指導教員 吉松 秀樹 教授 9ACBM014 作田 学
アンフラマンスな建築空間の引きを用いた渋谷現在美術館
2. アンフラマンスのメカニズム 2-1. 空間の引き 「空間の引き」は、対象物を際立たせる効果を持つゆとりや余地を意味し、前の空間の余韻を感じさせたり、後の空間を想像させたりすることによって、人の意識を次々と切り替えることが可能である (Fig.4)。
2-2.「空間の引き」と「アンフラマンス」 「空間の引き」を用いて空間体験に伏線を与えることで、認識に振幅を与えることができる。次々と空間の印象を変化させていくことによって、アンフラマンスという瞬間的な現象を建築空間として表現する。3.「アンフラマンスな空間」の作成 3-1. 既存建築における表現手法 既存建築の分析から「距離による空間の引き」と「絞りによる空間の引き」と「断片的認識による空間の引き」の3種類の要素を抽出した (Fig.5)。
3-2. 引きによって振れ幅を与える空間のスタディ 抽出した要素を組み合わせてスタディした結果、リビングなどの単一空間に複数の視点場が設けられ、想像的認識に振幅を与えることが出来た。移動する度に、空間や機能が連続したり離れたりする空間となった (Fig.6)。
1. 研究の背景と目的 1-1. ガリシア現代美術センターでの体験 アルヴァロ・シザ ( 以後、シザとする ) のガリシア現代美術センター ( 注 1) のエントランスホールを訪れた際に、単一視点では全体を把握しづらい空間体験に魅力を感じた (Fig.1)。
1-2. アンフラマンス アンフラマンス ( 注 2) とは、マルセル・デュシャン ( 注 3) がメモにのみ残した極薄な感覚に関する概念である。例えば、
「人が立ったばかりの座席のぬくもりはアンフラマンスである」など、時間によって現れたり消えたりする捉え難い瞬間的な現象を指す (Fig.2)。
1-3. シザの建築における空間認識と「空間の引き」 シザは単一視点では捉えられない操作をすることで、遊びや無駄といった「空間の引き」を生み出していると考えられる (Fig.3)。空間体験に「引き」を与えることでアンフラマンスと類似した体験が生み出されているのではないか。
1-4.「空間の引き」を用いたアンフラマンスな建築の設計 本修士設計は、シザの建築における空間体験とマルセル・デュシャンの捉え難い瞬間的な現象を指す概念「アンフラマンス」との類似性に着目し、想像的認識に遊びを与える「空間の引き」を用いて、複数の時間軸を感じさせる建築の提案を目的とするものである。
Inframince Architecture Shibuya museum of present art by the margin of space
SAKUTA Manabu
Fig.1 捉え難い空間体験 Fig.4 「空間の引き」
Fig.6「空間の引き」を用いた 住宅スタディ
Fig.5 既存建築における表現と空間スタディ
Fig.2 アンフラマンスの概念図
Fig.3 シザの建築における空間の引き
4-4. 複数の時間軸を持った建築 「空間の引き」を用いることで、人々の意識を操作し、散策性を高め、次々と空間が切り替わる体験が可能となった。展示室1では奥の通路と天井の開口によって明暗を操作し、水平方向にも垂直方向にも距離による引きを与え、展示室 1〜2間では空間の形状を絞って引きを与えることで、来訪者の意識を先の空間へと誘導した。徐々に狭められた空間が展示室2で変化することで、ギャップが生まれ前の空間の余韻を感じる体験となった (Fig.10)。これらの体験が美術館全体で連続していくことで複数の時間軸を持った建築となる。
5. 結び 本計画では、訪れる度に空間の印象が変化することで、アーティストや来訪者に知的好奇心を与えるタイムスペシフィックな美術館を提案した。本設計方法によって、画一的な空間認識になりがちな機能に対して、時間の変化に対する意識を高め、空間認識に振幅のある空間を作成し、発見的思考を与えることが出来た (Fig.11)。
4. 空間の引きを用いた渋谷現在美術館 4-1. プログラム・敷地の選定 アンフラマンスな建築空間は、次々と空間の印象が変化していく性質を持つため、順路を持ち、画一的な空間認識になってしまっている美術館において有効であると考えられる。複雑な街路構造によって空間の引きが生まれ、新たな文化を発信し続ける渋谷の美竹公園と東京都児童会館跡地を敷地に選定し、渋谷に特化した美術館を提案する。 4-2. 引きのある配置計画 同街区に建つ美竹の丘保育園の配置や周囲の空地に合わせて敷地境界線から引いてボリュームを配置することで、公園を四方に分散させ、敷地に引きを与える (Fig.7)。
敷地の引きは、都市アクティビティを建築内部に映し出すための伏線となる。建築内部にも空間の引きを用いることで、様々な場所において都市の余韻を感じることができる建築となる。地上は公園にすることで回遊性を高め、多層でありながら敷居の低い美術館を提案する (Fig.8)。
4-3. 渋谷現在美術館 敷地の公園を立体的に積み上げて美術館と交互に配置し、螺旋状に動線を計画することで、内外や機能同士の境界が曖昧になり、空間と機能の認識が次々と切り替わる。都市空間が内部化された空間に渋谷の文化を展示していくことで、刻々と変化していく渋谷の現在を映し出す渋谷現在美術館となる (Fig9)。空間と共にアートが変化するため、来訪者にとってもアーティストにとっても刺激的な場として利用される。
注釈* 1 サンティアゴ・デ・コンポステラ、スペイン、1993* 2 マルセル・デュシャンの死後、義理の息子ポール・マティスによって発表されたメモに記された造語。日本語では東野芳明らによって極薄と訳される。* 3 フランス出身、芸術家。1887-1968参考文献・参考資料*交換の媒体 / 厳書 文化の現在 / 岩波書店 /1981 *マルセル・デュシャン /T・ド・デューブ / 法政大学出版 /2001 *ユリイカ 特集マルセル・デュシャン / 青土社 /1983*アルヴァロ・シザの建築 /TOTO 出版 /2007 * Alvaro Siza : El Croquis 140/1998*瞬間の直感 /G・バシュラール /1969 *フラジャイル 弱さからの出発 / 松岡正剛 / 筑摩書房 /2005 *時間論 / 中島義道 *透明性 - 虚と実 -/ マニエリスムと近代建築所収 /コーリン・ロウ /1981 *空間の連結によるシークエンスに関する研究 - アルヴァロ・シザの住宅作品における内部空間特性 -/ 強矢大輔 /2009 *ドゥルーズ哲学における「差異化」の機構について - アルヴァロ・シザの「変形」概念を一例としながら -/ 真鍋寛/2004 *透明視と奥行き層 / 河合幸子 / 日本色彩学会誌 /2003 *外を思考するもの (1)マルセル・デュシャンの場合 / 北山研二 / 成城大学 /2007 *連続離散空間モデルによる建築設計手法 / 時田隆佑 /2007 *仮想境界を用いた建築設計手法 / 川上敬 /2007 *北京の小街における空間連結のゆるさを用いた建築設計 / 峯尾穂香 /2010
2010 年度修士設計梗概集 東海大学工学研究科建築学専攻
Fig.10 展示室 1 〜 3 における瞬間的な空間体験
Fig.11 タイムスペシフィックな建築
Fig.9 渋谷の現在を積み上げた美術館
Fig.7 敷地に引きを与える
Fig.8 水平にも垂直にも連続する公園と空間の引き