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EUREKA - 日本天文学会...EUREKA 星空の砂金採り...

Date post: 02-Feb-2021
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756 天文月報 2012 12 EUREKA 星空砂金採―小惑星データベースの新時代― 臼 井 文 彦 〈宇宙航空研究開発機構 宇宙科学研究所 宇宙物理学研究系 〒252 5210 相模原市中央区由野台3 1 1e-mail: [email protected] 赤外線天文衛星あかり全天サーベイ観測膨大なデータから砂金採りのように小惑星のわずかなシグナルをつひとつすことで小惑星カタログがられたこれには小惑星 5,120 掲載されており現在一般公開されている小惑星のサイズとアルベドにするデータ ベースとしては世界最大のものである本稿では小惑星のサイズをめる手法あかり小惑 カタログの詳細について歴史的背景えながら紹介する1. 太陽系そして小惑星世界 天文学研究していても,普段宇宙広大というものをれがちであるそこで,私たちの 太陽系,そして今回話題にする小惑星のス ケールを実感するために,天文学紹介するとき におなじみの方法,すなわち,世界全体縮尺えて身近なものにえてえてみたい.地 30 cm 球,バスケットボールくらいだとす ると,月 8 cm のテニスボールが 9 m れて っていることになるこの縮尺では太陽直径 32 m台場フジテレビ本社球体展望室ちょうどこのきさである台場太陽中心 にすると地球ボールの公転軌道3.5 km 先,品 川駅位置する.火星16 cm のハンドボールが 5.3 km 地点,羽田空港手前,木星3 m 球(軽自動車がすっぽりるくらいのきさ18 km 地点,横浜景色えてくるあたりにそして海王星1 m 球,運動会大玉転がしが 100 km 富士山にあることになるこのス ケールで,太陽から一番近恒星つである α Cen …試しに計算してみてしいさて,小惑 というのは,岩石質,多くが火星木星存在しているそののとおり「小」天体である30 cm 地球して,大粒ビー2.5 cmからサイズがよくわかってい るものはスギ花粉 10 20 μmくらいさらに もっとさいものまである.人類げてき 探査機0.1 μm,細菌やバクテリアのサイズ …身近なものできさを実感するはずが,逆さすぎてスケールがなくなってしまったとに かく,小惑星についてはさまざまなサイズのも のがお台場太陽中心にして,羽田から横浜,密度としては 25 m プールに 1 個以下存在している.太陽系でも小惑星帯とい うのは岩石片がゴロゴロしているような印象だけ れどもそれでも宇宙はすさまじくスカスカなのであるスカスカとは,小惑星まで 58 万個以上られている * 1 すべてせても質量パーセント程度存在ではあ * 1 小惑星情報はスミソニアン天体物理観測所 Smithsonian Astrophysical Observatory運営している小惑星セン ター Minor Planet Center; http://www.minorplanetcenter.net/にまとめられているここに登録されている軌道わかっている小惑星2012 8 31 日付588,814 ある
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  • 756 天文月報 2012年 12月

    EUREKA

    星空の砂金採り ―小惑星データベースの新時代―

    臼 井 文 彦〈宇宙航空研究開発機構 宇宙科学研究所 宇宙物理学研究系 〒252–5210 相模原市中央区由野台3–1–1〉

    e-mail: [email protected]

    赤外線天文衛星「あかり」全天サーベイ観測の膨大なデータから,砂金採りのように小惑星の存在のわずかなシグナルを一つひとつ探し出すことで,小惑星カタログが作られた.これには小惑星5,120個が掲載されており,現在一般に公開されている小惑星のサイズとアルベドに関するデータベースとしては世界最大のものである.本稿では,小惑星のサイズを決める手法と「あかり」小惑星カタログの詳細について,歴史的背景を交えながら紹介する.

    1. 太陽系,そして小惑星の世界

    天文学を研究していても,普段は宇宙の広大さというものを忘れがちである.そこで,私たちの住む太陽系,そして今回話題にする小惑星のスケールを実感するために,天文学を紹介するときにおなじみの方法,すなわち,世界全体の縮尺を変えて身近なものに置き換えて考えてみたい.地球を30 cmの球,バスケットボールくらいだとすると,月は8 cmのテニスボールが9 m離れて回っていることになる.この縮尺では太陽は直径32 m,お台場フジテレビ本社の球体展望室がちょうどこの大きさである.お台場の太陽を中心にすると地球ボールの公転軌道は3.5 km先,品川駅に位置する.火星は16 cmのハンドボールが5.3 km地点,羽田空港の少し手前に,木星は3 m球(軽自動車がすっぽり入るくらいの大きさ)が18 km地点,横浜の景色が見えてくるあたりに,そして海王星は1 m球,運動会の大玉転がしが100 km先の富士山にあることになる.このス

    ケールで,太陽から一番近い恒星の一つであるαCenは…試しに計算してみて欲しい.さて,小惑星というのは,岩石質で,多くが火星と木星の軌道の間に存在している,その名のとおり「小さい」天体である.30 cmの地球に対して,大粒のビー玉 (2.5 cm) から,サイズがよくわかっているものはスギ花粉 (10–20 μm) くらい,さらにもっと小さいものまである.人類が打ち上げてきた探査機は0.1 μm,細菌やバクテリアのサイズ…身近なもので大きさを実感するはずが,逆に小さすぎてスケール感がなくなってしまった.とにかく,小惑星については,さまざまなサイズのものがお台場の太陽を中心にして,羽田から横浜の間に,密度としては25 mプールに1個以下の割合で存在している.太陽系の中でも小惑星帯というのは岩石片がゴロゴロしているような印象だけれども,それでも宇宙はすさまじく「スカスカ」なのである.スカスカとは言え,小惑星は今までに58万個以上が知られている*1.すべて足し合せても月の質量の数パーセント程度の存在ではあ

    *1 小惑星の情報はスミソニアン天体物理観測所 (Smithsonian Astrophysical Observatory) が運営している小惑星センター (Minor Planet Center; http://www.minorplanetcenter.net/) にまとめられている.ここに登録されている軌道のわかっている小惑星が2012年8月31日付で588,814個ある.

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    るが,太陽系の進化を考えるうえで小惑星という存在はとても大きな意味をもっている.小惑星は太陽系が誕生したときに作られた惑星の種,微惑星の生き残りであり,太陽系初期の状態をよく保持していると考えられているからである.近代天文学が1609年のガリレオ(Galileo Galilei, 1564–1642)の天体望遠鏡による月面の観測 1)によって拓かれたとすると,小惑星科学はその中で200年以上と,天文学の歴史の半分を占めることになる.銀河や初期宇宙など「最新」のトピックスに比べるとずっと長く続いてきた分野である.しかし,歴史が古くてもそのテーマが(小惑星自体がそうであるように)ほこりまみれになっている,というわけではない.小惑星は最新鋭の望遠鏡による観測的天文学の対象であるのはもちろん,その形成過程や軌道進化についての理論計算,小惑星由来の隕石の実験室内における物質測定,そして探査機による直接観測やサンプルリターンと,複合的・多核的に研究できる時代になってきて,めざましい発展を遂げつつある.

    2 小惑星の大きさ

    一般に天体を特徴づける情報としては,位置,大きさ,重さ,温度,組成などがある.小惑星の場合,軌道要素がわかれば位置は時刻ごとに計算できる.大きさと重さがわかれば密度がわかる.小惑星は自ら光輝いてはいないので,可視光での明るさは太陽の反射光であるが,これには表面の反射率(アルベド*2)が関係する.反射率は表面の組成や物理状態に依存する.小惑星のなかで最大のものはケレス*3 ((1) Ceres) の直径約

    960 km,2番目に大きいものはベスタ ((4) Ves-ta) の約520 kmである.2010年の帰還で日本中が沸き立った小惑星探査機「はやぶさ」の探査対象であったイトカワ ((25143) Itokawa) は,差し渡し535 mとずっと小さく,いびつな形をしている 4).イトカワは今までに直接探査された小惑星としては最も小さいが,さらに小さい小惑星も多く存在していて,わかっているだけでサイズの多様性は4桁以上に及んでいる.そして,その小ささゆえに小惑星のサイズを決めるのは難しく,精度よく測られている例は数少なかったのである.2.1 小さすぎる小惑星初めて小惑星が発見されたのは1801年のこと

    である.当時から火星と木星の間にまだ見ぬ「惑星」があるはずだと言われていて 5), 6),そのために数カ国の天文学者で組織された大掛かりな惑星捜索プロジェクト 7)が立ち上げられていた.しかし実際に1801年1月1日にケレスを発見したのは,そのプロジェクトの一環ではなく,イタリア・パレルモ天文台 (Palermo Observatory) の台長ピアッツィ (Giuseppe Piazzi, 1746–1826) が偶然見つけたものだった*4.そして翌年の1802年にはドイツ人医師で天文学者のオルバース(HeinrichWilhelm Olbers, 1758–1840)によってパラス ((2) Pallas) が発見された.この二つの新天体は発見されてからしばらくの間は,彗星,あるいは惑星(が二つに分裂したもの)と考えられていた 12)が,口径40 cm以上・焦点距離6 mに及ぶような当時の大望遠鏡をもってしても,大きさをもった天体として観測されず,見た目では恒星と区別がつかなかった.火星や木星が,その表

    *2 アルベド(albedo;ラテン語で「白さ (whiteness)」の意)とは入射光に対する反射光の割合である.あらゆる方向・あらゆる波長における総量の割合をBond albedo2),ランベルト面(完全拡散面)に対する位相角0°での相対反射率をgeometric albedoという 3).後者は,完全につや消しの物体を正面から見たときの反射率に相当する.特に可視光(Vバンド)におけるものをgeometric visual albedoという(ここでは,これを単にアルベドと呼ぶ).

    *3 前章で出てきたビー玉サイズはこの天体に相当する.ケレス(またはセレス)は2006年の国際天文学連合総会の決議により現在では準惑星 (dwarf planet) に分類されるが,この文章では小惑星の一つとして扱うことにする.

    *4 ピアッツィは,既存の恒星カタログ 8)の精度を上げるために一つひとつの星を丁寧に観測していて,たまたま移動天体としてケレスを発見した 9).ちなみに彼自身による恒星カタログはその後に出版されている 10), 11).

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    面の「模様」まで見えているのに,である.そこで,このような新発見の天体は,「星のようなもの」という意味で,“asteroid” と呼ばれるようになった.これはドイツ生まれのイギリス人天文学者ハーシェル (William Herschel, 1738–1822) によって作られた造語である 13).2.2 小惑星の大きさを求めるさまざまな手法ハーシェルは特殊な方法を用いて,点像である小惑星の視直径を測り,ケレスは0″.35127以下,パラスは0″.3199以下とした.これをもとにそれぞれのサイズは260 km, 237 kmであると推測した 13).この値は実際の数分の一と過小評価ではあったが,それでも小惑星が惑星に比べてかなり小さい天体であることを示すには十分であった.200年後の現代でも,小惑星の姿を点像ではなく,大きさが判別可能な像として見るのは非常に難しい.口径数mクラスの地上大望遠鏡に,大気の揺らぎを補正する補償光学装置を搭載してようやく分解して見えてくる 14).あるいはハッブ

    ル宇宙望遠鏡を使うことで,形状や表面の状態が観測されている 15).地上から高出力の電波を小惑星に向けて発射し,反射されたレーダーエコーを地上で受信することで小惑星のサイズや表面の凸凹を観測することも行われている 16).2011年に月軌道の内側を通りすぎた小惑星2005 YU55は,400 mサイズと小さいながらも,この手法によって大きさが決められた最近の一例である 17).小惑星による恒星の掩蔽は,遠方にある恒星の前を有限の大きさをもった小惑星が通過することで,恒星が隠されて一時的に暗くなる(見えなくなる)現象である.これを多くの地点で正確な時刻とともに観測し,それら複数の情報を解析することで,小惑星の形状を浮かび上がらせることができる 18).これには多くのアマチュア天文家が貢献している分野でもある.究極的な手法としては,探査機を打ち上げて,小惑星を間近で直接見ることである.小惑星探査

    太陽からの距離(軌道長半径)[天文単位]

    図1 探査機によって観測された小惑星のサイズの比と太陽からの距離.10 kmより小さい小惑星は紙面で表すには小さすぎるので誇張してある.これまでにガリレオ (Galileo19)),ニアシューメーカー (NEAR Shoemak-er20)),カッシーニ (Cassini-Huygens21)),ディープスペース1 (Deep Space 122)),スターダスト (Star-dust23)),はやぶさ 4),ロゼッタ (Rosetta24)),ニューホライズン (New Horizons25)),ドーン (Dawn26))による探査が行われている.なお,ダクティル (Dactyl) は探査機ガリレオによって発見されたイダ ((243) Ida) の衛星であり,小惑星が衛星をもっていることが示された初めての例 27)である.

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    機「はやぶさ」によって,イトカワの姿は詳細にとらえられた 4).ほかにも,各国の探査プロジェクトによって,10個以上の小惑星が調べられている(図1).これらの手法には一長一短あるが,共通しているのは観測対象や観測機会が限定されるという点である.ほとんどの場合は,見た目が大きい,すなわち小惑星が十分に大きい(~100 km)か,地球にかなり接近していないと成功しない.掩蔽観測は恒星と小惑星の位置についての高い予測精度と,多くの地点で好天の下での同時観測を実現しなければならず,数多くの小惑星の情報を集めるのにはかなりの労力が必要となる.もちろん探査機は容易にいくつも打ち上げることはできないし,宇宙空間を航行するには慎重な軌道制御が必要で,どこにでも自由に飛び回るというわけにはいかない.ほかにもいくつかの手法が考案されているが,

    ここでは小惑星の熱赤外観測を利用した手法に注目したい.

    3 小惑星の熱赤外観測

    太陽光を受けた小惑星は,表面のアルベドに応じて一部を反射する.一方,入射光の大部分は天体に吸収されるが,そのエネルギーで小惑星は暖められ,温度に応じた熱放射として赤外線を発する.小惑星の明るさは,天体のサイズとアルベドの組み合わせで決まるので,可視光で観測を行っても,それが「大きくて暗い(アルベドが低い)」ものか「小さくて明るい(アルベドが高い)」ものかを区別することはできない(図2).これに,

    熱赤外観測が加わることで,小惑星のサイズとアルベドを決定することができる.これの大きな特長は,可視光のデータがあれば

    (ここでは小惑星の絶対等級*6を用いる),赤外線の観測を行えば小惑星のサイズとアルベドが一意に決められる点にある.掩蔽観測のような絶妙なタイミングを待つ必要もなく,また直接撮像やレーダー観測のように非常に大きな天体や地球に接近した天体に限定されることもない.この手法は1970年代に開発されたものである.初期の小惑星の熱赤外観測は,標高308メートルのミネソタ大学オブライエン天文台 (O’Brien Observatory) で行われた.30インチ望遠鏡に取りつけた赤外線検出器を用いて8.5, 11.8, 21.3 μmという中間赤外線の波長帯で,ケレス,ジュノー((3) Juno),ベスタといった大きい小惑星の赤外線強度の測定を行った.それをもとに三つの小惑

    図2 可視光の太陽反射光で同じ明るさに見えても,その小惑星が「大きくて暗い」のか「小さくて明るい」のかを区別することができない.これに対して赤外線で熱放射を観測すると,暗い(アルベドが低い)小惑星は多くの太陽光を吸収して温度が高くなるので赤外線では明るく,明るい(アルベドが高い)小惑星は温度が低く赤外線では暗く見える*5ので,二つを区別できる.

    *5 アルベドを体感するには真夏の炎天下を歩けばよい.アスファルトの道路はうだるように暑く,コンクリート面のほうがまだマシに感じる.アスファルトはアルベドが0.05–0.1,コンクリートは0.3–0.5で,低アルベドのアスファルトのほうが温度は高くなっている.とはいえ,コンクリートのほうも照り返し(反射光成分)がまぶしくてキツかった….

    *6 太陽系天体(惑星,小惑星,彗星など)の絶対等級は,恒星や銀河の絶対等級とは違うものが用いられる.太陽,および観測者から1天文単位,かつ位相角0°の位置に天体をおいた場合の明るさとして定義される.これは,地球の位置に天体をもってきて,太陽からそれを見たときの明るさに相当する(実際にそのような配置で観測できるわけではないけれども).

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    星のサイズは,それぞれ1,160±80,290±20,570±10 kmと見積られた 28), 29)(これは実際の値に比べて10–25%大きめだったことが今ではわかっている).地上からの赤外線観測では,つねに地球大気というカーテンが観測の妨げとなる.高精度の観測のために,近年では標高4,000 m以上の空気の薄い高地,例えばハワイ・マウナケア山頂やチリ・アタカマ地域などでの観測が行われているが,それでも大気の透過率がよい特定の波長帯を選ぶ必要がある.それに対して宇宙に出れば,より自由度の高い観測が行える.この利点を活かした系統的な観測は,IRAS (アイラス)衛星によって初めて行われた.3.1 IRAS衛星

    IRAS (Infrared Astronomical Satellite) と は,アメリカ・オランダ・イギリスの共同プロジェクトとして1983年に打ち上げられた赤外線天文衛星である 30).この衛星は,高度約900 kmの軌道で地球を周回していた.特定の方向をじっくり注視するのではなく,イメージスキャナのように一定速度で天空を掃いていく,全天サーベイ観測(掃天観測)を行ったのである.IRASは軌道上で9カ月以上の観測を行い,全天の97%のサーベイを達成した.これによって,全天にわたる赤外線で見た宇宙の姿を世界で初めて明らかにしたのである.そして,この成果の一つに,小惑星カタログがある 31).これは IRAS全天サーベイで検出された小惑星の熱赤外の値から,サイズとアルベドを求めてデータベースにしたものである.全天サーベイ観測では,空の領域ごとにデータの品質にばらつきがあると解析結果の科学的な価値が大きく損なわれるので,できるだけ均質になるように取り扱うことが重要となる.そのためデータ解析には長期間が費やされることが多い.IRAS小惑星カタログの場合,初版 31)は観測から3年後に出ていたものの,それに修正が加えられた最終版 32)が公開されるまでには,紆余曲折を経て15

    年以上の歳月が必要だった.IRASの20年以上を経て,新たな赤外線全天

    サーベイが行われた.それが「あかり」である.3.2 赤外線天文衛星「あかり」「あかり」は,日本で初めての本格的な赤外線天文衛星である 33).IRASより広い波長範囲,より高い空間分解能と感度での全天サーベイが主目的であった.2006年2月22日に内之浦宇宙空間観測所から打ち上げられ,5年以上にわたる観測を行い,2011年11月24日に運用を終了した.「あかり」には二つの赤外線検出器,近・中間赤外線カメラ IRC (Infrared Camera)34) と遠赤外線サーベイヤー FIS (Far-Infrared Surveyor)35)が搭載されていた.「あかり」の全天サーベイは,冷媒の液体ヘリウムが尽きる2007年8月26日まで16カ月間継続され,IRC・FISの赤外線6バンドで全天の96%以上をカバーした.IRCの中間赤外線の感度を考えると,地球近傍から木星軌道付近に分布している小惑星は格好の観測対象の一つである(図3).3.2.1 星空の砂金採り

    IRCで取得された全天サーベイの観測データか

    図3 小惑星のスペクトルと IRAS,「あかり」それぞれの検出器の感度 30), 36), 37).三つのスペクトルは,日心距離が1.6,4.7,96天文単位に置かれた小惑星を仮定した.実際には小惑星のスペクトルは細かいフィーチャをもつが,ここでは簡単化して,短波長(可視光)側の太陽反射光と長波長(赤外線)側の熱放射の二つの成分だけで描いている.

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    らは,主に恒星や銀河の情報として点源カタログ (IRC Point Source Catalogue, 以下 IRC-PSC)36) が作られている.「あかり」は全天を半年で1周するようにサーベイ観測を行っていた.さらに連続する周回で検出器の幅の半分ずつ重なるようにサーベイを進めていったので,特定の天域は連続して2回以上,全観測期間の16カ月を通して最低でも4–6回は観測されている.全天サーベイの大量のデータは慎重に解析され,そこから検出された点源について,観測された時刻,天球面上の座標,および赤外線強度がリストアップされた.恒星や銀河は,つねに天球面上の同じ位置で観測されるので,同一座標上で複数回の検出が確認された点源はすべて集められ,IRC-PSCとしてまとめられたのである.一方,太陽系天体は太陽を中心に公転していて天球面上を時々刻々と移動していくので,全天サーベイで観測した場合,同じ位置にとどまっていない.このような移動天体は IRC-PSCには含まれず,そのデータ処理の過程で使われずに捨てられていた.私たちは,この活用されていなかったデータに注目した.これらの点源の位置を,軌道要素から計算される小惑星の予測位置と比較していくことで,膨大な未使用点源データから小惑星を同定していったのである.全天サーベイで検出されたすべての点源の数は600万個あり,IRC-PSCとして使われたのが480万個だった(これらは集計され87万天体のカタログになっている).そして,IRC-PSCに使われなかったものは120万個あった.その一つひとつに対して,小惑星の位置を照らし合わせることで,最終的に2万個の小惑星のシグナルを同定した.これは,まるで砂金採りのように,無数のデータから,わずかに光輝く小惑星の痕跡を拾い集めるという,地道な作業の積み重ねだったのである.「あかり」による小惑星観測のレイアウトを図

    4に示す.「あかり」の赤外線望遠鏡は極低温に冷却しているため外部からの熱流入に対する制限

    が非常に厳しく,強力な熱源である太陽光は望遠鏡開口部に少しでも差し込まないようにする必要がある.そこで太陽離角(太陽–観測者–天体のなす角)ε=90°±1°をつねに向くように運用された.また,位相角(太陽–天体–観測者のなす角)αは,天体の距離に応じて89°≧α≧9°の範囲での観測となっている.全天サーベイの観測方向と検出された小惑星の分布を表したのが図5である.「あかり」はε=90°を保ちつつ,地球の進行方向とその反対方向を1周回の間に観測していく.地球の公転によりサーベイ観測は半年間で全天を1周カバーできるのに対して,太陽系天体をくまなく掃いていくのには1年以上継続した観測が必要である.「あかり」は16カ月以上に及ぶ観測を行い,方向性に偏りのない小惑星サーベイが達成できたのであ

    図4 「あかり」による小惑星観測における天体の配置の概念図.Rh: 太陽–小惑星距離,Δ: 観測者–小惑星距離,RA: 太陽–観測者距離.角αは位相角,εは太陽離角と呼ばれる.観測者の位置としては,高度700 kmの軌道上にいる「あかり」の位置を用いた(地球を周回しているのでその位置はつねに移動している).

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    る.検出された小惑星は2万個にのぼったが,これらは移動しながら複数回にわたって同定されているので,それを集計することで,小惑星の総数は5,120個となった.この数は IRAS小惑星カタログの2倍以上である.それぞれの小惑星について,全天サーベイで測定された赤外線の強度をもとにしてサイズとアルベドを求めた.これをまとめることで,「あかり」小惑星カタログAcuA (Asteroid Catalog Using AKARI; アクア)が完成した 38).AcuAは JAXA宇宙科学研究所から全世界に公開され 39),誰でも自由に使うことができる.これは,現時点(2012年10月現在)において,小惑星のサイズを収録した一般公開データとしては世界最大のものである.3.2.2 「あかり」小惑星カタログAcuA

    AcuAに掲載されている小惑星5,120個の太陽系内の分布を描いたのが図7である.AcuAは絶対等級で9等以上の小惑星をすべて網羅している.小惑星はその軌道によって分類できるが,「あかり」では近地球型小惑星を58個,メインベルト小惑星を4,953個,さらに木星軌道周辺に分布している木星トロヤ群小惑星を109個検出している.特に,メインベルトでは20 km以上の既知の小惑星について完全なデータになっている.

    AcuAに載っている小惑星のサイズとアルベド

    図5 「あかり」全天サーベイ観測の方向(青太線)と,その時点までに検出された小惑星の太陽系内の分布(黒点).中心に太陽,そして地球,火星,木星の位置と公転軌道も描かれている.(a) 本観測開始時点,(b) 開始から3カ月後,(c) 6カ月後,(d) 12カ月後と進んでいくにつれて,次々と小惑星が検出されていく様子がわかる.「あかり」の全天サーベイは16カ月間継続され,図7のような分布になっている.(a)の時点ですでに小惑星が描かれているのは,本観測開始前に行われた2週間分のテスト観測のデータも使っているためである.

    図6 IRASおよび「あかり」による小惑星カタログ 32), 38)における(a)サイズ(直径)と(b)アルベドのヒストグラム.

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    の分布を見たのが図6である.図6(a) のサイズ分布を見ると,IRASの分布が23 km程度で頭打ちになっているのに対して,「あかり」では15 kmまで延びていることがわかる.これは検出器の感度が向上したことで,より小さい天体が検出できるようになったためである.実際には未検出のさらに小さいサイズに向かって個数分布は増加する傾向をもっているはずである.図6(b) のアルベド分布を見ると,0.1を境に二つのピークをもっている.0.1より高いアルベドをもつグループは,石質の物質を主成分とするS型小惑星が大部分を占め,小惑星帯でも比較的内側に多く存在している.一方,0.1より低いグループは,炭素質の物質を主成分とするC型小惑星が大半で,小惑星帯の外側に多い.後者のほうがより始原的であると考えられている.しかし組成が調べられている小惑星はまだ少なく,大部分の小惑星はどのような物質で構成されているかあまりわかっていないのが現状である.

    4. 小惑星データベースの新時代

    小惑星の赤外線観測は IRASや「あかり」に限ったものではない.宇宙望遠鏡に絞ってみても,MSX (Midcourse Space Experiment)40),ISO (InfraredSpace Observatory)41), ス ピ ッツァー宇宙望遠鏡 42),ハーシェル宇宙望遠鏡 43)

    などによるものがある.さらに,2010年1月から観測を行っていたアメリカのWISE (Wide-eld Infrared Survey Explorer)衛星 44) によって,非常に高感度の近~中間赤外線の全天サーベイが行われ,小惑星カタログが作られつつある 45).WISEの暫定データ 46)~49)を見てみると,13万個以上の小惑星を検出しているようである.完全版は2年後をめどに作られるとのことなので,その正式公開が待たれる.AcuAはメインベルトで20 km以上の大きい天体で完全性のあるデータがそろっているのに対して,WISEデータは部分的に「抜け」があるもののサイズが1桁小さい,数kmの天体にまで手が届いており,両者を相補的に組み合わせることで,さらに幅広い小惑星データベースとなるはずである.このようにして,これまで存在しか知られていなかった多くの小惑星について,サイズ・アルベドの情報がもたらされたことは意義深い.ただし,これ自体は小惑星科学としては出発点である.この大掛かりなデータベースを使ってさまざまな研究が発展することを期待したい.私たちのグループでも,今回得られたデータに基づいて新たな観測プロジェクトに着手している.その一つはすばる望遠鏡による観測である.アルベドは小惑星表面の組成や物理状態を反映しているが,具体的にどのような物質で構成されているかを特定するには情報が不足している.そこで,いくつかの特徴をもつグループを詳しく調べていくことで,現在の小惑星がどのような状態にあるのかを解き明かしていきたいと考えている.ところで,すばる望遠鏡の共同利用観測は公募

    図7 あかりが検出した5,120個の小惑星の2007年8月26日時点における太陽系内の分布.矢印は春分点の方向を表す.「あかり」で求められた小惑星のサイズとアルベドに対応して点の大きさと色の濃さを区別して描いてある.ただし点の大きさは実際よりはるかに誇張されたものである.

  • 764 天文月報 2012年 12月

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    制で,申請した観測提案の科学的意義や技術的な妥当性が審査されたうえで,提案が採択されると観測時間が与えられる.観測には提案者自身が現地に赴くことになる.すばるサイトはハワイ島にあり,日本からはオアフ島を経由していく(すばる望遠鏡が標高4,000 mにあるからと言って,うっかり日本から強力な保温性のある防寒着を着込んでいくと乗り継ぎの際にひどい目に遭うことになる…経験者談).オアフ島と言えばワイキキビーチ,このそばに標高230 m程度の小山が見える.ご存知ダイヤモンドヘッドである.これは,18世紀の探検家がキラキラ輝くガラス光沢の方解石をダイヤモンドと見間違えたことから名づけられたと言われている.さて,われわれは星空の砂金採りで膨大なデータから小惑星のかすかな輝きを見つけた.この中に,一攫千金を狙える宝*7は眠っているのだろうか? それはこれから明らかにされていくに違いない.

    謝 辞 赤外線天文衛星「あかり」は JAXAとESAの共

    同プロジェクトです.衛星プロジェクトの場合,計画の検討から開発・打ち上げ・運用・データ解析に至るまで,国内外の多くの人々の努力と支援によって成り立っていることは特に強調しておきたいと思います.この研究を進めるにあたっては,長谷川 直氏,石黒正晃氏,黒田大介氏, 大坪貴文氏,春日敏測氏から直接的に多大な協力をいただきました.この場を借りて心より御礼申し上げます.みなさん,今後ともよろしくお願いいたします.

    参考文献

    1) Galilei G., 1610, Sidereus Nuncius, Thomas Baglioni, Venice

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    *7 言葉どおりの意味で小惑星に金やダイヤモンドがどの程度存在しているのかはまだよくわかっていないけれども,レアメタルなどの採掘を目的とした計画がSFの世界ではなく現実的に検討され始めている.

  • 765第 105巻 第 12号

    EUREKA

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    AKARI Asteroid Catalog: New Age of As-teroid DatabaseFumihiko UsuiDepartment of Space Astronomy and Astrophys-ics, Institute of Space and Astronautical Science, Japan Aerospace Exploration Agency, 3–1-1 Yo-shinodai, Chuo-ku, Sagamihara, Kanagawa 252–5210, Japan

    Abstract: We constructed an unbiased asteroid catalog from the mid-infrared part of the All-Sky Survey with the Infrared Camera onboard the Japanese infrared satellite AKARI. This catalog, named the Asteroid Catalog Using AKARI (AcuA), contains the size and albedo of 5,120 asteroids, about twice as many as the IRAS asteroid catalog. AcuA is publicly available via the Internet. This will significantly contribute to prog-ress of the asteroid research.


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