とは何か4
これは物事の本質に迫ろうとするものであり、その
過程で従来の概念を修正(否定)したり、新しい概
念を生み出したりする。
しかし、実際には、物理学者のほとんどが基礎物
理そのものではなく、基礎物理で得られた概念を使っ
て、物事を調べるという仕事に就いている。これら
は(広義の)応用物理 (applied physics)と呼ばれ
る。物理で得られた概念は適用範囲が非常に広く、こ
れらによって、われわれは原子・分子、車、飛行機、
水の流れ、地球、月、太陽系、銀河、宇宙全体など、
∗fujisaki@nms.ac.jp, http://nonad.zouri.jp1現在のもっとも洗練された理解のされ方は、Einstein の相対
性理論によるものであり、空間と時間は一体のものとして考えなければならない。
2熱力学の第2法則によれば、変化は一方向でなければならない。熱力学の授業参照。
3これは素粒子物理学の発想法であり、日本ではノーベル物理学賞を受賞した湯川秀樹 (1949)、小柴昌俊 (2002)、南部陽一郎(2008)、小林誠 (2008)、益川敏英 (2008) らの研究がある。
4Einstein の有名な関係式 E = mc2 からも分かるように、今では質量はエネルギーの一形態であると考えられている。
ほとんどすべてのことを調べることができる。現在
の傾向としては、物理の概念を使って、生物を調べ
るということも盛んに行われてきており、タンパク
質や DNA のような生体分子、細胞、神経系、臓器、脳などが調べられている。こういった物理的に生物
を調べる分野を生物物理 (biophysics) と呼ぶ。
物事を物理的に調べる際に、現在では3つの手法
がある。
• 理論 (theoretical)
• 実験 (experimental)
• 数値計算 (computational)
第一の「理論」は、概念を数学的に表す式を使って、
物事を数学的に考えていくということである。しか
し、物理は数学とは違い、それが現実に起こらなけ
れば意味がない。そこで、実験家が、現実の系で実
験をして調べる必要がある。これが第 2の「実験」である。最近、計算機(コンピュータ)の進歩によっ
て第 3の方法「数値計算」が現れた。5これは計算機
の中に仮想的に調べたい系を作り上げて、それを調
べるやり方である。数学を使うので、ある意味、理
論的でもあるし、計算機の中で実験をしているとも
言えるが、純粋な理論、実験とは区別したほうがよ
いだろう。
物理学者のファインマン6は「すべてのものは原子
からできている」という言明が、物理においてもっ5最近 (2012) は世界で最速の計算機、京コンピュータが日本
で作られた。これは 1 秒間に 1 京回の演算を行うことができることから名づけられた。
6Richard P. Feynman. 朝永振一郎、Julian S. Schwingerとともに、量子電磁気学におけるくりこみ理論に対してノーベル物理学賞受賞 (1965)。ファインマン物理学 [1] は名著。
1
とも重要なメッセージであると言っている。確かに、
原子の存在が分かれば、原子の中を調べることで、
原子核や素粒子などの概念が出てくる。これは基礎
物理の方向性である。また、原子がどうつながって
大きな分子になるのかを調べるのが化学である。原
子・分子をさらに大量に結びつけていくことで、人
間を含む生物を理解することにもつながる。この大
宇宙も「所詮」原子・分子の集合でしかない。こう
いった、物理がすべての理工系の学問の基礎になっ
ているという考えを、物理帝国主義という。しかし、
これは物理が一番偉いという意味ではなく、すべて
の学問に物理的な要素が含まれていると解釈するの
が妥当だろう。
物理と医学の関係¶ ³すべての理工系の学問に物理的な要素が含まれ
ているのだから、もちろん医学も物理と関係が
ある。具体的には、人体内で起こっているさま
ざまな生理現象は物理的に理解するのがもっと
も適切である(血流、筋肉の運動、神経系を伝わ
る電気パルス、タンパク質と薬との相互作用な
ど)。また、さまざまな医療器具 (X線CT、MRIなど)や物理的治療法 (超音波治療法、レーザー治療法、放射線治療法など)も物理的な原理に
基づいて作られている。医療の現場では、生理
現象や装置の表層的な知識があれば十分かもし
れないが、何か分からないことに遭遇したとき
には物理的な考え方が役に立つはずである。µ ´理工系の大学生用の物理の教科書としては、[1, 2,
3, 4] などを挙げておくが、このノートよりは程度が高い(もしくは扱っている話題が多い)。しかし、こ
れより程度の低いものを読んでも得るところは少な
いだろう。
2 速度、加速度ベクトル
物理では「もの」の性質を調べるが、その中で特
徴的なものとして「動き」がある。死んでいるもの
は止まっているが、そうでないものは大体が動いて
いる。そこで、その動きの性質を調べたくなる。そ
のための法則がニュートンの3法則であるが、これ
を理解する上で、速度、加速度、力についてまず考
える必要がある。
「もの」は 3次元空間を動き回るので、それを 3次元のベクトルで表そう。
~r(t) =
x(t)y(t)z(t)
(1)
ここで、t は時間を表す。ある時刻 t0 でものが動き
出したとして、それが時刻 t まで動くと、1次元的な跡ができる。これを軌道 (trajectory)と呼ぶ。
軌道は t の連続的な関数とみなせる場合、微分可
能である。よって、以下の量を定義してもよい。
~v(t) ≡ d~r(t)dt
(2)
これを速度 (velocity)ベクトル ~v(t) と呼ぶ。これは図 1 からも分かるように、ちょうど ~r(t) における接線方向のベクトルである。
図 1: 位置ベクトル ~r(t)と速度ベクトル ~v(t)の関係。
速度ベクトルが定義されると、それをもう 1回微分することで、加速度 (acceleration)ベクトル ~a(t)が定義できる。
~a(t) ≡ d~v(t)dt
(3)
これは速度の大きさか、方向が変化する量を表して
いる。
以上は、軌道 ~r(t) が与えられたときの、速度、加速度の出し方だが、現実的には、速度や加速度が与
えられたときに、位置がどう変化するか知りたいこ
とのほうが多い。例えば、ある速度で運動している
車の位置の変化や、それがある加速度で減速してい
2
くときの位置の変化の様子など。そういう場合は、
式 (2), (3) を積分すればよい。つまり、
~r(t) − ~r(t0) =∫ t
t0
~v(τ)dτ (4)
~v(t) − ~v(t0) =∫ t
t0
~a(τ)dτ (5)
これから、加速度ベクトルの時間変化を積分すれば、
速度ベクトルの変化 [式 (5)] が、速度ベクトルの時間変化を積分すれば、位置ベクトルの変化 [式 (4)]が分かることになる。
2.1 等加速度運動
簡単のために、まず等加速度運動について考えよ
う。これは ~a(t) が時間によらない、一定のベクトルになる場合である。この場合は上の 2式は簡単に積分できる。まず加速度ベクトルの積分 (5) は
~v(t) − ~v(t0) =∫ t
t0
~adτ = ~a(t − t0) (6)
となる。ここで、簡単のために、t0 = 0, ~v(t0) =~v(0) = ~v0 とおくと、
~v(t) = ~v0 + ~at (7)
となる。これは重要な公式である。これを (4) に入れると、
~r(t) − ~r(0) =∫ t
0
~v(τ)dτ
=∫ t
0
(~v0 + ~aτ)dτ
= ~v0t +12~at2 (8)
となる。ここで、~d(t) = ~r(t) − ~r(0) と置くと、
~d(t) = ~v0t +12~at2 (9)
となる。まとめて書くと、
~v(t) = ~v0 + ~at (10)
~d(t) = ~v0t +12~at2 (11)
これらは等加速度運動の重要な公式である。以下で
示すように、この公式から、等加速度運動をする物
体は放物線を描くことが分かる。
簡単のために、2次元で考え、下向きの加速度 g
が働いているものとする。つまり、これは重力下で
の運動である。このとき式 (11) から、
x(t) = v0xt (12)
y(t) = v0yt − 12gt2 (13)
となる。
問い¶ ³最初の式を t について解き、2番目の式に入れると、
y =v0y
v0xx − g
2v20x
x2 (14)
となることを示せ。これは y を x の関数と見
ると、2次関数、すなわち放物線になっている。µ ´2.2 等速円運動
もう一つの重要かつ簡単な加速度運動として、等
速円運動がある。速度は一定であるが、速度の向き
が時々刻々変わっていくので、これも加速度運動で
ある。数学的には、
~r(t) =
R cos ωt
R sinωt
0
(15)
となる運動である。ただし、回転の軸を Z 方向と
し、回転半径を R、角速度(角振動数)を ω とした。
角速度はどのような速度で回転するかを表す量であ
る。ここで、R,ω は時間に依らない定数であるとす
る。速度ベクトルを求めると、
~v(t) =
−Rω sin ωt
Rω cos ωt
0
(16)
となるので、これから等速円運動の速度の大きさと
角速度の間には
v = Rω (17)
3
という関係があることが分かる。
図 2: 等速円運動における、位置ベクトル、速度ベクトル、加速度ベクトルの関係。O は円の中心。
更に加速度ベクトルを求めると、
~a(t) =d2~r(t)dt2
=
−Rω2 cos ωt
−Rω2 sinωt
0
= −ω2~r(t) (18)
となり、加速度ベクトルは位置ベクトルに比例し、
その向きは反対であることが分かる7。これは回転す
る運動を考える上で重要な公式である。
問い¶ ³等速円運動の加速度と角速度の間には
a = Rω2 (19)
という関係があることを示せ。また、角速度は
ω = v/R とも書けるので、
a =v2
R(20)
と書き直すことができる。これも有用な公式で
ある。µ ´7加速度の向きは時々刻々変わるので、これは等加速度運動で
はない。ただし、加速度の「大きさ」は常に一定である。
3 ニュートンの3法則と力
3.1 ニュートンの 3法則
ニュートンの 3法則は、「もの」を質点に限ったときに、質点の運動がどうなるかを述べたものである。
質点とは何か?それは点の上に「慣性質量」と呼ば
れる「重さ」のような量が乗っている仮想的粒子で
あり、これは物理でよく行うモデル化(理想化)で
ある8。
これは近似としては非常によい場合がある。たと
えば、太陽の周りを回っている地球を考える場合(図
2のような状況)、どちらの星の大きさも運動している距離と比べると非常に小さい。
問い¶ ³地球の大きさと太陽の大きさを、太陽と地球の
間の距離からの比として求めよ。µ ´このような場合はものを質点と近似してもよい。
たとえば、アメーバの動きを考えるのであれば、こ
れを質点と思うのは非常に悪い近似だろう。
慣性質量についてもう少し詳しく説明すると、こ
れは馴染みの単位 kg などで測られる量であり、ものの「慣性」を定量的に表す量である。慣性とはも
のの動きにくさを表す量である。一般的に、大きい
ものほど質量が大きくなるので、直感的には分かり
やすいように感じられるが、実はそう簡単ではなく、
質量のちゃんとした理解には素粒子物理などの深い
理解が必要である。しかし、ここではそれに拘泥せ
ず、「重さ」のような量と考えて進もう。
次に、力について考えよう。力も非常に馴染み深
い量であり、何かものを動かすときに作用する(さ
せる)ものが力である。われわれも手や足で何かも
のに力を加えることができるし、誰かに押されれば
力を感じる。しかし、この力も実は難しい量であり、
その物理的なちゃんとした定義をここで与えるのは
難しい。また、以下で分かるように、力と慣性質量
は結びついているので、実は独立に定義できるもの
8後で出てくるように、質点はその他にも「電荷」や「スピン」と呼ばれる量を背負うこともある。
4
でもない。そこで、ここでは力もあくまで直感的に
受け止めて先に進むことにする。
さて、質点、質量と力、それに速度や加速度ベク
トルについて一通りの理解が完了すれば、ニュート
ンの 3法則について説明することができる。それらは「慣性の法則」、「運動の法則」、「作用・反作用の
法則」とそれぞれ名前が付いている。
• 慣性の法則:これは力がかかっていないときに、質点がどうなっているか述べたものである。答
えは、静止しているか、一定の速度ベクトルで
運動している9。
• 運動の法則:これは力がかかっているときに、質点がどう運動するか数学的に述べたものであ
る。答えは、加速度ベクトルは力のベクトルに
比例する。
~a ∝ ~F (21)
ここでニュートンは上で直感的に説明した質量
(mass)と呼ばれる量を導入する。ある質点が
力をうけて運動しているとき、その力の大きさ
を加速度の大きさで割ったものは、どんな力を
かけようとも一定になる。これをその質点の質
量 m と呼ぶ。これは実験事実である。
m =|~F ||~a|
(22)
これらをまとめると、第 2法則は
~a =1m
~F (23)
と書ける。つまり、質量とは、同じ力をかけて
も、動きやすいかどうかを表す量であり、これ
が大きいものは加速度も小さいので動きにくい。
これはわれわれが直感的に「重さ」と言ってい
るものと似た量である。もっと正確に言うと、
9力がかかっていない状況としては、たとえば無重力状態を考えることができる。この場合は「質点」は止まっているか、一定の方向に一定の速度で運動しているだけである。ただし、人間は質点ではなく、大きさをもっているので、回転したりする。つまり、慣性の法則をそのまま、無重力状態の人間に当てはめることはできない。
われわれが重さと呼んでいるのは、地球の重力
加速度 g のもとでの力であり、それは
F = mg (24)
のことである。
また、式 (23)を (5)に入れることで、速度の変化が求める。つまり、力が分かれば、速度の変
化が分かり、それによって位置の変化も分かる。
ただし、後で説明するように、万有引力やクー
ロン力のように、一般的には力は位置に依って
いるので、これは力と位置が複雑に絡み合って
いるということを意味する。(この状況をどの
ように数値的に扱うかということに関しては後
述。)とにかく、この第 2法則によって、力が分かれば、位置の変化(運動)が原理的には分か
ることが示された。
• 作用・反作用の法則:この法則は質点が 2つある場合の法則である。その場合、質点間に力が
働くことが考えられるが、それらの力について
述べたものであり、式で書くと、
~F12 = −~F21 (25)
となる。ただし、~Fij は質点 j から質点 i に働
く力である。ここで重要なのは、~Fij と書いた
ものは、内力と言われるものであり、質点間で
のみ力が働いている状況を考えているというこ
とである10。作用・反作用の法則は、非常に自
然なことにように見えるが、質点が 2つのみという理想化された状況での仮説であることに注
意11。
3.2 ニュートンの運動方程式の数値解法
ニュートンの法則の意味や重要性は後の節でさら
に説明していくが、ここまでの説明で重要なことは、
10内力に対して、外力と呼ばれる力もあり、この場合は、考えている2つの質点以外に力を生み出す源がある。
11たとえば、あらゆる時間で式 (25) が成り立つわけではない。また、電磁気の力まで考えると、そのままでは成り立たない。
5
質点間の力が与えられれば、ニュートンの運動方程
式 (23) を解くことによって、あらゆる時刻での運
動が分かるということである。このことを具体的に
説明するために、実際に、ニュートンの運動方程式
(23) を物理学者がどう「解く」かということを述べる。非常に特殊な場合を除いて、(23) を解析的に、すなわち紙と鉛筆で解くことは不可能である(簡単
に解ける場合を後の節で扱う)。そこで、通常は数
値計算(3番目の物理学の手法)を使う。まず、ニュートンの運動方程式 (23) を微分方程式
として書き直すと、
md2~r
dt2= ~F (26)
となる。ここで運動量 (momentum)という量を導
入する(この意味は後で説明する)。
~p = m~v (27)
すると、運動方程式は
d~p
dt= ~F (28)
となる。これらをまとめると、以下の連立微分方程
式になる。
d~r
dt=
1m
~p, (29)
d~p
dt= ~F (~r) (30)
これから元のニュートンの運動方程式 (23) を出すのは容易である。また、力は位置の依存性をもって
いることが多いので、それを ~F (~r) と書いた12。具
体的には
~F (~r) =
Fx(x, y, z)Fy(x, y, z)Fz(x, y, z)
(31)
となっている。
これを数値計算で解くとはどうするのか?そのた
めには、式 (29), (30)を離散化 (discretization)す12一般的には位置と速度の関数である。以下でそのような例を見る。
る。つまり、以下のように、微分を離散的な演算に
置き換える。
d~r
dt' ~r(t + ∆t) − ~r(t)
∆t(32)
d~p
dt' ~p(t + ∆t) − ~p(t)
∆t(33)
ここで 'は近似的に成り立つということを表す記号である。これらの式の右辺は微分の定義に出てくる
ものであり、∆t → 0 のときは、微分の定義そのものである。しかし、ここでの要点はこの ∆t の極限
をとらずに、それを有限のまま考えるということで
ある。
これらを式 (29), (30) に代入すると、
~r(t + ∆t) − ~r(t)∆t
' 1m
~p(t), (34)
~p(t + ∆t) − ~p(t)∆t
' ~F (~r) (35)
となり、両辺に ∆t をかけて整理すると、
~r(t + ∆t) ' ~r(t) +1m
~p(t)∆t, (36)
~p(t + ∆t) ' ~p(t) + ~F (~r(t))∆t (37)
となる。これは非常に重要な式であり、オイラーの
解法と言われる13。
この式の使い方は以下の通り。ある時刻 t0 での
位置と運動量をまず測定する、もしくは人間が設定
してやる。その結果を ~r(t0), ~p(t0) とする。これを式(36), (37) に入れると、
~r(t1) ' ~r(t0) +1m
~p(t0)∆t, (38)
~p(t1) ' ~p(t0) + ~F (~r(t0))∆t (39)
となり、時刻 t1 = t0 + ∆t での位置と運動量
~r(t1), ~p(t1) が分かる。さらに後の時刻 t2 = t1 + ∆t
の位置と運動量を知りたければ、
~r(t2) ' ~r(t1) +1m
~p(t1)∆t, (40)
~p(t2) ' ~p(t1) + ~F (~r(t1))∆t (41)
13レオンハルト・オイラー (Leonhard Euler) は 18 世紀最高の数学者と考えられている。後でオイラーの公式も出てくる。
6
と計算してやればよい。この操作は好きなだけ繰り返
すことができるので、結局、任意の時刻 tn = t0+n∆t
での位置と運動量が分かることになる14。
図 3: オイラーの解法による、軌道の生成。
以上のことをまとめると、ある時刻 t0 での位置
と運動量(速度)と、質点に働く力が分かっていれ
ば、任意の時刻の運動をオイラーの解法から計算で
きる。ここでは簡単のために、1つの質点についての運動方程式を考えたが、人間や宇宙全体も原子か
らできており、原子を質点と考えることができるの
で、それについての運動方程式を書き下すこともで
きる。形式的には以下である。
mid2~ri
dt2= ~Fi({~ri}) (42)
ここで、i は原子をラベルするインデックスであり、
例えば一人の人間の場合であれば、i = 1 から 1028
ほどの数になる。これについても上と同様にオイラー
の解法を原理的に考えることができる15。その結果、
人間や宇宙全体でさえ、その初期状態(t0 での位置
と運動量)と原子間の力が与えられていれば、その
後のあらゆる時刻での状態(位置と運動量)が分か
るということになる。これを古典力学の決定論的世
界観と言う16。14任意の時刻といっても、∆t で離散化された時刻である。また、∆t をあまり大きな値にはできない。
15ちなみに 1028 個のニュートン方程式を解くことは、現在の計算機の能力の限界を(軽々と)越えている。今のところ、計算機で扱える最大の分子はリボゾームほどの大きさで、原子数は 106
個ほどである。16決定論的世界観は数学者のラプラスによって提唱された。19世紀までの古典物理学において、力学と並んで重要な電磁気学も決定論的世界観を持っている。しかし、20 世紀に発見された量子力学では「確率」が原理に据えられており、それは確率論的世界観を持っている。また、熱力学の背後にも確率の概念がある。
問い¶ ³一人の人間全体のニュートン方程式が解ければ、
医学的な問題はおろか、脳の働きや、精神活動
のことまで分かるということになる。これは正
しいだろうか?正しいとしたら、こんな日は近
い将来やってくるだろうか?µ ´3.3 基本的な力と現象論的な力
さて、ニュートンの方程式を説明するために力の
概念を天下り的に導入したが、ここではその力につ
いてもう少し詳しく説明していこう。実は力には様々
な種類のものがあり、それらを分類して整理してみ
ることがまず必要になる。
3.3.1 基本的な力
自然界には 4 つの基本的な力 (fundamental
force)があると言われている。
• 万有引力
• 電磁気力
• 原子核内の弱い力
• 原子核内の強い力
この中で最初の 2つは比較的単純であるので、それから説明していこう。
万有引力はニュートンが(リンゴが落ちたときに!)
発見したものである。その力の大きさは
F = Gm1m2
r2(43)
となり、方向は引き合う方向である(図 4)。ここで、m1, m2 は2つの質点の質量、r はそれらの間の距離
である。G は万有引力定数と呼ばれる定数である。
これをベクトルを用いて書くと
~F = Gm1m2
r2
~r
r(44)
7
となる。この大きさが上の式と等しくなるのは |~r| = r
から分かるだろう。
問い¶ ³太陽と地球と月がある場合、地球と月の運動方
程式を書き下せ。ただし、太陽は重いので止まっ
ているとしてよい。また、座標の原点は太陽の
中心にとれ。µ ´
図 4: 万有引力。お互い引き合う力のみ働く。
電磁気力の一つであるクーロン力(静電力)は
~F = kq1q2
r2
~r
r(45)
と書ける(図 5)。ここで q1, q2 は2つの「質点」の
電荷、r はそれらの間の距離である。k はある比例
定数である。電荷とは電気量を測るための物理の概
念(電場と質点がどのくらいの強さで相互作用する
かを示す量)であり、詳しくは電磁気学の授業で説
明される。
問い¶ ³水素「分子」の 2個の電子に関して、ニュートン方程式を立てよ。ただし、2つの陽子は電子に比べると重いので、それらは止まっていると
してよい。座標の原点は適当に定めよ。µ ´また、磁場(磁石や電流によって生じる力)によっ
て生じる力もあり、それはローレンツ力と呼ばれる。
~F = q~v × ~B(~r) (46)
ここで × はベクトルの外積である。
図 5: クーロン力(静電力)。異なる符号の電荷の場合は引き合うが、同じ符号の電荷の場合は反発する。
外積¶ ³ベクトルの外積は Cx
Cy
Cz
=
Ax
Ay
Az
×
Bx
By
Bz
=
AyBz − AzBy
AzBx − AxBz
AyBz − AzBy
(47)
と定義される。これはたすき掛けを使って「理
解」すればよい。つまり、Ax
Ay
Az
Ax
Ay
×
Bx
By
Bz
Bx
By
(48)
として、最初の一行を消して、残りの行でたす
き掛けをやっていけば所望の結果になる。µ ´一般に磁場は位置の関数であるので、ローレンツ力
は位置と速度、両方に依存する力になっている。こ
れはフレミングの左手の法則(電流と磁場の垂直な
方向に力が働く)を数学的に表現したものである。
他の基本的な力は原子核内で働く弱い力と強い力
である。これらは上の万有引力やクーロン力、ロー
8
レンツ力などと違ってシンプルに書けるような力で
はない。また、その理解には量子的な場の理論と呼
ばれるものが必要とされるので、ここでは簡単に触
れるにとどめる。
弱い力は核内の核子(陽子や中性子)の変換を司
る力であり、
n → p + e + ν (49)
という変化は弱い力によって引き起こされる。この
結果、高エネルギーの電子(β 線と呼ばれる)が放
出され、それが放射線の一種類となっている17。こ
れが通常の力と違うのは、物質が変換される(n がpになったりする)というところであり、これは場の理論を使わないとうまく記述されない。つまり、場
の理論を使うと、粒子ができたり、消えたりという
ことが記述できるのである。
強い力は核子の内部構造を記述する力であり、現
在では陽子や中性子は 3つのクオークでできていることが分かっている18。陽子の場合は up クオーク2つと down クオーク 1つ、
p = (u, u, d) (50)
中性子の場合は upクオーク 1つと downクオーク 2つ、
n = (u, d, d) (51)
からなる。上の弱い力は 1つの down クオークを 1つの up クオークに変換するプロセスであると考えることができる。
原発や核兵器、高エネルギー加速器などを考えな
ければ、自然界でこれらの弱い力、強い力に巡り会
うことはほとんどない。
3.3.2 現象論的な力
基本的な力の中で、万有引力とクーロン力は同じ
簡単な数式で表すことができるし、ローレンツ力も比
較的単純である(外積が出てくるが)。しかし、世の
中には、現象論的な力 (phenomenological force)17放射線に関する分かりやすい解説としては、[5] を見よ。18クオークの種類は 6 種類あると考えられている。
も存在し19、それらの特徴付けはそんなに簡単では
ない。というのも、現象論的な力は、基本的な力が
複雑に組み合わさってできる力だからである。しか
し、それらも自然現象を理解するには非常に重要で
あり、さまざまな名前が付いている。摩擦力、抗力、
張力、接着力など、接尾語として「力」がつくもの
は大抵は現象論的な力である。また、化学結合も原
子の間に働く、現象論的な力であり、共有結合、水
素結合、イオン結合、ファンデアワールス結合など
いろんなものがある。
摩擦力の有名な公式として
F = µN (52)
というものがある。ここで µ は動摩擦係数、N は
垂直抗力と呼ばれるものである。これは高校物理で
も見掛け上の簡単さからよく取り上げられるが(高
校の教科書参照!)、これが実は理解するのが難し
い。とりあえず実験事実ではあるのだが、まずすべ
ての物質について成り立つ式ではない。さらに理論
的にどう理解すべきかというところが難しい。基本
的な力から考えると、これは接触面での原子間の力
であることは間違いない。大部分はクーロン力だろ
う。しかし、なぜ接触している「面積」によらない
のかという点がよく分からない。このように現象論
的な力は現在でもよく分かっていないものもある。
一方、よく分かっている摩擦力(抵抗力)として
は、ストークスの法則
F = 6πηRv (53)
がある。これは粘性(それを表す定数を η とする)
のある流体中を半径 R の物体が速度 v で動くとき
に感じる力である。これは実験的にも正しいことが
分かっているが、理論的にも導くことが可能である。
また、ストークスの法則は分子レベルの微小な物体
に対しても成り立つ、非常に普遍的な法則である。
医学的な具体例としては、血流中の赤血球などがこ
のストークスの力を感じる。
19現象論的な力の厳密な定義はない。現象を説明するための力と考えればよい。
9
さて、原子分子レベルの現象論的な力としては、
共有結合がもっとも重要だろう。この力によって原
子同士が結びつけられ、分子ができるからである。
この力は現在では非常によく分かっており、実験的
にも(原理レベルの観測装置を使うことで)測定す
ることができる。ただし、その素性は物理的には難
しい。例えば、もっとも簡単な共有結合として、水
素分子内の水素同士を結びつける共有結合がある。
いままでの議論からだと、電子と陽子は電荷をもっ
ており、それがクーロン力を生じるので、その結果、
共有結合が生じると思うかもしれない。しかし、そ
れは間違いである!正確に言うと、クーロン力が働
くのは間違っていないのだが、それとニュートンの
方程式を使って共有結合を説明することはできない
のである。共有結合を説明するためには、クーロン
力をもった系に対して、量子力学を適用しなければ
ならない。これは最後の章で触れられる。
3.3.3 慣性力
基本的な力、現象論的な力に分類することができ
ない力として、慣性力 (inertial force)がある。し
かし、これは日常的に感じることのできる力である。
例えば、エレベーター、車、電車などで加速度が生
じる(加速する、もしくは減速する)ときにわれわ
れが感じる力が慣性力である。その加速度を ~a とし
たときに、これは
~F = −m~a (54)
と表現される。これは見かけはニュートンの第 2法則そのものだが、その意味をきちんと理解するには
ある程度の説明がいる。
実はニュートンの第 2法則が成り立つのは、慣性系と呼ばれる特別な座標系でなければならない。そ
れは力がかかっていないときに、止まっているか、等
速で動くような座標系であり、これはニュートンの
第 1法則で定義されるような座標系ということである。例えば、エレベーターに乗っている人の座標系
を (x′, y′, z′)、地上にいる人の座標系を (x, y, z) と
すると、
x′ = x (55)
y′ = y (56)
z′ = z − 12at2 (57)
という関係がある。ニュートンの方程式が使えるの
は地上にいる人に対してなので、z 方向に関しては
md2z
dt2= Fz (58)
が成り立つ。z = z′ + 12at2 を代入すると、エレベー
ターにいる人から見れば
md2z′
dt2= Fz − ma (59)
が成り立つことになる。このとき右辺に出てくる力
がまさに慣性力であり、エレベーターが上昇する時
は下向きの力として働く。
問い¶ ³等速回転運動しているときの慣性力はどうなる
か考えよ。曲率半径 R のループをジェットコー
スターが回るときに、頂点で落下しないために
は、頂点での速度が
v >√
gR (60)
でなければならないことを示せ。µ ´4 運動量、エネルギーの保存則
これまでの説明で、ニュートンの方程式をオイラー
の解法で解けば、どんな物体の運動も分かる(予言
できる)ことが分かった。しかし、実際にはこれを
人間が「手で」行うのは大変であり、大抵は計算機
(コンピュータ)を使う。例えば、Excel などの表計算ソフトを使うと、簡単なニュートン方程式なら短
時間で解くことができる20。大きな系の長時間の振
る舞いであれば、もっと専門的なプログラムと、大
きな計算機を使えばよい。202 学期の演習で取り扱う。
10
しかし、ニュートンの方程式をそのように「真正
直」に解かなくても分かることもある。また、その
際に、有用な概念が出てくる:それが運動量とエネ
ルギーである。これらは力学において最初に認識さ
れたものだが、電磁気学、相対論、熱力学、量子力
学といったすべての物理学を貫く重要な概念である。
4.1 全運動量の保存則
ここで2つの質点の運動を考えよう。それらの間
だけに力が働くとすると、ニュートンの方程式は
d~p1
dt= ~F12, (61)
d~p2
dt= ~F21, (62)
と書ける。これらを加えると、
d~p1
dt+
d~p2
dt= ~F12 + ~F21 (63)
となるが、右辺は作用・反作用の法則からゼロであ
る。よって、
d~p1
dt+
d~p2
dt=
d
dt(~p1 + ~p2) = ~0 (64)
となる。両辺を時間に関して積分すると、
~p1 + ~p2 = ~C (65)
となる。ここで、 ~C は何か定数のベクトルである。
よって、運動量の和 ~p1 +~p2 という量は、どんな力が
作用していても、一定になる(保存されている)こ
とが分かる。これを全運動量の保存則と言う。例え
ば、ある時刻 t0 での全運動量 ~p1(t0) + ~p2(t0) は別の時刻 t での全運動量 ~p1(t) + ~p2(t) と等しくなる。つまり、
~p1(t0) + ~p2(t0) = ~p1(t) + ~p2(t) (66)
である。力学の場合は運動量は ~p = m~v と定義され
たので、これは
m1~v1(t0) + m2~v2(t0) = m1~v1(t) + m2~v2(t) (67)
とも書ける21。
問い¶ ³また、力学的に重要な保存則として、角運動量
の保存則というものがある。これはどのような
法則か調べてみよ。µ ´4.2 全エネルギーの保存則
次に、1つの質点のニュートン方程式を考え、そ
の両辺に ~v をかけてみよう。
md~v
dt· ~v = ~F · ~v (68)
ここで、・はベクトルの内積を表す。ベクトルの内積
をとることで、運動方程式から一つのスカラーの量
を出したことに注意。さて、この式を t に関して積
分してみよう。すると、
m
∫d~v
dt· ~vdt =
∫~F · d~r
dtdt (69)
これは以下のように変形できる。
図 6: 線積分の説明。
m
∫~v · d~v =
∫~F · d~r (70)
ただし、このときの両辺の積分は線積分と呼ばれ、
数学の授業で詳しく説明される。大雑把に言うと、
21この式を光に当てはめると、光の質量は0なので運動量も0のように思えるが、そうではない。量子力学まで考えると、光はある運動量をもっている粒子であることが分かり(光子と呼ばれる)、その運動量も保存則 (66) を満たす。
11
この式の右辺は、N−1∑i=0
~F (ti) · (~r(ti+1) − ~r(ti)) (71)
という和を考えて(図 6)、~r(ti+1) と ~r(ti) の間隔が0になるように極限をとったものである。
式 (70) の左辺は更に変形できて、
m
2
∫d(~v2) =
∫~F · d~r (72)
となる。これは全微分(数学の授業参照)の形になっ
ているので、積分ができて、
m
2(~v2(t) − ~v2(t0)) =
∫ ~x
~x0
~F · d~r (73)
となる。ここで、積分の範囲を明らかになるように
書いた。
速度の積分の計算¶ ³式 (70) の左辺の計算に関して細かく見てみよう。まず、これは 1次元のときであれば自明である。2次元のときを飛ばして、3次元のとき積分の中は
~v · d~v = vxdvx + vydvy + vzdvz (74)
となっている。これを線積分するのであるが、
この場合は v =√
v2x + v2
y + v2z を使うともっと
きれいな形になる。このスカラーの v を使うと、
∂v
∂vx=
vx√v2
x + v2y + v2
z
=vx
v(75)
となっているので、
dv =∂v
∂vxdvx +
∂v
∂vydvy +
∂v
∂vzdvz
=vx
vdvx +
vy
vdvy +
vz
vdvz (76)
となる。よって、式 (74) は
~v · d~v = vdv (77)
となる。つまり、3次元の線積分は 1次元の積
分に落ちる!これは 2次元でも同様である。µ ´
さて、ここで右辺を∫ ~x
~x0
~F · d~r =∫ ~x
~xref
~F · d~r −∫ ~x0
~xref
~F · d~r (78)
と変形しよう。ここで ~xref は適当にとった位置座標
であり、都合のよいように選ぶ。すると、式 (73) は
m
2~v2(t)−
∫ ~x
~xref
~F ·d~r =m
2~v2(t0)−
∫ ~x0
~xref
~F ·d~r (79)
と書き直せる。ここで、右辺は時刻 t0, 位置 ~x0 に
あるときの「ある量」、右辺は時刻 t, 位置 ~x にある
ときの「ある量」であり、それらが等しいことを示
している。この「ある量」とは、全運動量と同じよ
うに保存される量であり、われわれはそれを全エネ
ルギーと呼ぶ。特に
Ekin =m
2~v2(t) (80)
を運動エネルギー (kinetic energy) Ekin と呼び、
Epot = −∫ ~x
~xref
~F · d~r (81)
を位置(ポテンシャル)エネルギー (potential en-
ergy) Epot と呼ぶ22。今の場合、Ekin + Epot が全
エネルギーである。
例えば、2次元の放物運動で、この全エネルギー保存則がどうなっているのかを調べてみよう。式 (12),(13) から、
vx(t) = v0x (83)
vy(t) = v0y − gt (84)
であるので、運動エネルギーは
Ekin =m
2v20x +
m
2(v0y − gt)2 (85)
22また、ポテンシャルエネルギーにマイナスをつけたものを仕事 (work) と呼ぶ。
W =
Z ~x
~xref
~F · d~r (82)
もちろん、W = −Epot である。仕事は熱力学を学ぶ上で必要不可欠な量である。
12
となっている。これは時間に依存している。また、こ
の場合、下向きに重力 mg が働いているので、位置
エネルギーは
Epot = −∫ ~x
~xref
~F · d~r = mg(y(t) − yref) (86)
となる。ここで参照となる点を原点にとると、yref =0となるので、高校物理でも出てくる位置エネルギーの公式
Epot = mgy(t) (87)
が得られる。これも y(t) が t に依存しているので、
時間に依存する。
これらを足し合わせた量を E とすると、それは
E =m
2v20x +
m
2(v0y − gt)2 + mgy(t) (88)
となる。ここで、時間に依存する「ように見える」部
分を展開して調べてみると
E =m
2v20x +
m
2(v0y − gt)2
+mg
(v0yt − 1
2gt2
)=
m
2v20x +
m
2v20y (89)
となって、実は時間に依らない!つまり、全エネル
ギーは時間に依らず、一定の値をとる(いまの場合、
最初の位置エネルギーはゼロなので、最初の運動エ
ネルギーの値になっている)。これが全エネルギー
の重要な性質であり、(力学的な)全エネルギー保存
則という。
いろんなエネルギー¶ ³現実には、放物運動は空気抵抗などによってエ
ネルギーを失い、全エネルギーを計算しても一
定になっていない場合がある。しかし、その場
合であっても、その失われたエネルギーを熱エ
ネルギー(この定義については、熱力学の授業
参照)として解釈し、それを全エネルギーに足
し合わせれば、やはり全エネルギーは保存する
(時間によらず一定になる)。これを熱力学の第
一法則と言い、熱力学の授業で説明される。ま
た、電気的なエネルギー、磁気的なエネルギー
というものもあり、これらは電磁気の授業で説
明される。エネルギーに関してもっとも重要な
ことは、ある現象に関わるエネルギーをすべて
勘定に入れて足し合わせれば、それは常に保存
するということである。これは物理でもっとも
重要な原理の一つである。µ ´さて、位置エネルギーに関して、もう少し一般的
に考えよう。運動エネルギーは線積分を使わずに書
けたが、位置エネルギーに関しても(煩わしい)線積
分を使わずに書けないのか?一般の力に対してはそれ
は無理である。しかし、保存力と言われる力の場合は
それが可能になる23。保存力とはある関数 U(x, y, z)が存在して、力がそれの偏微分で書ける場合である。
つまり、
Fx =∂U
∂x, Fy =
∂U
∂y, Fz =
∂U
∂z, (90)
となる場合である。この場合、位置エネルギーの積
分の中身を見てみると、
~F · d~r =∂U
∂xdx +
∂U
∂ydy +
∂U
∂zdz (91)
となっており、この右辺は U の全微分 dU に他なら
ない。よって、
Epot = −∫ ~x
~xref
~F · d~r = −∫ ~x
~xref
dU
= −[U(~x) − U(~xref)] (92)
231 次元の力は必ず保存力になっている。
13
となる。ここで U にマイナスの符号をつけたもの
を、ポテンシャル関数と言う。それを V = −U と表
すと、
Epot = V (~x) − V (~xref) (93)
となる。このポテンシャル関数を使うと、式 (79) はもっときれいな形になる。
m
2~v2(t) + V (~x) =
m
2~v2(t0) + V (~x0) (94)
ここで ~xref が消えていることに注意。
問い¶ ³万有引力やクーロン力は保存力であることを示
せ。また、ローレンツ力は保存力か?µ ´保存力であるかどうかを確かめるには、
Fx = −∂V
∂x, Fy = −∂V
∂y, Fz = −∂V
∂z, (95)
であるから、
∂Fx
∂y= − ∂2V
∂x∂y=
∂Fy
∂x(96)
とこれと同等な他の 2つの式が同時に満たされなければならない。
問い¶ ³その 2つの式を書け。µ ´
5 ニュートン方程式の解析的な解
き方
3.2 節で、ニュートンの方程式を一般的にどのように解くのかを説明した。そこでは、(オイラーの解法を用いて)数値計算をすることが前提になってい
たが、簡単なニュートン方程式であれば、解析的に
(手で)解ける。ここではどのように解析計算を実行
するのかを説明しよう。そのためのステップは
• どんな力がかかっているかをもれなく見つける24。
24もれなく見つけるというのが結構難しい!
• ニュートン方程式を立てる。
• 初期状態を決める。
• 微分方程式を解く。
となり、最初の 3つが物理的なステップであり、最後の一つは数学的なステップである。ここでは主に
最後のステップについて説明する。
5.1 等加速度運動
たとえば、重力下の運動を考えよう。これは等加
速度の運動を考えていることになる。
運動を 2次元に制限して考え、重力の方向を y 方
向の下向きにすると、ニュートン方程式は
md2x
dt2= 0, (97)
md2y
dt2= −mg (98)
と書ける。これらを時間に関して積分すると、右辺
が定数であるので、簡単に実行でき、
x(t) = C1 + C2t, (99)
y(t) = D1 + D2t −g
2t2 (100)
となる。これらが一般解になっていることは式 (97),(98) に代入してみることで簡単に確かめることができる。ここで、C1, C2, D1, D2 などの未知の定数は初
期状態によって決まる。今の場合、時刻 t = 0での位置と速度を x(0) = 0, y(0) = 0, vx(0) = v0x, vy(0) =v0y とすると、C1 = 0, D1 = 0, C2 = v0x, D2 = v0y
と決まる。よって、最終的な解は
x(t) = v0xt, (101)
y(t) = v0yt − g
2t2 (102)
となる。これらは式 (12), (13) に他ならない。
5.2 速度に比例する抵抗をうけている運動
上で得られた放物線運動は数学的には 2次曲線だが、実際の球の軌跡を見てみると、きれいな 2次曲
14
線にはならない。これは球に空気抵抗が働いている
からである。それによる抵抗力(これは現象論的な
力である)は経験的に速度の関数であり、一番簡単
には
f = −kv (103)
と表せる。
では重力下で空気抵抗をうけながら運動している
球の運動について考えてみよう。今度は下向きに x
座標をとり、運動は 1次元的にしか起こらないとする。ニュートンの方程式を立てると、
mdv
dt= mg − kv (104)
となる。ここでのポイントは、左辺をmaでも md2xdt2
でもなく、上のように表したことである。これはど
うしてかというと、右辺が v の関数になっているか
らである。初期状態として、v(0) = 0 をとろう。後はこの微分方程式を解けばよいのだが、これは
等加速運動のように簡単にはいかない。まず、
dv
dt= − k
m
(v − mg
k
)(105)
という風に変形しよう。ここで
V = v − mg
k(106)
という新しい変数を導入する。すると、ニュートン
の方程式はdV
dt= − k
mV (107)
となる。これを両辺を V で割って、時間で積分す
ると、 ∫1V
dV
dtdt = − k
m
∫dt (108)
となる。この左辺に置換積分の公式を使うと∫1V
dV = − k
m
∫dt (109)
となるので、積分を実行すると
log |V | = − k
mt + C0 (110)
となり、結局
V (t) = C1e− k
m t (111)
となる。もとの変数 v に戻ると、
v(t) =mg
k+ C1e
− km t (112)
となる。初速度を v(0) = 0 としたのだから、
v(0) =mg
k+ C1 = 0 (113)
となり、C1 = −mg/k である。よって、最終的な
解は
v(t) =mg
k(1 − e−
km t) (114)
となる。
6 単位について
通常、力学で出てくる単位は 2つある。
• MKS 単位系:長さをメートル [m]、質量をキログラム [kg]、時間を秒 [s] で測る25。
• CGS 単位系:長さをセンチメートル [cm]、質量をグラム [g]、時間を秒 [s] で測る。
MKS 単位系のほうがよく使われるようになってきたが、CGS 単位系もまだ使われる。
• 速度:MKS 単位系では [m/s] で測る。
– ウサイン・ボルトの速度:10.4 m/s
– 高橋尚子の速度:4.9 m/s
– 新幹線の速度:83.3 m/s
– 水蒸気の平均速度 (20度):637 m/s
– 人工衛星の速度:7.9×103 m/s
– 地球から宇宙へ飛び立つための速度:
11.2×103 m/s
– 水素の周りの電子の速度:2.2×106 m/s
– 光の速度:3.0×108 m/s
• 加速度:MKS 単位系では [m/s2] で測る。
25MKS 単位系に電流、温度、物質量、光度の単位を加えたものを SI 単位系と言う。
15
– 地球の重力加速度:9.8 m/s2=1 G
– 月の重力加速度:1/6 G
– スペースシャトル離陸時の最大加速度:3G
– としまえんのシャトルループ:6 G
– 戦闘機の最大加速度:9 G
– 太陽の重力加速度:27 G
– 中性子星の重力加速度:1011 G
• 力:MKS 単位系では [kg·m/s2] で測り、その単位のことをニュートン [N] と呼ぶ。CGS 単位系では [g·cm/s2] で測り、その単位のことをダイン [dyn] と呼ぶ。
– 携帯電話の重さ:0.1 kg × 9.8 m/s2 ' 1kg·m/s2=1 N
– 2つの携帯を 10 cm 離したときに働く引力:6.7×10−11 N
– 太陽と地球の間に働く引力:3.5×1022 N
– 水素原子内の電子と陽子の間のクーロン
力:9.2×10−8 N
– 水素原子内の電子と陽子の間の万有引力:
4.1×10−47 N
– 筋肉の力を生み出すもととなる、ミオシン
分子 1個当たりが出す力:' 3 × 10−12 N
• エネルギー:MKS 単位系では [kg·m2/s2] で測り、その単位のことをジュール [J] と言う。化学や生物では [kcal] という単位がよく使われるが、ジュールに換算すると、1 kcal = 4184 J である26。
– 携帯を地面から 1メートルの高さに置いたときの位置エネルギー: mgh ' 1 J
– 東京タワーのてっぺんに人がいるときの位
置エネルギー: mgh ' 2 × 105 J
26また、単位時間当たりのエネルギーの変化量を仕事率と呼び、単位はワット [W=J/s] である。
– 水素結合のエネルギー(1 モル当たり):∼ 2 × 104 J (= 5 kcal)
– ATP が加水分解されるときのエネルギー(1モル当たり):∼ 4 × 104 J (= 10 kcal)
– 成人男子の 1日の必要摂取カロリー:6.7×106 J (= 1600 kcal)
– 原爆のエネルギー(広島に落とされたリト
ルボーイの場合):∼ 6.3 × 1013 J
– 中型の台風のエネルギー(半径 100 km,高さ 10 km, 風速 30 m/s とした):∼ 1.4 ×1017 J
7 まとめの問題
• 基礎物理、応用物理、生物物理、それぞれについて説明せよ。
• 物理を調べるやり方を 3つ挙げよ。
• ファインマンは物理において、どういう考えが一番重要と述べたか。
• 医学と物理の関係について述べよ。
• 位置ベクトルと速度ベクトルの間にはどういう関係があるか述べよ。
• 等加速度運動から放物線が出てくることを導け。
• 等速円運動では、加速度ベクトルが位置ベクトルと反対の方向を向くことを示せ。
• 自然界の 4つの基本的な力について述べよ。
• 現象論的な力を 10個(以上)挙げよ。
• ニュートンの 3法則は何に関する法則か述べよ。
• 重さと質量の違いについて述べよ。
• ニュートン方程式に対する、オイラーの解法について述べよ。
• 古典力学の決定論的世界観について説明せよ。
• 全エネルギー保存則について説明せよ。
16
参考文献
[1] R.P.ファインマン・R.B.レイトン・M.L.サンズ著、坪井忠二訳、『ファインマン物理学:力学』、
岩波書店 (1967).
[2] 赤野松太郎ら著、『医歯系の物理学』、東京教学社 (1987).
[3] A.P.フレンチ著、橘高知義監訳、『MIT物理:力学』、培風館 (1983).
[4] V.D. バーガー・M.G.オルソン著、戸田盛和・田上由紀子訳、『力学 – 新しい視点にたって–』、培風館 (1975).
[5] 田崎晴明、やっかいな放射線と向き合って暮らしていくための基礎知識
http://www.gakushuin.ac.jp/~881791/
radbookbasic/
17