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予算と法律との関係 - teikyo-u.ac.jp ·...

Date post: 02-Jun-2020
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193 目 次 はじめに Ⅰ 予算と法律との関係 1 予算 2 法律 3 予算と法律 Ⅱ 複数年度の財政規律 1 問題の所在 2 予算単年度主義 3 財政運営戦略 Ⅲ 財政規律の諸形式 1 閣議決定 2 憲法 3 予算 4 法律 Ⅳ 予算形式による財政規律 1 問題の所在 2 予算の意義との関係 3 予算の効力との関係 Ⅴ 法律形式による財政規律 1 問題の所在 2 法律形式(1)― 中期財政フレームを法律に規定する場合 3 法律形式(2)― 中期財政フレームの策定を政府に義務付ける場合 おわりに 予算と法律との関係 ― 中長期の財政規律を中心として ― 夜 久   仁
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目 次

はじめにⅠ 予算と法律との関係 1 予算 2 法律 3 予算と法律Ⅱ 複数年度の財政規律 1 問題の所在 2 予算単年度主義 3 財政運営戦略Ⅲ 財政規律の諸形式 1 閣議決定 2 憲法 3 予算 4 法律Ⅳ 予算形式による財政規律 1 問題の所在 2 予算の意義との関係 3 予算の効力との関係Ⅴ 法律形式による財政規律 1 問題の所在 2 法律形式(1)― 中期財政フレームを法律に規定する場合 3 法律形式(2)― 中期財政フレームの策定を政府に義務付ける場合おわりに

予算と法律との関係― 中長期の財政規律を中心として ―

夜 久   仁

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はじめに

 我が国では、大日本帝国憲法(以下「明治憲法」という。)以来一貫して、予算は、法律とは別個の形式とする理論 1を採用し、今日に至っている 2。このため、我が国では、予算と法律という別系統に属する二大規範が存在するという状況にあり、両者の間に起こり得る不一致の調整という問題が残ることは周知のとおりである。 また、予算の性質に関しては、一年単位の予算について、毎年国会の議決を経なければならないという予算単年度主義の原則が存在し、この原則も今日に至るまで一貫して採用されていることは言うまでもない 3。 ところで、今日の財政事情は極めて厳しい状況にあり、毎年の公債発行による公債残高は、もはや看過できない程度に達している。 このため、予算単年度主義の原則は維持しつつ、財政健全化のための中長期の財政規律を定め、これにより毎年の予算を統制しようとする試みがなされている。実際に我が国においては、平成22年の閣議決定により、財政運営戦略 4と中期財政フレーム 5が策定され、平成23年度以降の予算は、これらを基準として作成されている。 このように、現在の我が国においては、閣議決定という形式により中長期の財政規律が定め

られているが、これはあくまでも閣議決定であるため、この財政規律には、法規範性が与えられていない。 財政規律に法規範性を与えるとした場合の形式としては、①憲法改正、②予算、③法律 という3種類の形式が想定される。 このうち、憲法改正については、憲法が国の最高規範であることから、憲法に財政規律を規定することについては、理論的な問題はない。ただ、我が国の憲法は典型的な硬性憲法であるので、改正に至るには困難が大きい。また、財政規律としてどのような内容を規定するのかについても、憲法典に規定する以上は、格段に慎重な検討が求められよう。 これに対して、予算の形式又は法律の形式を採るとした場合には、通常の予算又は法律の制定形式に従えば良い。ただ、この場合には、理論面からの検討が必要となる。 すなわち、予算の形式で財政規律を定めようとした場合には、その前提問題として我が国独特の形式である予算の意義内容を確定しなければならない。ただ、この問題に関しては、日本国憲法がその制定の過程において予算の定義を全く欠落させた経緯 6もあって、論者により見解が分かれている。 また、法律の形式で財政規律を定める場合には、いうまでもなく毎年の歳出予算は予算とし

1 明治憲法が定めた予算制度は、予算を法律とは別形式とする部分 (第 64 条第 1 項) を理論的前提として、予算に対する議会の権限を制限するいくつかの方策を置いたものと理解できるので、本稿では、予算を法律とは別形式とする部分については、予算制度全体と区別する意味で、特に「理論」という呼び方をしている。明治憲法においてこのような理論が採用された経緯と理由については、夜久仁「予算と法律との関係―明治憲法の予算理論を中心として―」『レファレンス』719 号 , 2010.12, pp.5-28. 〈http://www.ndl.go.jp/jp/data/publication/refer/pdf/071901.pdf〉

2 日本国憲法においてこのような理論が継承された経緯と理由については、夜久仁「予算と法律との関係―日本国憲法の予算理論を中心として―」『レファレンス』732 号 , 2012.1, pp.7-33. 〈http://www.ndl.go.jp/jp/data/publication/refer/pdf/073202.pdf〉

3 明治憲法第 64 条第 1 項は「毎年」、日本国憲法第 86 条は「毎会計年度」と規定して、議会による予算の毎年統制を明記している。

4 平成 22 年 6 月 22 日閣議決定5 財政運営戦略のなかの具体的取組において定められている。中期財政フレームは、次年度以後 3 年間の予

算編成の指針となる枠組みなので、毎年改訂されることが予定されており、平成 22 年 6 月 22 日に策定された後、平成 23 年 8 月 12 日及び平成 24 年 8 月 31 日に改訂されている。

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て定められる以上、法律に定めた財政規律と毎年の予算との関係、すなわち我が国において二大規範とされる予算と法律との関係を検討する必要性が、この場面でも登場することになる。 本稿においては、このような観点から、中長期にわたる財政規律を、予算の形式により定める場合と法律の形式より定める場合とを中心として検討している。 

Ⅰ 予算と法律との関係

 予算と法律との関係は、本稿の出発点となる事項なので、初めにこの二つの規範の意義と関係について、もう一度確認しておきたい 7。

1 予算

 日本国憲法第86条は、「内閣は、毎会計年度の予算を作成し、国会に提出して、その審議を受け議決を経なければならない」と規定している。このほか、日本国憲法は、第60条において衆議院の予算先議及び予算議決に関する衆議院の優越について規定し、第73条第5号において内閣の事務としての予算の作成及び国会提出について規定している 8。ただし、前述したように日本国憲法は、予算の定義を置いていない。

2 法律

 法律については、日本国憲法は、第41条において国会が国の唯一の立法機関であることを規定し、第59条において法律の成立要件及び議決に関する衆議院の優越について規定している。 3 予算と法律

 予算と法律は、いずれも国会の議決によって成立するものである。予算の法的性格については、学説においては、いわゆる法律説(予算を法律として議決すべきであるとする説 9と予算は特殊な法律であるとする説 10が見られる)が有力に唱えられているが、通説とはいえないようである 11。 現時点においては、予算は、法律とは異なる独自の形式であるとする点は、実際の取扱いにおいても、また多数の学説においても、共通の認識となっているといって良いであろう。要するに、法律と予算とは、どちらも国会の意思によって成立するところの「国政運営上の二大規範 12」である。別の言葉を借りると、予算は、「通常の法令とは別系統の規範 13」と説明されることになる。 すなわち、我が国においては、法形式として、法律(及びその下位規範である政省令等)と予

6 日本国憲法第 86 条は、予算の定義を全く欠落させており、明治憲法第 64 条第 1 項が「国家ノ歳出歳入」と規定していたことと比べると、明確さを欠いている。日本国憲法第 86 条の規定の制定経緯については、夜久前掲注 (2) pp.27-30. 憲法改正草案要綱が予算の定義を欠落させたことに対する米国務省の批判とこれに対する総司令部の反論については、国立国会図書館・電子展示会『日本国憲法の誕生』「3-23 「憲法改正草案要綱」に対する国務省の反応」「Check Sheet, From: Govt Sect., Subject: Japanese Draft Constitution」に見ることができる。なお、この内容全体については、高見勝利「「憲法改正草案要綱」に対する米国務省内の論評と総司令部の応答」『レファレンス』647 号 , 2004.12, pp.5-24. に詳しく解説されている。

7 予算と法律との関係については、夜久前掲注 (1) pp.6-8. においても解説している。ただし、今回の論稿においては、記述を若干追加している。

8 さらに予算に関係する事項として、第 87 条において予備費を、第 88 条において皇室費用の予算計上について規定している。

9 小嶋和司「財政」『日本国憲法体系第六巻 統治の作用』有斐閣 , 1965, p.170. 以下、同「実定財政制度について」『憲法と財政制度』有斐閣 , 1988, p.329 以下。

10 手島孝『憲法解釈二十講』有斐閣 , 1980, p.248. 以下。11 長谷部泰男『憲法 第 4 版』新生社 , 2008, p.366.12 小村武『四訂版 予算と財政法』新日本法規 , 2008, p.165.13 碓井光明「財政の民主的統制」『ジュリスト』1089 号 , 1996.5, pp.144-145.14 勿論、このほか、憲法以外の国法形式として、条約、議院規則、最高裁判所規則等が存在する。

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算という二つの別個の系統の規範が存在する 14

と認識されている。そして、いかなる国家活動も金銭的裏付けがなければ行い得ないことにかんがみるときは、予算が法律と並ぶ「国政運営上の二大規範」であるという説明は、決して予算を過大評価するものではなく、現実を直視した適切な説明といって良いであろう 15。 ただし、予算が法律と並ぶ二大規範であること、換言すれば両者は別系統の規範であると位置付けるときは、両者が不一致を来す場合が生じるのではないかという問題が生じることも否定し得ない。 一般に、法律の系統に属する法形式においては、法形式相互間に矛盾があったとしても、①法律、政令、省令といういわば縦の系統においては上位法が優先するという原則により、②同位の法形式間(例えば法律相互間)のいわば横の関係においては後法が前法を廃するという後法優先の原則 16及び特別法が一般法に優先する

という特別法優先の原則によって、解釈を通じて、法形式相互間の調整が図られる 17。 これに対して、予算と法律との関係については、①日本国憲法においては、明治憲法と異なって 18、法律が予算に優位するという思想は、採られていないように思われる 19。したがって、法律と予算との関係を上位法優先の原則により調整することはできない。 また、②予算と法律との関係については、「別系統の規範 20」であると位置づけられることから、同位の法形式相互間の調整の原則も働かないと解されているようである。学説においても

「所管及び法形式を異にする法律と予算とについては直ちに後方優先の原則を適用するのは無理であろう 21」といわれている 22。 このように、法律も予算もいずれも国会の議決によって成立する規範であるが、日本国憲法においては、両者の間に生じ得る矛盾不一致をどのように調整するのかという問題が残されて

15 むしろ現実の国政活動においては、予算の扱いは、財政政策としてのマクロの予算規模の決定及び個別政策における個別の予算配分の決定のいずれにおいても、法律の扱い以上の重要性を持つことも少なくないであろう。

16 なお、後法優先の原則については、「我が国のように精密法制をもって旨としている国においては、法律同士が抵触するなどということはあってはならないことで」「一般法と特別法の関係が全く言えないような横並びの法律同士が抵触するなどということは通常あり得ない」という指摘がある (礒崎陽輔『分かりやすい法律・条例の書き方』ぎょうせい , 2006, pp.36-37.)。

17 たとえば、田中二郎『行政法総論』有斐閣 , 1957, pp.132-133. ただし、我が国では、法律案等の作成段階で他法律等との抵触が生じないように慎重な検討と調整が行われるのが実際なので、このような解釈原理を持ち出して法形式相互間の抵触を解消しなければならないような事態は、通例では起こり得ない (礒崎 同上参照)。

18 明治憲法においては、法律が予算に優位するという思想が採られていたことについては、夜久 前掲注 (1)p.24.

19 昭和 60 年の国会審議において、政府委員(茂串俊内閣法制局長官)は、以下のような答弁をしている。「先ほど申しました国法形式としての法律と予算がいずれが概念的に優位かということになりましたら、これは必ずしも、相並ぶ、いわば表裏一体としての法規範であると、かように考えられておる次第でございます。」

(第 102 回国会参議院補助金等に関する特別委員会会議録第 7 号 昭和 60 年 5 月 13 日 p.27.)20 碓井 前掲注 (13) 参照21 清宮四郎『憲法Ⅰ(第三版)』有斐閣 , 1979, p.274. なお、「所管及び法形式を異にする」ことと密接に関連

する問題として、そもそも、「国の予算は誰が作成するのか」という命題を立てたときに、「国会が法律を制定する」というのと同じ意味で「国会が予算を制定する」といえるのかという問題があるように思われる。もしそのようにいえないのであれば、予算と法律との関係において後法優先の原則を適用するのは無理があることになろう。国の予算は誰が作成するのか、換言すれば、国の予算作成の実質的権限は誰にあるのか、という問題は、特に予算と法律とを別の形式としていることとも大きな関係があるように思われる。

22 特別法と一般法の関係についても、予算と法律とは「別系統の規範」であると位置づけられる以上は、肯定することは困難であろう。

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いることになる 23。 もっとも、予算と法律とは、基本的に両者はその規定対象 24を異にするので、通常は、両者の間に矛盾が生ずることはない。ただ、場合により両者が規定する事項が重複することは排除できないため、そのような場合に両者が矛盾抵触しても、法律の系統に属する法形式同士の場合とは異なって、解釈により両者の関係を調整することはできないことになる。これは、前述したように、予算と法律とは、日本国憲法においては、効力において優劣の関係はなく、かつ、

「別系統の規範」であると位置づけられたことから生ずる論理的な帰結であるといえる。日本国憲法においては、予算を法律とは別形式とすることに伴って生ずる理論的な問題は、完全には解決されていない。 

Ⅱ 複数年度の財政規律

1 問題の所在

 我が国においては、第2次大戦後の昭和40年から公債の発行が開始され、翌昭和41年には財政法第4条の規定に基づく建設公債の発行が、さらに昭和50年からは特例公債の発行が開始され、現在に至っている。この間、何度かの好況期 25及び財政改革期 26も経ているが、公債残高は一貫して増加している。このため、現在では公債残高は巨額の規模となり、平成24年度末においては、約709兆円 27(対GDP比で147.8パーセント)に達すると見込まれている 28。このような状況に鑑みると、予算単年度主義に基づく毎年度の収支計算とこれに対する国会の議決という財政統制形式には限界が生じていることは異論のないところであろう。 このため、従来から、予算単年度主義を維持しつつ 29、この原則の下で、中長期の財政規律

23 この調整の方向としては、①実際政治の運用の問題であり、立法政策の問題であるとして、予算と法律との調整が可能となるような制度論を提唱する方向がある。たとえば、田中 前掲注 (17) , p.135.;同「予算と法律」『法律による行政の原理』酒井書店 , 1954, pp.386-387. 昭和 30 年の国会法改正により、予算を伴う法律案等について賛成者の要件を加重し、かつ、内閣に対して意見を述べる機会を与えなければならないこととしたこと (国会法 56 条 1 項ただし書、57 条及び 57 条の 3) も、制度論として、予算と法律との調整を図ったといえよう。また他方で、②予算の形式についての運用論ないし解釈論として、予算を法律として扱うことにより、予算と法律との調整を法律の系統内における調整として行おうとするのが、いわゆる予算法律説であろう。ただ、予算法律説は、実務では全く採用されておらず、学説でも未だ通説でないことは、前述のとおりである。

24 清宮前掲注 (21) は「所管」と呼んでいる。予算の所管は、基本的には歳出と歳入であるが、前述したように日本国憲法では予算の定義を欠いているため、歳出と歳入以外にも予算の規定対象を広げる余地が排除されていない。このため、予算と法律の規定対象が重なる可能性も完全には排除されないことになる。この点は、後述する。

25 平成 2 年度から平成 6 年度までの間は、特例公債の発行は行われていない。ただし、平成 2 年度には、湾岸地域における平和回復活動を支援するための財源を調達するための臨時特例公債約 1 兆円が発行されている。

26 平成 9 年には、財政構造改革の推進に関する特別措置法 (平成 9 年法律第 109 号) が制定され、法律の形式によって、財政構造改革が進められようとしたが、同法は、翌平成 10 年 12 月に停止されている。

27 建設公債 (財政法 4 条 1 項ただし書による公債)及び特例公債 (各年度の特例公債法による公債) 並びにこれらの借換債 (旧国債整理基金特別会計法 (明治 39 年法律第 6 号) 第 5 条、特別会計に関する法律 (平成19 年法律第 23 号) 第 46 条) の残高に東日本大震災からの復興のために平成 23 年度から平成 27 年度まで実施する施策に必要な財源として発行される復興債の残高 (平成 24 年度末で約 12.7 兆円) を加えた額。

28 このほか、債務残高を示す指標として「国債及び借入金現在高」、「国及び地方の長期債務残高」、「純債務」等が用いられる。これらの指標の意義については、小池拓自「日本財政の現状と再建への論点」『調査と情報』682 号 , 2010.6, pp.2-5 に詳しく解説されている。

29 予算単年度主義は、次に述べるように、我が国の予算の内容実質に由来しており、日本国憲法第 86 条にも規定されているので、この原則は維持せざるを得ないであろう。

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を定め、この財政規律に従って毎年度の予算統制を行う必要性が指摘されている 30。実際、政府は、平成22年6月に閣議決定により財政運営

戦略及び中期財政フレームを定め、平成23年度以降の予算は、この財政規律の下に作成されている。

30 財政状況の悪化を招いたもう一つの問題として、大規模な補正予算が常態化すると、当初予算と実績との乖離が大きくなり、かつ、その乖離が圧倒的に財政収支の悪化方向に進んでいるとの指摘がある (米澤潤一「プライマリー・バランス分析からみた財政構造悪化の軌跡 (下)」『金融財政事情』2001・8・27 号 , p.34.)。補正予算は、予算単年度主義の 1 年という期間が短すぎる側面を補正する手段であるが、大規模な景気対策等は財政状況を悪化させるバイアスとなる。中長期の財政規律には、当初予算のみでなく補正予算も見込んで作成される必要があることも周知のとおりである。

10

(注) 平成2年度は、湾岸地域における平和回復活動を支援するための財源を調達するための臨時特別公債を約1.0兆円発行。

 平成23年度は、東日本大震災からの復興のために平成23年度~平成27年度まで実施する施策に必要な財源について、復興特別税の収入等を活用して確保することとし、これらの財源が入るまでの間のつなぎとして復興債を発行(平成23年度:11.6兆円)。なお、平成24年度においては、東日本大震災復興特別会計を設置することとし、当該特会の負担において復興債を発行するため、上記の平成24年度の公債発行額には計上していない。

(出典) 財務省『日本の財政関係資料 -平成24年度予算 補足資料 -』2012.6, p.10.

図1 公債発行額等の推移

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11

23 27 23 2424 12.7

40 45 50 55 60 5 10 15 20 23 24GDP 0.6 3.7 9.8 28.4 40.7 38.7 39.9 57.8 91.1 111.5 143.7 147.8

図2 公債残高の推移

(注1) 公債残高は各年度の3月末現在額。ただし、平成23年度末は4次補正後予算に基づく見込み、平成24年度末は予算に基づく見込み。

(注2) 特例公債残高は、国鉄長期債務、国有林野累積債務等の一般会計承継による借換国債を含む。(注3) 東日本大震災からの復興のために平成23年度~平成27年度まで実施する施策に必要な財源として発行される

復興債(平成23年度は一般会計において、平成24年度は東日本大震災復興特別会計において負担)を公債残高に含めている(平成24年度末で12.7兆円)。

(注4) 平成24年度末の翌年度借換のための前倒債限度額を除いた見込額は697兆円程度。(出典) 財務省『日本の財政関係資料 ―平成24年度予算 補足資料―』2012.6,p.11.

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2 予算単年度主義

 予算に関する重要な性質として、予算単年度主義の原則が挙げられる。中長期の財政規律は、予算単年度主義を補完ないし是正するための政策といえる。

(1)予算単年度主義の意義 予算単年度主義は、国会が一年単位で毎年予算を議決しなければならないとする原則といわれる 31。この原則は、細分化すれば、①国会の議決の対象となる予算は一年単位で作成されなければならないこと、②国会の議決は毎年行われなければならないこと、という二つの要素に分けられよう。 日本国憲法86条は「内閣は、毎会計年度の予算を作成し、国会に提出して、その審議を受け議決を経なければならない。」と規定して基本的にこの原則を採用していると見られる。同条においては「毎会計年度」とのみ規定し、会計年度の長さについては明確にしていないが、決算を「毎年」会計検査院が検査すべきものとする憲法90条等の規定からみて、会計年度は暦年の1か年であることを予定していると解されている 32。

(2)予算単年度主義の由来 予算単年度主義の二つの要素は、換言すれば、我が国の予算の性質を抽出したものといえよう。すなわち、我が国の予算の性質を内容実質の上から見た場合と形式的効力の上から見た場合との区別に対応する要素である。 我が国においては、特に日本国憲法が予算の定義を全く欠落させたことから、予算の性質に対する理解については、今日においても困難な問題を抱えているが、内容実質と形式的効力という「二つの方面」から観察すると、問題の本質が明らかになるように思われる 33。

(ⅰ)予算の内容実質 我が国予算の内容実質は、我が国予算の始まりとされる明治6年の歳入出見込会計表 34以来今日に至るまで一貫して、国の歳入歳出をあらかじめ計算して示す「予算会計表 35」「一会計年度に於ける歳入歳出の予定的計算 36」ないし「国家の一年度間の総歳出及総歳入の見積表 37」である(以下本稿では単に「予算会計表」という。)。 このように予算の内容ないし実質が「予算会計表」であることから、そこでは計算の単位として、当然に一定期間が必要となる。そして、その一定期間は、明治初期においては、米の収

31 なお、予算単年度主義の原則と区別される原則として、会計年度独立の原則がある (財政法第 12 条及び第42 条)。「会計年度独立の原則とは、各会計年度の経費はその年度の歳入をもって支弁すべきこととし、特定の年度における収入支出は他の年度のそれと区分すべきこととする原則をいう。」 (小村 前掲注 (12) , p.65.)。「会計年度独立主義の採用されている理由は、一会計年度における歳入歳出の状況を明確にし、財政の健全性を確保するところにあるが、それは直接には法律レベルにおいて採用された原則であり、法律も例外を認めている。」(碓井光明 「複数年予算・複数年度予算の許容性」『自治研究』79 巻 3 号 , 2003.3, p.6.)

32 小村 前掲注 (12) , p.24. 碓井 同上 , pp.4-5.33 西野元氏は、「予算の性質に付ては、二つの方面より之を観察せねばならぬ、第一は、其の内容実質の上よ

り見たる性質であって、第二は、其の形式的効力の上より見たる性質である。」と述べて、予算の性質に関して、このような二つの観点を提示していた(西野元『予算概論』日本評論社 , 大正 15 (1926) ,p.17.)。今日においても、予算の性質に関して、極めて示唆に富む見解である。

34 明治 6 年 6 月 9 日の太政官達「歳計概算取調」に別紙として掲載されている。この明治 6 年歳入出見込会計表は、歳入之部と歳出之部のそれぞれについて計算され、結論として「歳入ノ歳出ヨリ多キ高」として金 214 万 1264 円 81 銭 9 厘 (正誤後の額) が記載されている。明治 6 年に歳入出見込会計表が作成されたのは、当時の政府内部の対立を契機として我が国の財政に対する信頼が揺らいだため、政府の信用を維持する必要が生じたからであるとされている(明治財政史編纂会編纂『明治財政史 第一巻』吉川弘文館 , 1971, pp.599-610.)。

35 穂積八束『憲法提要』有斐閣 , 明治 43 (1910) ,pp.874.36 西野 前掲注 (33)37 美濃部達吉 『憲法精義』有斐閣 , 昭和 2 (1927) ,p.650.

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穫との関係で当然に1年間とされたのであり 38、以後この計算単位が引き継がれて 39、明治憲法にも明記されたのであろう 40。 このように、予算単年度主義の要素のうち、①国会の議決の対象となる予算は一年単位で作成されなければならないという部分は、我が国の予算の内容ないし実質が「予算会計表」であるところから、論理必然的に要請される事項であるといえよう 41。

(ⅱ)予算の形式的効力 一方、形式的効力の問題は、換言すれば国会

(議会)と政府との関係の問題である。この部分は憲法の問題であり、明治22年に発布された明治憲法において、予算は毎年帝国議会の協賛を経ることが規定され、予算単年度主義の要素のうち、②の部分も規定されるに至った 42。ただ、明治憲法の制定過程に鑑みるときは、議会の議決が「毎年」行われなければならないという点は、予算の内容実質が「予算会計表」であることを前提として当然に導き出された帰結といえ

よう。(3)予算単年度主義の本質(ⅰ)我が国における予算単年度主義 (2)に述べたように、我が国において予算単年度主義は、予算の性質のうち予算の内容実質が「予算会計表」として位置付けられるところから論理必然的に要請される原則であると評価できる。換言すれば、予算単年度主義として説明される内容は、我が国の予算の性質そのものであるといえるところであり、明治以来の我が国予算の原理・原則であるといえよう。したがって、この原則自体を否定するようなことは到底考えられることではなく、この原則の下で、その補完策ないし是正策 43を見出していくことになる。

(ⅱ)イギリス及びアメリカの場合 予算の内容実質に関するとらえ方として、ドイツや我が国などにおいては財政計画(予算会計表)であるのに対して、イギリス及びアメリカにおいては、憲法上の制度としては、財政計

38 注 (34) に引用した明治 6 年 6 月 9 日の太政官達「歳計概算取調」は「抑我が邦や各外邦と異にして庶民より納るヽ所の租税多くは米を以てすれは其米価の高低に依り出入の額に於て大なる差異を生ずるなり」 (原文は旧漢字・片仮名書き) と述べており、当時の国の財政が米価に依存していたことが端的に示されている。

39 1 年間の期間の起点と終点については、明治 6 年当時は暦年 (1 月から 12 月) とされていたが、明治 8 年からはその年の 7 月 1 日から翌年の 6 月 30 日までとされ (明治 7 年 10 月 13 日太政官達番外)、さらに明治19年からはその年の4月1日から翌年の3月31日までに改められて(明治17年10月28日太政官達第89号)、現在に至っている(現在は財政法第 11 条に規定されている。)。

40 明治憲法の最初の草案として明治 20 年 4 月~ 5 月に井上毅が作成した試草甲案及び乙案においても、「歳出歳入ノ定額ハ毎年予算表ヲ制定シ両議院ノ承認ヲ経テ之ヲ公告スヘシ」と規定されていた (試草甲案第57 条。試草乙案第 60 条も同文。稲田正次『明治憲法成立史 下』有斐閣 ,1962,p.79.)。これ以後の明治憲法の草案においても、「予算表」が「予算」に、「承認」が「協賛」に変更されるなどの修正はあるが、「毎年」という字句が規定されていることは変わらない。

41 明治 6 年から明 22 年の明治憲法発布に至るまでの間における我が国予算の名称、内容等の変遷については、別稿においてまとめることとしたい。ただ、この間においても予算の内容ないし実質は、予算会計表であることに変わりは見られない。

42 予算の内容・実質と形式的効力との制定過程について、穂積八束博士は次のように説明している。「憲法を制定するの前既に我に予算会計表の制あり、蓋し大権を以て行政の官衙を監督するの用を為したる者なり。今、憲法を布くに及び、議会をして予算を定むるの事に参興せしむ、其の成立の手続に於て改むる所あるも予算会計表の性質は即ち依然たり大権を以て統治機関を監督するの用の為に具ふるのみ。」(穂積 前掲注 (35) ,pp.874-875. なお、原文は旧漢字・片仮名書き)。この説明に明確に示されているように、我が国においては、憲法制定以前にすでに予算会計表としての内容ないし実質を持った予算制度が存在しており、明治憲法は、その当時既に存在した予算制度と新設される帝国議会との関係について規定したものであったといえよう。

43 予算単年度主義に対する修正の程度が大きくなれば、そのような政策は、予算単年度主義に対する補完というよりも予算単年度主義の是正と呼ばれるようになるのであろう。

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画(予算会計表)ではなく、「収入支出に対する国民の承諾」であるとする指摘がある 44。 イギリス及びアメリカにおいては、憲法上は

「議会の毎年統制 45」は要求されていない。これは、これらの国々においては、予算の内容実質が財政計画(予算会計表)ではないことから、論理必然的には、議会の毎年統制が要求されることにはならないことを示している。 たとえば、イギリスにおいては「日本の一般会計にほぼ相当する統合国庫資金(Consolidated

Fund)…(中略)…の歳出は、議定費(Supply

Services)と 既 定 費(Consolidated Fund Standing

Services)とに分かれている。議定費は、毎年、1本の議定費歳出予算法(Appropriation Act)という法律として成立する。既定費は、法律に基づきその支出を恒久的に授権された経費であり、毎年度議会の議決を受けることなく当然に国庫金から支出される。46」。このように、「議会の毎年統制」は、既定費には及ばない。 アメリカにおいても、憲法において「国庫からの支出はすべて、法律で定める歳出予算にしたがってのみ行われる。」と規定されているが

(アメリカ合衆国憲法第1条第9節第7項 47)、そこには「毎年」という字句は見られない。実際、アメリカにおいても「アメリカの歳出予算は年次予算と恒久予算に分かれる。このうち年次予算は、経常権限(Current Authority)による予算であり、歳出予算法により毎年立法措置が必要とされる。…(中略)…これに対し、恒久予算は

恒久権限による予算であり、歳出予算法以外の一般の法律(恒久法と呼ばれる)で定められるもので、一度立法化されると毎年自動的に支出が認められる。48」。このように、アメリカにおいても、「議会の毎年統制」は、恒久予算には及ばない。 これに対して、我が国やドイツのように、予算の内容実質が財政計画(予算会計表)である国においては、むしろ「議会の毎年統制」が厳格に要求されることになる。 このように、予算単年度主義は、憲法上の問題としては、決して世界標準の原理原則ではなく、各国の予算の内容実質 49に由来する制度であることに注意する必要があろう。 3 財政運営戦略

 我が国においては、予算単年度主義の補完策として、現在のところ、「財政運営戦略」が閣議決定され(平成22年6月22日閣議決定 50 )、中長期的な財政規律が定められている。 この「財政運営戦略」は、「基本的な考え方」と「具体的な取組」の2項目から構成されている。「財政運営戦略」の「基本的な考え方」においては、過去20年間の公債残高の増加要因等を分析している 51。 「財政運営戦略」の「具体的な取組」においては、今後の中長期の財政規律として、①財政健全化目標、②財政運営の基本ルール、③中期財政フレームの3点が示されている。それぞれの

44 安澤喜一郎『予算制度の憲法学的研究』成文堂 , 1974, p.26.45 小嶋和司『日本財政制度の比較法史的研究』信山社 ,1996 ,p.56.46 浅見敏彦編『世界の財政制度』金融財政事情研究会 , 1986, pp.222-224.47 訳文は、初宿正典 辻村みよ子編『新解説 世界憲法集』三省堂 ,2006,p.73.48 浅見編 前掲注 (46) pp.142-143.49 このほかフランスにおいては、「予算法 (各年度予算法) の条文は、二つの篇 (partie) よりなる。第 1 篇は、

公の財源である租税等の徴収…(中略)…を承認する。(中略) 第 2 篇は、歳出額の細分等を承認する(後略)」(浅見編 前掲注 (46)p.325.)こととされており、予算の内容実質として、歳入と歳出に関する「財政計画(予算会計表)」でありながら、そこに毎年度の租税の徴収の承認という内容も加えて、「収入支出に対する国民の承諾」という性質も付与されているのが特色である。このほかフランスの予算の性質に関しては、小嶋和司「財政」『日本国憲法体系第六巻 統治の作用』有斐閣 1965,pp.124-126. に指摘されている。

50 財政運営戦略及び平成 24 年改訂後の中期財政フレームの全文は、国家戦略室のホームページに掲載されている。http://www.npu.go.jp/policy/policy01/index.html 

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具体的内容は、以下のとおりである。 (1)財政健全化目標 財政健全化目標としては、以下の3点を定めている 52。

収支(フロー)目標 国・地方の基礎的財政収支(プライマリー・バランス)について、遅くとも2015年度までにその赤字の対GDP比を2010年度の水準から半減し、遅くとも2020年度までに黒字化することを目標とする。国の基礎的財政収支 53についても同様の目標 54とする。

残高(ストック)目標 2021年度以降において、国・地方の公債等残高の対GDP比を安定的に低下させる。

進ちょく状況の公表・検証等

毎年度の予算概算決定後遅滞なく、各種財政指標の最新の状況と、財政健全化目標の達成へ向けた進ちょく状況等を検証し、公表する 55。なお、内外の経済の重大な危機その他の事情により財政健全化目標の達成又は財政運営の基本ルールの遵守が著しく困難と認められる場合には、財政健全化目標の達成時期等の変更や財政運営の基本ルールの一時的な停止等の適切な措置を講じるものとする 56。

(2)財政運営の基本ルール 財政運営の基本ルールとしては、各年度の予算編成及び税制改正は、①財源確保ルール(ペイアズユーゴー原則)、②財政赤字縮減ルール、

③構造的な財政支出に対する財源確保、④歳出見直しの基本原則、⑤地方財政の安定的な運営の5つの基本ルールを踏まえて行うものとされている 57。このうち、①の財源確保ルール(ペイ

51 「基本的な考え方」においては、経済・財政の現状を分析し、過去 20 年間で我が国の国債残高は約 470 兆円増加したこと、その要因として、①バブル崩壊以降の度重なる減税や景気の長期低迷の結果として過去20 年間で約 210 兆円の税収が消え去り、その分の国債残高の増加につながったこと、②過去 20 年間、不況対策としても行われた公共事業の拡大は、約 60 兆円の国債残高の増加につながったこと (過去 20 年間の公共事業費の累積額は約 200 兆円)、③高齢化の進展による社会保障費の増大は、過去 20 年間で約 150兆円の国債残高の増加につながったこと、を指摘している。そして、このように財政状況が深刻さを増しているにもかかわらず、改善を先送りできた要因としては、長期金利が上昇しなかったことが大きいことを指摘している (財政運営戦略 p.1.)。

52 財政運営戦略 pp.7-8. なお、本稿においては、中長期の財政規律について、どのような形式で定めることが可能か、あるいは適切かという観点から取り上げているので、国の財政の分析等については、あくまでも本稿の論題の前提問題となる範囲で取り上げている。

53 国の基礎的財政収支 (プライマリー・バランス) の性質は、公債金以外の収入と国債費 (既往国債の元利払い)以外の歳出との比較といえる。現在の我が国の予算においては、歳入総額と歳出総額とが等しいから、プライマリー・バランスは、国債費マイナス公債金収入として簡便に求められることになる (米澤潤一

「プライマリー・バランス分析からみた財政構造悪化の軌跡 (上)」『金融財政事情』2001・8・20 号 ,pp.41-42.)。この計算によると、平成 24 年度当初予算において、国のプライマリー・バランスは、約 22.3 兆円の赤字となる。プライマリー・バランスが均衡するということは、既往国債の元利払い (過去の借金) は棚上げした状態で、公債金収入に頼らずに、歳出を確保している状態 (より端的に言えば、国債費を除いて財政赤字がない状態) となるが、現在のような極端に悪化した財政状況下においては、「現実的な目標であろう」 (米澤 同上) といわれている。フロー (毎年) の指標としては、プライマリー・バランスのほか 、より厳しい指標として「財政収支」がある。平成 24 年度の国の財政収支は、約 44.2 兆円 (公債金の額)の赤字となる。フロー (毎年) の指標についても、小池 前掲注 (28) pp.1-2. にまとめられている。

54 2015 年度において、プライマリー・バランス赤字の対 GDP 比は、3.4%になることが目標とされている。55 平成 23 年 1 月及び平成 24 年 1 月に、内閣官房国家戦略室から、財政運営戦略の進捗状況の検証が公表さ

れている。56 この「なお書」は、本稿執筆時点 (平成 24 年 12 月) までにおいては、発動されていない。57 財政運営戦略 pp.8-9.

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アズユーゴー原則 58)は、歳出増又は歳入減を伴う施策の新たな導入・拡充を行う際は、原則として、恒久的な歳出削減又は恒久的な歳入確保措置により、それに見合う安定的な財源を確保するルールとされている。

(3)中期財政フレーム 中期財政フレームは、財政運営戦略の最大の眼目といえよう。中期財政フレームは、複数年度を視野に入れて毎年度の予算編成を行うため

の仕組みであり、毎年度、中期財政フレームと整合的な各閣僚別の概算要求枠が設定される 59。 中期財政フレームは、3年度を対象として定められ 60、「毎年半ばごろ 61」改訂を行い、翌年度以降3年間の新たな中期財政フレームが定められる。現時点における中期財政フレームは、平成24年8月31に改訂されたもので、平成25年度から平成27年度までを対象としており、その主な内容は以下のとおりである 62。

公債発行額 平成25年度の新規公債発行額(年金特例公債などを除く。)について、平成24年度当初予算の水準(約44兆円)を上回らないものとするよう、全力を挙げる。

歳入面での取組 税制の抜本的な改革については、三党合意 63に基づく修正を経て成立した「社会保障の安定財源の確保等を図る税制の抜本的な改革を行うための消費税法の一部を改正する等の法律」等に基づき改革を進めていく。

歳出面での取組 財政健全化目標の達成に向けて、平成25年度から平成27年度において、「基礎的財政収支対象経費 64」について、少なくとも前年度当初予算の「基礎的財政収支対象経費」の規模(これを「歳出の大枠 65」とする。)を実質的に上回らないこととし、できる限り抑制に努める 66。

Ⅲ 財政規律の諸形式

 Ⅱ3でその概要を紹介した財政運営戦略は、中長期の財政規律を定めるものであり、特に中期財政フレームは、複数年度(3年度)にわたる財政計画を定め、予算単年度主義の原則を維持

しつつ、複数年度(3年度)にわたる予算管理を行おうとする試みといえよう。 中長期の財政規律を定める意義は、いうまでもなく、中長期の財政規律機能 67にあるが、そのほか、国民に対する資料提供機能も持っているとの指摘もある 68。

58 アメリカにおいて 1990 年の予算執行法において制度化された際に、ペイアズユーゴー (Pay-As-You-Go)原則として制度化された経緯があるので、財政運営戦略においても、別名として採用されたのであろう。As は、「同時に」という意味となろう。

59 財政運営戦略 p.11.60 平成 22 年 6 月に定められた中期財政フレームは、平成 23 年度から平成 25 年度までを対象としていた。61 財政運営戦略 p.12.62 基本的には平成 22 年 6 月に定められた最初の中期財政フレームと同様であるが、その後の社会経済状況の

変更に対応して、東日本大震災の復旧・復興事業の財源、年金特例公債の発行等に関して、変更がある。63 民主党・自由民主党・公明党の 3 党の合意。64 国の一般会計歳出のうち、国債費及び決算不足補てん繰戻しを除いたもの。65 平成 25 年度の歳出の大枠の金額は、71 兆円(中期財政フレーム(平成 25 年度~平成 27 年度)p.4.)。これには、

平成 25 年度における基礎年金国庫負担の 2 分の 1 と 36.5%との差額(年金差額分)2.6 兆円が含まれるが、この年金差額分は、年金特例公債によりまかなわれる (同上)。

66 なお、平成 26 年度及び平成 27 年度については、社会保障・税一体改革の一環として財源が確保された上で行われる社会保障の充実等に係る経費が「歳出の大枠」に加算される (中期財政フレーム (平成 25 年度~平成 27 年度) p.3)。

67 「財政活動を一定の方向に舵を取る場合には、以後の各年度にたどる道筋を示し、以後の年度の財政活動をも拘束することが必要となる。複数年度にわたる財政の規律の機能である。」 (碓井 前掲注 (31) ,p.10.)

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 それでは、このような中長期の財政規律を定めるための形式については、どのように考えられるだろうか。 現在のところ、我が国において中長期の財政規律を定める形式としては、①閣議決定(政府決定)、②憲法改正、③予算、④法律の4形式が想定される。

1 閣議決定

 中長期の財政規律を政府の政策決定として定めることについては、制度論としては、これを不可能であるとする特段の議論は生じないであろう。上記Ⅱ3で紹介した「財政運営戦略」も、平成22年6月22日に閣議決定された文書 69である。 ただし、閣議決定は、内閣としての意思を決定する方式であることから、長所と短所とがある。

 長所としては、経済社会情勢の変化に応じて、機動的に対応することができる。財政運営戦略に定める財政健全化目標においても「財政健全化目標の達成時期等の変更や財政運営の基本ルールの一時的な停止等の適切な措置」に言及しており、経済社会情勢に急激な変化が生じ得ることを想定している。 短所としては、内閣限りでいつでも変更することができることになるので 70、財政規律の変更に向けたバイアスがかかりやすい。また、何よりも政治的には、内閣が変わった場合に、当然に次の内閣に引き継がれるという保証もない 71。すなわち、閣議決定によるときは、継続性という点では、問題が大きい 72。

2 憲法

 これに対して、最も継続性があるのは、憲法の中に財政規律に関する定めを置くことであろ

68 「財政活動自体は一年ごとに切断されて存在するのではないから、各一年度の財政活動を少なくとも数年度にわたる見通しのなかに位置付けなければならない・・・(中略)・・・このことは予算案を編成する政府のみならず、政府を支える国民に財政活動のあり方に関する判断の資料を提供する意味がある。」(碓井 同上)

69 これまでも、政府は、閣議決定の中で、財政健全化目標について示してきている。「構造改革と経済財政の中期展望」(2002 年 1 月 25 日閣議決定)、「経済財政運営と構造改革に関する基本方針 2006」(2006 年 7 月7 日閣議決定)、「経済財政の中長期方針と 10 年展望」(2009 年 1 月 19 日閣議決定)、「経済財政改革の基本方針 2009 ~安心、活力、責任~」(2009 年 6 月 23 日閣議決定)。今回の「財政運営戦略」では、「中期財政フレーム」により、次年度から 3 年度間の複数年度にわたる具体的な財政規律、すなわちこれらの複数年度における新規国債発行額と基礎的財政収支対象経費の規模を定め、これらの複数年度の予算管理を行おうとするところに特色があろう。

70 閣議決定について、政府委員 (大森政輔内閣法制局長官) は、以下のように述べている。 「… (中略) …閣議決定と申しますのは、内閣としての意思を決定する重い方式ではございます。しかしな

がら、閣議で決定いたしました事項は、同じく閣議決定で、内閣限りでいつでもこれを変更することができるということでございます。(第 141 回国会衆議院財政構造改革の推進等に関する特別委員会議録第 6 号 平成 9 年 10 月 23 日 p.2.)。

71 財政運営戦略は、平成 22 年 6 月 22 日、当時の菅内閣が閣議決定した。財政運営戦略に定めた中期財政フレームは、平成 23 年 8 月 12 日、同じく菅内閣の閣議決定により最初の改訂が行われ、さらに平成 24 年 8月 31 日、野田内閣の閣議決定により改訂が行われている。ただ、今後政権与党の変更があった場合においても次の内閣に当然に引き継がれる可能性については疑問があるのは止むを得ないところであろう。

 たとえば、注(69)で引用した「経済財政運営と構造改革に関する基本方針 2006」(2006 年 7 月 7 日閣議決定)は、2007 年度以降 2009 年度までの予算編成においては基本的考え方として踏襲されたが、「2009 年夏の政権交代により、…(中略)…事実上廃止されることとなった」(杉本和行「財政と法的規律―財政規律の確保に関する法的枠組みと財政運営―」『フィナンシャル・レビュー』平成 23 年第 2 号 , 2011.1, p.73.)。

72 統治機構が異なるため閣議決定とはいえないが、政府による決定の性質を有する点で類似するものとして、アメリカにおいては、2009 年 2 月、オバマ大統領が議会に提出した 2010 年会計年度予算教書の中で、1 期目の任期満了 (2013 年 1 月) までに、ブッシュ前政権から引き継いだ財政赤字を半減させる旨が盛り込まれていた。なお、2013 年度大統領予算教書による財政健全化目標の概要については、財務省「日本の財政関係資料―平成 24 年度予算 補足資料―」平成 24 年 6 月 , p.26.

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う。また、国家の最高規範である憲法の中に財政規律に関する定めを置くことについては、理論的には何等の問題もなく、その制度設計は自由に行えることになる。 欧州諸国においては、欧州連合のユーロ圏に属する諸国において、憲法に財政規律に関する定めを置く例が目立ってきている。その具体的内容は大別すると、①憲法に具体的な数値目標を定める場合 73と、②憲法には財政健全化の方針のみを定め、具体的な数値目標は別に法律で定めることを義務付ける場合 74とが見られる。 各国の憲法は、それぞれの国の歴史や文化の所産ともいえるので、具体的な定め方は、それぞれの国の政治制度や財政制度の実情に応じて検討されることになる 75。 なお、本稿は、予算と法律との関係を中心としているので、憲法に関しては、概要の紹介にとどめている。

3 予算

 予算の中に中長期の財政規律を規定することについては、その実例がなく、全く理論的な問題に止まる。この問題は、予算の定義にも関係することなので、Ⅳにおいて検討したい。

4 法律

 法律の中に中長期の財政規律を規定すること76

については、我が国においては、予算と法律との関係を念頭に置く必要がある。主要諸外国においては予算も法律形式で定めていることから、予算と法律との関係という問題は、我が国独自の理論的問題である。ただ、幸いなことに、我が国においては平成9年に「財政構造改革の推進に関する特別措置法」が制定された経緯があり、その際に予算と法律との関係についても相当に詳しい議論があったので、その当時の議論も参考にしながら、Ⅴにおいて検討したい。

73 ドイツにおいては、2009 年 7 月、憲法 (ドイツ連邦共和国基本法) の改正が行われ、連邦による公債の発行等を含む信用調達に関して、第 115 条第 2 項において「収入と支出とは、原則として信用からの収入によることなく均衡させなければならない。信用からの収入が名目国内総生産の 0.35%を超えない場合には、当該原則に合致する。(後略)」(訳文は、山口和人「ドイツの第二次連邦制改革(連邦と州の財政関係) (1)―基本法の改正」『外国の立法』243 号 , 2010.3, pp.3-18 による。)との原則を定めている。ただ、この原則の実施については、第 143d 条において「(前略)既存の赤字の解消は、2011 会計年度から開始するものとする。毎年の予算は、2016 会計年度においては第 115 条第 2 項第 2 文の定める基準が満たされるよう編成しなければならない。詳細は連邦法律により定める。」 (訳文は、同上) と規定して、2011 会計年度から2015 会計年度までを移行期間としている。

74 フランスにおいては、2008 年 7 月、憲法 (第 5 共和国憲法) の改正が行われ、第 34 条第 7 項として「公共財政に関する複数年の方針は、計画化法律により定める。この方針は、公共財政における会計均衡の目標の中に位置づけられる。」 (訳文は、国立国会図書館調査及び立法考査局政治議会課憲法室「2008 年 7 月 23日付けフランス共和国憲法改正に関する新旧対照表」『外国の立法』240 号 , 2009.6, p.149. による。)旨の規定が追加された。

 2008 年のオーストリア憲法改正については、山岡規雄・北村貴「財政に関するオーストリア連邦憲法法律の改正」『外国の立法』250 号 , 2011.12, pp.172-182.

 2011 年に行われたスペインの憲法改正については、三輪和宏「2011 年におけるスペイン憲法改正及び政党間合意の成立―財政健全化に向けた欧州連合加盟国の一つの試み―」『レファレンス』736 号 , 2012.5, pp.22-41.

75 我が国においては、日本国憲法制定の際に、大蔵省主計局から「第七章の最初に、財政掌理の基本原理についての規定、例えば「国の財政は健全性及国民経済との調和を保持すべきものとすること」というような規定を置きたい」 (佐藤達夫著・佐藤功補訂『日本国憲法成立史 第三巻』有斐閣 , 1996, p.257.) という希望があったと伝えられている。

76 イギリスにおいては、2011 年 3 月、「2011 年予算責任及び会計検査法」が成立し、大蔵省に「予算責任憲章」の策定及び議会への提出が義務付けられた (田中嘉彦「2011 年予算責任及び会計検査法 政権交代による財政政策の変容」『ジュリスト』1423 号 , 2011.6, p.81. なお、今回の法律により、1998 年以来イギリスにおいて財政規律としていわゆるゴールデン・ルール等を定めていた 1998 年財政法の関係規定は、削除された

(田中 同上)。

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Ⅳ 予算形式による財政規律

1 問題の所在

 中長期の財政規律を定める形式として、予算の形式によることは可能であろうか。たとえば、平成24年度予算の中に財政運営戦略の主要な部分を規定することは可能であろうか。 ここでは、予算単年度主義の原則の下に、一年単位で予算が作成され、一年ごとに国会の議決を経ることを前提としながら、その一年単位の予算の中に中長期の財政規律を定めることを想定している。 学説においては、「法律、たとえば「財政法」に根拠規定を置いて、それに基づいて「予算」の形式で複数年度にわたる財政規律を行うことが当然に禁止されるものとはいえない。」とする見解がある 77。 法律の形式を用いる場合には、法律で定められた中長期の財政規律と各年度の予算との間に矛盾抵触が生じ得ることは、少なくとも論理的にはほとんど回避し得ないが、予算の形式を用いて中長期の財政規律を定めることにすれば、そのような問題は生じない。 ただし、予算の形式を用いることについては、予算にどのような事項を盛り込み得るのかという問題と予算の時間的効力の問題という二つの観点からの検討が必要となろう。 

2 予算の意義との関係

 予算にどのような事項を盛り込み得るのかという問題は、換言すれば、憲法の「予算」の意義をどのように解するのかという問題である 78。 前述したように 79、日本国憲法はその制定の過程において予算の定義を全く欠落させているため、憲法上の予算の意義については、明確にされていない。 憲法上の予算の意義については、どのように考えるべきであろうか。 (ⅰ)この問題については、憲法86条の「予算」と憲法60条の「予算」のそれぞれの意義を区別し、前者は「実質的な意味の予算」として「歳入歳出」に相当するものをいうが、後者は議決形式としての「予算」で、これには憲法86条の予定する予算(必要的予算事項)以外に、他の財政事項を盛り込みうると説明できる、との見解 80

がある。 しかし、憲法上の予算の意義を二通りにとらえることは、憲法の規定上の根拠が全く見出せないことから、無理な考え方であろう。憲法上の予算の意義は、やはり統一的にとらえるべきものと思われる。 (ⅱ)それでは、憲法上の予算の意義を統一的にとらえるとした場合には、どのように考えるべきなのか。 先ず、日本国憲法においては、その制定の際の日本側の考え方及び連合国総司令部民生局において作成された文書に鑑みると 81、日本国憲

77 碓井 前掲注 (31),pp.14-15. 同「複数年度予算をめぐる論点整理と展望」『複数年度予算制と憲法』日本財政法学会 , 2006, p.89.

78 小嶋は、「では、現行憲法ではどうでしょうか。明治憲法のように、予算の全容を示す規定はありません。…(中略)…かくて、その考え方には、憲法法理によって定まっているとなすものと、憲法は、その確定を大幅に法律にゆだねていると考えるものと、二つの見解が存しうることとなります。こう思って従来発表されたものを検討いたしますと、これが論点であることを意識して、明快な法理を示しておられるものはないように思います。」と述べている (小嶋和司「実定財政制度について」『憲法と財政制度』有斐閣 , 1988, p.335.)。

79 前掲注 (6)80 碓井 前掲注 (13),pp.145-146. 同 前掲注(31),p.14. 81 前掲注 (6)

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法においても明治憲法の予算の定義を引き継いでいると見られる 82。 そして、明治憲法の予算の定義は、「国家ノ歳出歳入」とされていたのであり、これは、前述したように(Ⅱ2(2))、明治6年以来の我が国の予算の内容・実質を憲法に規定したところである。 このように、明治初年以来、我が国の予算の内容・実質は、国の歳出と歳入とを対比して示す「予算会計表」であり、この性質は明治憲法を経て日本国憲法にも引き継がれているといえよう。 したがって、日本国憲法の予算の意義も、歳入歳出を基本として考えなければならないことになろう。その意味で、たとえば上記(ⅰ)に引

用した見解が、憲法86条の「予算」の意義を「歳入歳出」に相当するものをいうとしたのは、首肯できる。 ただ、日本国憲法は、その文言上は予算の定義を全く欠いているため、予算の意義を厳格に歳入歳出に限定せず、若干の広がりを許容していると解することが相当ではないだろうか。 すなわち、日本国憲法の予算の定義としては、歳入歳出を基本としながら、歳入歳出と合理的な関係があると認められる事項 83は、別に法律の定めるところにより、予算の定義に含ませることを許容していると解することが最も適当な考え方ではないか 84と思われる。財政法は、予算の内容として、歳入歳出予算以外の事項を規定している 85が、これも、上記の憲法上の予算

82 民政局のグラジダンジェフ (ANDREW J. GRAJDANZEV) とマキ (JOHN M. MAKI) の 2 人の課員が連名で作成したレポート (“Comment on ORI/FEI Comments on the Draft of the Japanese Constitution.”) では、「新しい国会は、予算の定義を、過去 80 年間に歴史的に発展してきたところに従って引き継ぐとともに、徐々に予算の定義に変更をもたらすであろう。」と述べている (この文書には、1946 年 4 月 24 日の作成日付がある。原文は、国立国会図書館・電子展示会『日本国憲法の誕生』「3-23 「憲法改正草案要綱」に対する国務省の反応」「Check Sheet, From: Govt Sect., Subject: Japanese Draft Constitution」に掲載されている。)。この内容全体については、高見勝利「「憲法改正草案要綱」に対する米国務省内の論評と総司令部の応答」『レファレンス』647 号 , 2004.12, pp.5-24. に詳しく解説されている。

83 その範囲は、具体的な事項ごとに考えていく必要があろう。たとえば、日本国憲法においては、建設公債や特例公債の発行限度額は、明治憲法の場合とは異なって、予算総則に規定されて国会の議決を受ける扱いとされているが、これは「毎年度の公債の発行額は当該年度の歳入歳出全体のバランスの中で決まるものであり、この意味で公債の発行限度額は歳入歳出予算と不離一体の関係にあること」を根拠としていると説明されている (小村 前掲注(12) , pp.101, 113-114.)。

 この点について、政府委員 (高橋元大蔵省主計局次長)は、以下のように述べている。  「それで、四条公債にいたしましても特例公債にいたしましても、公債を歳入と歳出の差額というふうに

とらえますならば、予算の内容を逐一歳入にこれだけを見込み、歳出をかように調定をするということで、その結果やむを得ずして公債に相なるわけでございますから…(中略)…今回の特例公債の限度額につきましても予算の一部として予算総則の御指摘の六条二項、ここに金額を譲って、この特例公債法では前年度と同様発行権限をちょうだいをいたすという構成にしておるわけでございます。」(第 77 回国会参議院大蔵委員会会議録第 10 号 昭和 51 年 5 月 20 日 p.31.)

84 小嶋は、「では、憲法論として、予算の内容・効力は憲法法理で定まっていると考える見解 (憲法法理決定説)と、現行法制のように、憲法が予定しているもの以外には法律で決定しうると考える見解 (法律決定説)とどちらが良いのでしょうか。報告者[小嶋]は、後者、すなわち法律決定説をヨリ優れたものと考えております。と申しますのは、憲法規定から明確に推論しうること以外に憲法法理がありうるとすることは、この問題については、所詮、論者の限られた予算制度観を憲法法理とすることに外ならないと考えるからです。」と述べている ([ ]内は執筆者補記。小嶋 前掲注 (78) , p.336.)。

 しかし、筆者としては、予算の意義として本文に述べたことは、明治初年以来の我が国予算の内容・実質、明治憲法における予算の制定経緯及び日本国憲法におけるその継承というこれまでの過程をすべて考察するときは、「憲法法理」として「明確に推論しうること」であると考えている。

85 「予算は、予算総則、歳入歳出予算、継続費、繰越明許費及び国庫債務負担行為とする。」 (財政法第 16 条)。ここに掲げられている予算の内容は、並列ではなく、歳入歳出予算を中心として、さらにこれに関係する事項が規定されていると見れば、財政法と憲法との関係が明確となるように思われる。

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の定義に基づいて規定されていると見ることができよう。 (ⅲ)このように考えると、法律(財政法)に根拠を置いた上で、予算の内容として中長期の財政規律を規定すること自体は、不可能ではないことになろう。

3 予算の効力との関係

 (ⅰ)もう一つの問題は、予算が毎会計年度ごとに作成され、その期間中のみ効力を有することをその本質とすることとの関係である。 この点に関しては、法律に根拠規定を置けば、それに基づいて、予算の形式で、年度を超えた財政規律を行うことを可能とする見解がある 86。 しかし、予算単年度主義の原則からみれば、国会の議決が毎年行われる以上、予算の効力も一年度間に限定されると解するのが自然な考え方であり、この考え方を前提とした上で、さらに検討を進めることが必要であろう。 この考え方を前提として、平成24年度予算の中に財政運営戦略の主要部分を規定したとした場合には、その効果については以下のように考えられよう。 (ⅱ)財政健全化目標(Ⅱ3(1))は、2015年度以後の目標を定める内容であるが、この目標は、平成24年度予算の中に規定される場合には、平

成24年度中においてのみその効力を有することになる。ただし、次の平成25年度予算においても同様の財政健全化目標を規定し、以後も同様としていけば、財政健全化目標は毎年度更新されて事実上継続していくことになる 87。 (ⅲ)中期財政フレーム(Ⅱ3(3))は、平成25年度予算の作成方針となる内容である。平成25年度予算は平成24年度中に作成されるので、平成24年度予算に規定された中期財政フレームが平成25年度予算の作成を規律し得ることは言うまでもない。しかし、このことは、平成24年度予算に対する国会の議決の内容が平成25年度予算の内容も規律する点で、予算単年度主義との関係における検討が必要となる。 この点に関しては、平成25年度予算に対しては改めて国会の議決が行われることから、基本的には、毎年度国会の議決が行われることになり、予算単年度主義と抵触することにはならないと解される 88。しかし、国会の予算修正権に憲法上の制限があるとする見解 89を採った場合には問題が残る 90。国会の予算修正権に憲法上の制限があるとする見解を前提とすると、平成24年度予算に対する国会の議決が平成25年度予算に対する国会の議決を拘束する可能性を残すことになり、そのような可能性を認めることは、予算単年度主義の原則に抵触することになる。

86 碓井 前掲注 (31) は、「「予算」形式の規範は、単年度について効力を有する原則であるから、法律の定め (委任)によらないで、予算限りで年度を超えた財政に関する規律を定めることはできないと考えられる。しかし、法律、たとえば「財政法」に根拠規定をおいて、それに基づいて「予算」の形式で複数年度にわたる財政規律を行なうことが当然に禁止されるものとはいえない」として、法律 (たとえば財政法) の定めがあれば、予算の中に複数年度にわたる財政規律を定めることを肯定する (同論文 pp.14-15.)。同論文ではさらに続けて、「継続費にあっては、通説に従えば数年にわたる歳出を授権するものであって、複数年度にわたる財政規律にほかならない。継続費について、後の年度の予算審議において重ねて審議することを妨げないとされている点に合憲性の大きな根拠があるように思われる。したがって、複数年度にわたる枠を予算で設定する方法は、継続費と同様に、後の年度の予算審議において重ねて審議される可能性が留保されていること、したがって、その修正が認められることが合憲性の前提になると思われる。」と述べている。

87 法律 (財政法) において、毎年度の予算の中に財政健全化目標を定めなければならない旨を規定することが前提となる。

88 前掲注 (86) に引用した見解もこの点を根拠としている。89 予算修正に関しては、夜久仁「予算と法律との関係―予算の修正を中心として―」『レファレンス』725 号 ,

2011.6, pp.5-31.http://www.ndl.go.jp/jp/data/publication/refer/pdf/072501.pdf。政府見解については、後掲注(100)。90 前掲注 (86) に引用した見解も国会の予算修正権との関係を指摘している。

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 したがって、中期財政フレームを平成24年度予算の中に規定するためには、理論的前提として、国会の予算修正権には憲法上は制限がないとする見解を採ることが必要となろう。

(ⅳ)予算の中に中長期の財政規律を定めることができるかどうかについては、現在のところ学説上の問題提起にとどまっており、上述したような問題点があるが、仮にこの形式を採ることが可能であるとすれば、我が国特有の問題である予算と法律との不一致の問題を回避できる点で魅力的な学説といえよう。

Ⅴ 法律形式による財政規律

1 問題の所在

 中長期の財政規律を定める形式として、法律によることも考えられる。法律とすることにより、財政規律に関する国会の意思が明確にされる 91。 以下本稿においては、財政運営戦略の主要部分を法律に定めるとした場合を想定して検討を加えてみたい。 財政運営戦略の主要部分を法律に定めるとした場合には、これまで提示された例から見て、以下の二種類の方式があり得る。 第1は、財政運営戦略のうち、財政健全化目

標(Ⅱ3(1))に相当する部分と中期財政フレーム(Ⅱ3(3))に相当する部分をいずれも法律に定める方式である。財政健全化目標や中期財政目標の内容は大きく異なるが 92、法律に規定する事項に着目するときは、平成9年に制定された 93「財政構造改革の推進に関する特別措置法」

(平成9年法律第109号。以下「財革法」という。)がこの方式を採用している 94。 第2は、財政運営戦略のうち、財政健全化目標に相当する部分は法律に定めるが、中期財政フレームに相当する部分については法律にその具体的内容は規定せず、法律で政府にその策定を義務付け、かつ、政府が策定した中期財政フレームについて国会の承認を必要とするという方式である。この方式は、まだ実際に制定された例はない 95。 以下それぞれの方式について検討する。 2 法律形式(1)

―中期財政フレームを法律に規定する場合

 先ず、法律の中に、財政運営戦略のうち、財政健全化目標に相当する部分と中期財政フレームに相当する部分のいずれをも規定するとした場合について検討したい。 この方式は、実際に財革法において採用されており、国会においても相当詳細な議論が行わ

91 平成 9 年に財政構造改革の推進に関する特別措置法が制定された理由として、「従来においても財政運営の方針は閣議決定どまりとすることが通例であった。しかしながら、財政運営の枠組みは国民の生活や国の基本的な財政運営に関わる重大な事項であることから、法律にして国会の意思として明示しておくべきではないかと考えられたのである。」と説明されている (杉本 前掲注 (71))。

92 財革法は、財政構造改革の当面の目標として、平成 15 年度までに、一会計年度の国及び地方公共団体の財政赤字の対国内総生産比を 3%以下とすること、国の一般会計について特例公債から脱却すること等を定めていた (財革法 4 条)。また、平成 10 年度から 12 年度までを集中改革期間として、主要な経費に係る量的縮減目標を定め、政府は、集中改革期間における各年度の予算を作成するに当たり、財革法に定める経費の縮減措置を講じなければならない旨を規定していた (財革法第 2 章)。

93 財革法の制定経緯については、杉本 前掲注 (71) pp.71-73.94 なお、財革法は、平成 9 年に制定された直後から金融機関の破綻などの経済情勢の急激な変化が生じたため、

平成 10 年に財政構造改革の推進に関する特別措置法の停止に関する法律 (平成 10 年法律第 150 号) が制定され、同年 12 月 18 日以降その施行を停止されて現在に至っている。

95 平成 22 年 3 月、自民党は参議院に議員立法として「国等の責任ある財政運営を確保するための財政の健全化の推進に関する法律案」を提出している (第 174 回国会参法第 2 号) が、この法律案は、本文に述べたような方式を採用している。なお、この法律案は、第 174 回国会において審査未了となり、その後も再提出されているが、いずれも審査未了となり、現在のところ成立には至っていない。

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れているので、その議論も紹介しておきたい。(1) 予算と法律との違い まず、大前提として、財政規律を定める法律は、予算ではない。Ⅰにおいて紹介したように、我が国においては、法律と予算とは、「国政運営上の二大規範」であり、「別系統の規範」である。これは当然のことで言うまでもないことであるが、法律と予算との関係をめぐる議論の出発点となる事項であり、この点を押さえておかないと議論が混乱する可能性があるので、十分な注意が必要であろう 96。

(2) 財政規律を定める法律の効果 (ⅰ)予算と法律とは「別系統の規範」であるとすると、財政規律を定める法律は、予算に対してどのような効果を持つのか。 この点に関しては、財政規律を定める法律は、政府が予算を編成する際に守るべき規律を定めるものと理解されている 97。

 すなわち、財政規律を定める法律は、予算の内容を直接に規律するのではなく、政府の予算編成を規律するのであり、この効果を通じて、予算の内容をいわば間接的に規律することになる。換言すれば、財政規律を定める法律は、政府に対して、予算作成上の義務を定める法律となる。 我が国においては、予算と法律とは別個の系統に属する規範である以上、法律によって直接に予算の内容を定めることはできない。したがって、財政規律を定める法律は、政府が予算を作成するに当たって 98守るべき規範を定めることになり、政府は、財政規律を定める法律に従って予算を作成しなければならない。財政規律を定める法律は、基本的に、このような考え方に立って制定されるといえよう。 (ⅱ)財政規律を定める法律が、政府に対して、予算作成上の義務を定め、政府がこの法律に拘

96 この点について、政府委員 (涌井洋治大蔵省主計局長) は、以下のように説明している。 「財政構造改革法案はいわゆる法律案でございまして、予算案ではございません。したがいまして、この法

律案は、先ほども長官から答弁がありましたように、政府が予算編成するに当たって守るべき規範を規定するものでございます。この枠内で具体的な予算編成を行い、予算編成ができましたら、項に具体的に区分し、その予算書を国会に提出し御審議いただくことになるわけでございます。」 (第 141 回国会衆議院財政構造改革の推進等に関する特別委員会議録第 7 号 平成 9 年 10 月 24 日 p.24.)

97 財革法の法的効果に関して、政府委員 (大森政輔内閣法制局長官) は、以下のように説明している。  「この法律案は、政府が予算を編成するに当たって守るべき規範を規定しているものでございます。した

がいまして、この法律案が成立いたしますとどういう効果が生ずるかということになります。  予算編成に当たって政府のよるべき基準、方針が、平成十年度以降、三年ないし六年という中長期にわ

たって国会の意思として明示されることになる。その結果として内閣は、その間、みずからの判断のみによって自由に、法定された方針等を変更して予算を編成し、提出することはできないという拘束を受けることは明らかでございます。」 (第 141 回国会衆議院財政構造改革の推進等に関する特別委員会議録第 4 号 平成 9 年 10 月 21 日 p.27.)

98 「政府が予算を作成するに当たって」の意味については、政府の予算編成過程のすべてを指すのか、あるいはその一部なのかを巡って、国会において議論があった。この点に関して、政府委員 (大森政輔内閣法制局長官) は、以下のように説明している。

「ここの「予算を編成するに当たって」といいますのは、言葉をかえますと、憲法上の用語を使いますと、内閣が予算を作成するに当たってというふうに御理解いただきたいと思います。したがいまして、通常、一月に閣議決定を経まして国会に予算を提出いたします。その提出予算の作成に当たってはということでございまして、八月三十一日に始まる概算要求から年末の概算閣議決定、そして一月の提出閣議決定に至る全過程を規律するものではないという趣旨でございます。」「具体的に申し上げますと、来年の一月に予算を作成して提出する、その予算の内容は財革法の拘束を受けますということを答弁申し上げたところでございます。」 (第 143 回国会衆議院予算委員会議録第 4 号 平成 10 年 8 月 19 日 p.48-49.)。

 ただ、この点に関しては、今日の時点から見るときには、平成 9 年に財革法を制定した時点では、法案提出者としては、翌年度から財革法の施行を停止する事態となるとは予想もしていなかったであろうから、制定後の推移にかんがみると、「当初予算を作成するに当たり」(財革法 8 条等)とは予算編成のどの過程を意味するのか財革法の規定の上で明確にしておく必要があったように思われる。

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束されるとすると、政府の予算作成・提出権 99

との関係が問題となる。 政府は、憲法上、予算の作成・提出権を持っており(73条5号、86条)、これまでの政府見解では、この政府の予算作成・提出権は、国会の議決によっても損なうことはできない、とされている 100。したがって、従来の政府見解を前提とするときには、財政規律を定める法律は、政府の予算作成・提出権を損なわない範囲内で制定されることが必要となり、法律の内容によっては、政府の予算作成・提出権を損なうことになり、違憲とされることになろう 101。 ただ、従来の政府見解に関しては、憲法上の制限ではなく、運用上・実質上の限界 102として

(換言すれば、実際の運用の問題ないし国会の

内閣に対する配慮の問題として 103 )理解するべきであるとする見解もあり、このような見解に従えば、憲法上の整合性の問題は生じない。 また、国会の議決権に関して、政府の予算作成・提出権との関係からの制限を認めない見解においても、憲法上の整合性の問題は生じない。 財政規律を定める法律の効果を検討していくと、どうしても国会の議決により政府の予算作成・提出権を損ない得ないとする従来の政府見解との整合性が問われることになろう。

(3)予算単年度主義との関係 (ⅰ)財政規律を定める法律の効果の問題で、いまひとつ検討する必要があるのは、国会の予算議決権との関係である 104。これは、予算単年度主義に関係する問題である。

99 予算に関する政府の権限に関しては、「提案権」「編成権」という用語も用いられるが、本稿においては、憲法(73 条 5 号及び 86 条)の規定に従って、「作成」「提出」という用語を用いている。

100 これは、これまで、国会の予算修正権の制限に関する論議の中で、政府見解として示されている。国会による予算の修正について、昭和 52 年の政府統一見解は、次のように述べている。

「国会の予算修正についての政府の見解を改めて申し上げます。      国会の予算修正について 国会の予算修正については、それがどの範囲で行いうるかは、内閣の予算提案権と国会の審議権の調整の

問題であり、憲法の規定からみて、国会の予算修正は内閣の予算提案権を損わない範囲内において可能と考えられる。

以上でございます。」(真田秀夫内閣法制局長官 (当時) 第 80 回国会衆議院予算委員会議録第 12 号 昭和 52年 2 月 23 日 p.28.)

 したがって、この政府の統一見解に従えば、国会の議決といえども内閣の予算提案権 (本稿執筆者の用語に従えば、予算作成・提出権。前掲注 (99)) を損うことができないことになり、財革法も、「内閣の予算提案権を損なわない範囲内」で制定されることが必要となる。

101 財革法に関しては、政府委員 (大森政輔内閣法制局長官) は以下のように説明して、政府の予算提案権 (予算作成・提出権) を損なうものではないとしている。

「御指摘のとおり、憲法七十三条によりますと、内閣は、「予算を作成して国会に提出すること。」という職責を与えられております。・・・(中略)・・・この法案によりまして、内閣は大くくりの主要な経費ごとに定められた量的縮減目標に従って予算を作成しなければならないことにはなりますが、この法案自体は歳出権限を政府に与えるものではございませんから、歳出権限を政府に与える予算とは法的性格は異なる。そしてまた、予算編成の際に内閣がよるべき基準を定めるにとどまっておりまして、個々の経費について網羅的に具体的な予算計上額を定めているものではないことは御承知のとおりでございます。したがいまして、これまで立法されました財政法とか地方交付税法とかあるいは生活保護法とかのいわゆる予算関連法律と同様に、憲法で内閣に付与されました予算を作成して提出する権限と何ら矛盾するものではない、これを侵害するものではないというのが私どもの考え方でございます。」 (第 141 回国会衆議院財政構造改革の推進等に関する特別委員会議録第 7 号 平成 9 年 10 月 24 日 p.30.)

 ただ、この説明は明確さを欠くといわざるを得ない。問題は、政府見解にいう「内閣の予算提案を損なわない範囲」という基準が曖昧であり、おそらくは法的基準とはなり得ないような内容である点にあり、上記の政府委員の説明が明確さを欠くのも、上記の政府見解が持つ問題を表わしているといえよう。本文に続けて述べるように、やはり上記の政府見解は、その内容から見て、法的基準というよりも、運用上・政治上の限界を述べたものとして理解することが適切であると思われる。

102 佐藤功『憲法 (下) (新版)』有斐閣 ,1984,p.1142.103 夜久 前掲注 (89) pp.30-31.

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 予算単年度主義の内容(Ⅱ2(1))のうち、①国会の議決の対象となる予算は一年単位で作成されなければならないことに関しては、政府は、従来どおり毎年予算を作成する以上は、特段の問題とはなり得ない。これに対して、②国会の議決は毎年行われなければならないこと、という部分に関しては、予算の形式で中期財政フレームを定めるとした場合と同様に(Ⅳ3(ⅲ))、国会の予算修正権との関係で問題が残る。 すなわち、法律に定められた中期財政フレームに従って政府が予算を作成しても、その予算については改めて国会の議決を経なければならないので、基本的には、毎年度国会の議決が行われることになり、予算単年度主義と抵触することにはならないと解される。 しかし、国会の予算修正権に憲法上の制限があるとする見解 105を採った場合には、中期財政フレームに従って定められた予算に対して国会が行う議決の内容は制限されていることになる。したがって、法律に定められた中期財政フレームが、毎年度の予算に対する国会の議決を拘束する可能性を残すことになり、そのような可能性を認めることは、予算単年度主義の原則に抵触することになる。 そのため、このような予算単年度主義との抵触を完全に避けるためには、理論的前提として、

国会の予算修正権には憲法上の制限がないとする見解を採ることが必要となろう。

(4)予算と法律との不一致 ところで、中長期の財政規律を定めるために法律形式を採る場合には、国会の予算修正 106により、予算と法律との不一致が生じる可能性を排除し得ない。 すなわち、政府は中期財政フレームに従って予算を作成する義務があるので、予算が国会に提出された段階においては、予算と法律(中期財政フレーム)との不一致は生じない。問題は、国会において予算を修正した場合に生じ得る。政府見解のように国会の予算修正権に制限があるとする立場においても、国会による予算修正自体は一定の範囲で(政府の予算作成・提出権を損なわない範囲で)可能であるとする以上は、国会の予算審議の結果、予算の修正が行われ、予算と法律(中期財政フレーム)との不一致が生じる可能性は否定することができない 107。 これは、我が国においては、予算と法律とは、別系統の二大規範として位置付けられている以上、止むを得ない論理的帰結と言わざるを得ない。

(5)国会に対する拘束力 ところで、このような予算と法律との不一致が生ずる可能性を排除するために、財政規律を

104 これにも二つの問題があり、一つは、財政規律を定める法律において国会に対してもその法律を守るべき義務を規定し得るかという問題であり、他の一つは、国会の予算修正権との関係である。前者については、

(5) において言及した。後者については、本文において説明している。105 政府見解は、前掲注 (100) に掲げている。106 このほか、財政規律を定める法律の方を改正することによっても、予算と法律との不一致は生じ得るが、

実際に起こり得るケースとしては、国会が予算を増額修正する場合であろう。107 財革法の審議の際に、政府委員 (大森政輔内閣法制局長官) は、注 (100) で引用した昭和 52 年の政府統一

見解に従って、予算の増額修正が「内閣の予算提案権を損わない範囲内」で行われることを前提としつつ、次のように説明している。「・・・(中略)・・・政府の予算原案、提出いたしました原案は、今回の財政構造改革法案の範囲内でお出しをした、ところが、それを超えまして修正されようとした場合に、その予算修正権の範囲内であるかどうかということがまず問題になるわけでございます。そこで、万が一、そういう修正の範囲内で、かつ今回の法案の限度を超えた内容になったというときに、その修正はこの法案との関係でどうなるかというのがお尋ねの趣旨だろうと思います。この場合は、この法律は基本的には内閣の予算編成権に対する制約たる性質を有します。したがいまして、万が一そういう修正が可能な場合におけるその修正というものは、この法律によって拘束されないことになるということになろうかと考えております。」 (第 141 回国会衆議院財政構造改革の推進等に関する特別委員会議録第 4 号 平成 9 年 10 月 21 日 p.28.)。したがって、予算と法律との不一致が生ずる可能性は、排除されないことになる。

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定める法律の効果を国会にも及ぼすことは可能なのであろうか。すなわち、財政規律を定める法律において、「国会は、予算について、この法律の規定に反するような修正議決はできない」旨の定めをすることは可能なのであろうか。 財革法は、前述したように、政府に対して、予算作成上の義務を科すのみで、国会に対する具体的義務は定めていない 108。 この問題に関しては、やはり、予算単年度主義の内容(Ⅱ2(1))のうち、国会の議決は毎年行われなければならないという部分と抵触するような扱いはできないというべきであろう。すなわち国会の毎年の予算議決権について、これを法律をもって制限することは、憲法に定められた国会の権限を制限することになり、違憲となると言わざるを得ないであろう 109。また、この問題は、法律と予算とは別個の規範であるとする我が国の扱いから見ても、法律に対する議決の効果を予算に対する議決の効果に及ぼすことができるのかという問題ともなり、この点から見ても、当然に否定されざるを得ないことになろう。

3 法律形式(2)

―中期財政フレームの策定を政府に義務付

ける場合

(1)この方式の特色 次に、法律の内容として、財政運営戦略のうち、財政健全化目標に相当する部分は法律に定めるが、中期財政フレームに相当する部分については法律にその具体的内容は規定せず、法律で政府にその策定を義務付け、かつ、政府が策定した中期財政フレームについて国会の承認を必要とするという方式について検討したい 110。なお、この方式においては、国会の承認は必ず必要とされるわけではないけれども、この方式の要点は、中期財政フレームについて、国会の承認を要求する点にあるので、本稿においては、そのような内容として検討したい。

(2) 基本的事項 この方式についても、予算と法律との違い(2

(1))や財政規律を定める法律の効果(2(2))に関しては、基本的に、2に述べたところが当てはまる。 ただ、この方式については、政府に策定を義務

108 財革法が国会を拘束するのかどうかについては、財革法 3 条との関係でも議論があった。財革法 3 条は、「国は、前条の趣旨にのっとり、財政構造改革を推進する責務を有する。」と規定しているところ、同条の「国」には政府のみならず国会も含まれるので、国会による予算の増額修正と同条との関係が問題となる。この点について、政府委員 (大森政輔内閣法制局長官) は、次のように説明している。

「第三条、「国は、前条の趣旨にのっとり、財政構造改革を推進する責務を有する。」この場合の「国」というのは、「政府は」と書いておりませんので、国会も含むのかと言われれば含むことになろうかとは思いますが、ここで言う「責務」と申しますのは、公共事業費がどうだとか、あるいは社会保障費がどうだとかいう具体的な規定に裏づけられた責務ではございませんで、財政構造改革に関する一般的な責務でございます。」(第141 回国会衆議院財政構造改革の推進等に関する特別委員会議録第 4 号 平成 9 年 10 月 21 日 p.29.)。

「この法律案の第三条との関係におきましても、この三条があることによって国会の予算審議あるいは議決権、ひいては予算修正権というものを制約するものではございません。」。(第 141 回国会参議院行財政改革・税制等に関する特別委員会会議録第 6 号 平成 9 年 11 月 13 日 p.7. )

 このように政府委員 (当時) は、財革法第 3 条の規定については、同条の責務は「一般的な責務」であることを根拠として、国会による予算の増額修正を制約するものではない旨を述べている。

109 前述したように、政府見解では国会による予算の増額修正に制約を認めているが、それは憲法で認められた内閣の予算作成・提出権との関係から導き出される制約であり、法律で国会の予算議決権を具体的に制約するということとは異なる問題であることは言うまでもない。

110 1 で述べたように、この方式はまだ実際に制定された例はない。111 法律によって政府に財政計画の策定を義務付ける場合には、「財政計画が財政運営に与える影響の大きさを

考えると、憲法 83 条の財政民主主義の理念に照らし、国会の議決を得る方式が望ましいと考えられる」との指摘がある (碓井光明 「立法による財政改革の推進」『ジュリスト』1109 号 , 1997.4, p.5.)。しかし、国会の承認を必要とすることの持つ運用上・実質上の問題まで考慮するときには、本文に述べるように、財政民主主義の理念は、この問題に関して反対の方向を示唆することになる。

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付けた中期財政フレームについて国会の承認 111

を必要としていることから、この国会の承認と予算に対する議決との関係という難しい問題が生じるのが特色であるといえるので、この点について検討したい(これ以外の点に関しては、基本的に2に述べたところが当てはまるので、再説しない。)。

(3)国会の承認の効果 法律が政府に策定を義務付けた中期財政フレームについて、法律の定めるところにより、国会が承認の議決をした場合において、国会は、後に行う予算の議決において、この中期財政フレームに反するような修正議決をすることは可能なのであろうか。 この問題を考察する上においても、憲法上の問題と運用上・実質上の問題 112とを分けて考える必要があると思われる。

(ⅰ)憲法上の問題 憲法上の問題としては、国会が中期財政フレームについて承認の議決をしたとしても、その議決は、法律によって中期財政フレームに対して要求された議決にすぎないのであるから、予算に対する国会の議決を拘束する効力はないと解される。予算に対する国会の議決権は、憲法上国会に認められた権限であり、この権限を法律を以って制限することはできない。換言すれば、予算単年度主義の原則のうち、国会の議決は毎年行われなければならないという部分に関しては、憲法上の問題としては、制限することはできない。 したがって、国会は、中期財政フレームを承認したとしても、その後の予算の議決に際して、前にした承認議決と異なるような議決をすることは、憲法上は制約されない。 ところで、国会が、予算について、中期財政フレームと異なる内容の議決(具体的には予算

の修正議決)をした場合には、予算と中期財政フレームとの関係はどのように考えられるのであろうか。 これは、予算の法的性質 113のとらえ方によって、以下のようになろう。①予算の法的性質を一種の行政計画と位置付ける立場(予算行政説、国会の議決の観点から見れば承認説)においては、中期財政フレームも予算もいずれも行政計画となるので、同種の法形式間の矛盾抵触の問題として、後法優先の原則が働くことになり、予算が優先し、予算と矛盾抵触する中期財政フレームの内容はその限りで効力を失うことになる。したがって、この見解を採るときには、予算と法律との不一致という問題は、理論的には、解消されることになる。②予算の法的性質を国会が制定する法規範であるとする立場(現在の予算法規範説)においては、異なる法形式間の矛盾抵触の問題となる。この矛盾抵触は、予算と法律との間の矛盾抵触の場合と同様に(Ⅰ3)、理論的には、解消されない。③予算法律説においても、②と同様となる。

(ⅱ)運用上・実質上の問題 次に、運用上・実質上の問題(ここでは換言すれば、実際の国会運営の問題)としては、どのようになるだろうか。 運用上・実質上の問題(実際の国会運営の問題)という観点から見たときには、国会が中期財政フレームを承認した以上は、その後の予算の議決に際して、前にした承認議決と異なるような議決をすることは、非常に難しくなるであろうことは言うまでもない。国会の議決に関しては、私法の分野とは異なり禁反言の法理は働かないであろうけれども、実際政治の世界においても、前にした議決と異なる議決をしようとすれば、そのような批判が生じるであろうことは想像に難くない。

112 前掲注 (102) 及び (103)113 予算の法的性質に関しては、夜久 前掲注 (89) pp.21-24.

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 したがって、運用上・実質上の問題としては、国会が予算を修正議決して、中期財政フレームと予算との不一致を来す可能性は、限りなく零に近づくといえよう。このように考えると、この方式を採るときには、予算と法律との不一致という我が国特有の問題が生じる可能性を事実上排除することができることになる。 しかし、このような帰結は、本当に好ましいことと言えるのだろうか。 予算に対する国会の毎年の議決は、予算単年度主義の内容であり、憲法が保障した国会の権限である。もちろん、(ⅰ)で述べたように、予算について中期財政フレームと異なるような内容の議決(予算の修正議決)をすることには憲法上の制限はないとして、憲法との適合性は説明することができるにしても、この国会の予算議決権を、運用上・実質上の効果として制限するようなことは、実質的に見れば、やはり好ましいことではないように思われる。 財政規律を法律で規定することの意味が、財政規律に関する国会の意思を明確にすることにもあるとすれば 114、中期財政フレームの内容に関しても法律に定めて、その内容について国会の議決 115を受けるという方式(2の方式)の方が、財政民主主義という観点から見ても、より望ましい方式のように思われる。

おわりに

 以上のように、我が国特有の問題である予算と法律との関係を念頭に置きつつ、中長期の財

政規律を定める方式について検討を加えてみた。 もとより財政の経済的効果の分析を主要な眼目とする財政学の分野からみれば、このような財政規律を定める方式に関する検討は、二次的・副次的な問題にとどまるのであろう。しかし、このような検討も、財政に関する統制の在り方を考察する際には、不可欠な事柄である。 特に、先般の国会において消費税の増税等を内容とする法律が成立し、特段の事情がなければ、消費税の税率は、平成26年4月から8パーセントに、平成27年10月から10パーセントに引き上げられることになる。この結果として今後再び歳出増に向けた圧力が強まることも予想される中で、中長期の財政規律を重視していこうとすれば、やはり何らかの形式で財政規律を定める必要性が認識されるであろう。 その場合に財政規律を定める形式としては、本稿において検討したように、閣議決定、憲法、予算又は法律という4種類の形式が想定されるけれども、その中ではやはり法律形式が最も素直な形式と言えよう 116。 ただ、繰り返しになるが、我が国においては、予算と法律とは別個の形式とされているところから、法律形式で財政規律(その実質は歳出予算に対する統制と言って良い。)を定めようとするときには、常に予算と法律との関係を念頭に置く必要がある。 本稿は、このような観点からの考察を試みたところである。

114 杉本 前掲注 (91)115 2 の方式の場合には、国会は、法律の修正として中期財政フレームを修正することができる。これに対して、

3 の方式の場合には、中期財政フレームは行政計画となるので、国会はその承認に際して、中期財政フレームを修正することができない (承認するか否かを決するのみとなる。)。なお、予算については、予算行政説を採る立場においても、日本国憲法第 86 条に「その審議を受け」という字句が特に規定されていることを根拠として、国会による修正は可能となると解されている (夜久 前掲注 (89) pp.25-26.)。

116 もちろん他の形式を否定する趣旨では全くない。本稿執筆時点(平成 24 年 12 月初旬)においては、閣議決定である財政運営戦略が機能している。

なお、本稿執筆後、平成 24 年 12 月の総選挙を経て成立した安倍内閣においては、従来とは異なる積極的な経済財政政策が予定されているため、財政規律に関しても新たな議論が予想される。


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