+ All Categories
Home > Documents > Kobe University Repository : Kernel神戸法学年報 第24号(2008) 176...

Kobe University Repository : Kernel神戸法学年報 第24号(2008) 176...

Date post: 26-Feb-2021
Category:
Upload: others
View: 0 times
Download: 0 times
Share this document with a friend
36
Kobe University Repository : Kernel タイトル Title 米州における先住民族の土地に対する権利 : ラテンアメリカ諸国の葛 (Recognition of Indigenous People's Rights to Land under the Inter- American Human Rights Systems : Discrepancies between Laws and Practices in Latin America) 著者 Author(s) 小坂田, 裕子 掲載誌・巻号・ページ Citation 神戸法学年報 / Kobe annals of law and politics,24:173-207 刊行日 Issue date 2008 資源タイプ Resource Type Departmental Bulletin Paper / 紀要論文 版区分 Resource Version publisher 権利 Rights DOI JaLCDOI 10.24546/81004440 URL http://www.lib.kobe-u.ac.jp/handle_kernel/81004440 PDF issue: 2021-07-23
Transcript
Page 1: Kobe University Repository : Kernel神戸法学年報 第24号(2008) 176 り、国連宣言で残された問題について、他の国際的・地域的及び国内的機関

Kobe University Repository : Kernel

タイトルTit le

米州における先住民族の土地に対する権利 : ラテンアメリカ諸国の葛藤(Recognit ion of Indigenous People's Rights to Land under the Inter-American Human Rights Systems : Discrepancies between Laws andPract ices in Lat in America)

著者Author(s) 小坂田, 裕子

掲載誌・巻号・ページCitat ion 神戸法学年報 / Kobe annals of law and polit ics,24:173-207

刊行日Issue date 2008

資源タイプResource Type Departmental Bullet in Paper / 紀要論文

版区分Resource Version publisher

権利Rights

DOI

JaLCDOI 10.24546/81004440

URL http://www.lib.kobe-u.ac.jp/handle_kernel/81004440

PDF issue: 2021-07-23

Page 2: Kobe University Repository : Kernel神戸法学年報 第24号(2008) 176 り、国連宣言で残された問題について、他の国際的・地域的及び国内的機関

米州における先住民族の土地に対する権利-ラテンアメリカ諸国の葛藤

173

米州における先住民族の土地に対する権利-ラテンアメリカ諸国の葛藤

小 坂 田 裕 子

はじめに 2007年9月13日国連総会で「先住民族の権利に関する国連宣言」(以下、国連宣言)が賛成144カ国、反対4カ国、棄権11カ国で採択された。国連宣言の起草作業には先住民族代表も参加し、政府代表間及び政府代表と先住民族代表間の意見の相違から、国連先住民族作業部会(以下、WGIP)での作業開始から採択まで実に22年という年月がかかったが、その主要な争点となったのが先住民族の自決権と土地及び資源に対する権利である。国連宣言の自決権規定(第3条)は、植民地従属人民の外的自決権を含むと一般に理解されている国際人権規約共通第1条1を基礎としているため、先住民族に分離権を付与すると解されることを多くの国家が最後まで危惧し、国連人権理事会で採択された宣言案に「主権独立国家の領土保全又は政治的統一を全部又は一部分割又は棄損するものと解されてはならない」という一文を追加することで、ようやく国連総会での採択にこぎつけた2。もっとも起草作業において複数の先住民族代表が分離権を要求していないことを繰り返し述べており、現在、この点について一般的なコンセンサスが生じてきているといえるだろう3。むしろ未開発の天然資源の6割以上が世界各地の先住民族と少数

1� 松井芳郎「試練にたつ自決権」桐山孝信他(編)『転換期国際法の構造と機能』(2000年)国際書院、463-465頁。

2� 上村英明「『先住民族の権利に関する国連宣言』採択の意味」『世界』no.771(2007年11月)、20-23頁。

3� 桜井利江「国際法における先住民族の権利(一)-先住民族の土地の権利をめぐって」『九州国際大学法学論集』第5巻第2・3合併号(1999年)、66-76頁。ただし先住民族がその居住する国の政府により、内的自決権の実効的行使を否定されている等の一定の場合に、最後の手段として外的自決の行使が認められるかについ

Page 3: Kobe University Repository : Kernel神戸法学年報 第24号(2008) 176 り、国連宣言で残された問題について、他の国際的・地域的及び国内的機関

神戸法学年報 第24号(2008)

174

民族の土地に眠っているといわれ、その開発計画に対する政府認可をめぐって多数の紛争が生じている今日では4、自決権の経済的側面と密接な関連を有する土地及び資源をめぐる権利論争の方がより深刻かつ現実的な問題を呈しているように思われる5。 先住民族の土地及び資源の権利の主張には、次のような特徴がある。第1に、個人の権利を保障する近代法に基づく多くの国の土地制度において、先住民族に特有な共同体主義的土地保有形態が承認されてこなかったとして、集団的権利を要求していること。第2に、近代国民国家形成の正当性を問題とするイデオロギー的な側面を有しており、この点で他のエスニック集団の権利要求と区別されること6。すなわちかつて西欧諸国が先住民族の居住する土地を無主地とみなし、先占理論に基づいて自国領域に編入し支配してきたことは、植民地主義と同様に不当なものであるとして、先住民族達は自らの伝統的土地及び資源に対する権利を「回復」するよう要求しているのである7。このような先住民族の要求に対しては、植民地主義という過去の不正義に対する救済を要求することは時際法の観点から問題があるのではという疑問や、他の市民と異なる特別の権利を認めることになり異なる市民階級を創ることになるという伝統的自由主義の立場からの根強い反対が存在する。また先住民族の土地及び資源に対して何らかの権利を認めるとしても、先住民族の認定方法をどうするのか、現に権利を有している第三者との関係をど

ては、ポスト植民地主義時代の自決権一般の議論として残されている。See�Hurst�Hannum�"Self-Determination�in�the�Post-Colonial�Era",�in�Donald Clark et al.�(eds.),�Self-Determination: International Perspectives,�Palagrave�Macmillan,�1996,�pp.12-44.

4� 中野憲志「第6章�対テロ戦争と先住民族」上村英明監修『グローバル時代の先住民族-先住民族の10年とは何だったのか』法律文化社、2004年、164頁。

5� 先住民族の土地に対する権利と自決権の関係について、Alexandra�Xanthaki,�Indigenous Rights and United Nations Standards: Self-Determination, Culture and Land,�Cambridge�University�Press,�2007,�pp.238-243.

6� 上村英明「国際社会と先住民族-先住民族とエスニシティと国際政治」初瀬龍平『エスニシティと多文化主義』(1996年)同文館、306頁。

7� Jérémie�Gilbert,� Indigenous Peoples’ Land Rights under International Law: From Victims to Actors,�Transnational�Publishers,�2006,�pp.3-40.

Page 4: Kobe University Repository : Kernel神戸法学年報 第24号(2008) 176 り、国連宣言で残された問題について、他の国際的・地域的及び国内的機関

米州における先住民族の土地に対する権利-ラテンアメリカ諸国の葛藤

175

うするのか等、解決しなければならない実際的な問題が数多く存在している。 国連宣言は、前文で先住民族が植民地主義に由来する歴史的不正義をこうむってきたことへの懸念を表明した上で、先住民族とその伝統的土地及び資源との精神的関係を強調し(第25条)、次のような権利を規定している。第1に、先住民族の伝統的土地及び資源に対する権利を認め、その伝統的土地保有態様を尊重して法的承認をおこなう義務を国家に課し(第26条)、第2に、事前の説明を受けた上での先住民族の自由な同意なくして剥奪又は使用制限された伝統的土地又は資源について原状回復や補償の権利(第28条)を認め、第3に、先住民族の土地又は資源に影響を与える開発計画について、その承認前に先住民族の同意を得る目的で彼らと誠実に協議する義務を課した。同宣言は、先住民族を国際法の主体と認め、自決権や土地及び資源に対する集団的権利をはじめとする先住民族の基本的権利を包括的に保障しているとして概して積極的な評価を受けているが8、先住民族の定義や土地に対して現に権利を有する第三者との関係、土地の継続的占有又は使用の必要性及びその期間等、権利を実現する上で避けて通れない重要な問題の多くが不明瞭なまま残されている。 宣言で保障された先住民族の土地及び資源の権利の実現可能性と課題を考える上で、国際的及び国内的実行の検討が不可欠となるが、本稿では以下の理由から特に米州諸機関の実行に焦点を当てて考察をおこなう。第1に、米州人権裁判所は法的拘束力をもつ国際裁判所として初めて先住民族の土地に対する集団的財産権を認めたAwas�Tingni事件(2001年8月)以降、先住民族の土地及び資源に関する紛争を複数扱ってきている。その実行の分析によ

8� See, for�example,�Jérémie�Gilbert,�“Indigenous�Rights�in�the�Making:�The�United�Nations�Declaration�on�the�Rights�of� Indigenous�Peoples”, International Journal on Minority and Group Rights,�Vol.14(2007),�pp.207-230;�上村前掲論文・注(2)、20-24頁;�手島武雅「先住民族の権利に関する国連宣言-その経緯、内容、意義」『部落解放』590号(2007年12月)70-81頁。

Page 5: Kobe University Repository : Kernel神戸法学年報 第24号(2008) 176 り、国連宣言で残された問題について、他の国際的・地域的及び国内的機関

神戸法学年報 第24号(2008)

176

り、国連宣言で残された問題について、他の国際的・地域的及び国内的機関に対する何らかの指針を見いだしうると考える。また判決に対する国家の態度を検討することで、先住民族の土地及び資源に対する権利の実現可能性と課題を明らかにしたい。 第2に、国連宣言起草作業に大きな影響を与えた米州諸国の立場の違いに対する実際的関心が存在する。米州機構(以下、OAS)は主に、カナダ及び米国とラテンアメリカ諸国から構成されているが9、国連宣言起草作業においてカナダ及び米国代表とラテンアメリカ諸国代表の先住民族の権利に対する立場はかなり異なっていた10。カナダ及び米国は、オーストラリアやニュージーランドとともに国連宣言に反対票を投じる等、先住民族の権利承認に消極的で、CANZUSと批判的に呼称されている。それに対して、ラテンアメリカ諸国の政府代表の多くは、ラテンアメリカの先住民族組織と協力し、先住民族がミニマム・スタンダードと主張する人権小委員会起草の国連宣言草案(1993年)の無修正・一括採択を支持する立場をとってきた。 このようなカナダ及び米国とラテンアメリカ諸国の態度の違いはどこに由来するのだろうか。国際人権規約共通第1条の起草過程において、既に独立を達成していたラテンアメリカ諸国の多くは、西側の先進資本主義国の反対論に強い影響を受け、経済的自決権の承認に消極的立場をとっていたことが指摘されている11。また自由権規約第27条の準備作業でも、米国とラテンア

9� ラテンアメリカという名称は、北米の一部であるメキシコと中南米、カリブ海諸島を含む地域の地理的な名称であると同時に、ラテン系のアメリカという一つの文化圏を表す名称である。近年では旧オランダ領から独立したスリナム等の非ラテン系諸国を区別して、この地域を「ラテンアメリカとカリブ海」という名称で表現する傾向にあるが、本稿ではラテンアメリカという総称で一括する。加茂雄三「ラテンアメリカの概観」加茂雄三他(著)『国際情勢ベーシックシリーズ9�ラテンアメリカ』第2版(1999年)、15-20頁参照。

10� 相内俊一「『国連先住民族の権利宣言』制定過程と『10年』」上村監修前掲書・注(4)、3頁。

11� その背景には独立達成度のラテンアメリカ諸国の多くにおいて、伝統的な支配層(植民地で土着化したスペイン人であるクリオーリョ)が権力の座にあり、先進資本主義国と様々な形で結びついていたことがあった(松井芳郎「国際人権規約第一

Page 6: Kobe University Repository : Kernel神戸法学年報 第24号(2008) 176 り、国連宣言で残された問題について、他の国際的・地域的及び国内的機関

米州における先住民族の土地に対する権利-ラテンアメリカ諸国の葛藤

177

メリカ諸国代表は協力して、移民の同化政策の重要性を強調して少数者に属する者の権利の規約への導入に消極的な態度をとっていた12。冷戦下における規約起草過程では、政治的・経済的・軍事的な結びつきが強い米国に同調し、経済的自決権や少数者に属する者の権利に消極的な態度をとっていたラテンアメリカ諸国が、なぜ国連宣言の起草作業において、先住民族組織と協力して、米国とは異なり先住民族の権利承認に積極的な立場をとっているのだろうか。 もっともOASが準備している「先住民族の権利に関する米州宣言」(以下、米州宣言)は、1997年に米州人権委員会(以下、IACHR)で採択された草案についていえば、自決権への言及はなく、国連宣言よりも個人主義的性格が強いことが指摘されていた13。現在、OASでおこなわれている米州宣言起草作業を検討することにより、米州諸国において実際には、どの程度の権利が先住民族に認められようとしているのか、またOASにおける米国とラテンアメリカ諸国の主張は、国連におけるそれと同じなのか、異なるならその考えうる理由は何かについて考察したい。ラテンアメリカ諸国自体が一枚岩でないことも事実ではあるが14、本論文では同国間における見解の相違まで深くは立ち入らない。

I. 「先住民族の権利に関する米州宣言」の起草作業 米州宣言の起草作業は、OASの主要機関でもあるIACHRの要請により1989年に開始された。IACHRは、OAS加盟国と先住民族との協議を経て

条の成立」『名古屋大学法政論集』125号(1989年)、51頁)12� 大竹秀樹「少数者の国際的保護について-第二七条の起草過程を中心として-」『同志社法学』35巻5号(1984年)177-192頁。

13� Patrick�Thornberry,�Indigenous Peoples and Human Rights,�Manchester�University�Press,�2002,�p.399.

14� 例えばコロンビアは、国連宣言第19、30、32条等が自国の国内法制度と矛盾するとして、ラテンアメリカで唯一、総会での宣言採択を棄権した(U.N.�General�Assembly,�Press�Release,�GA/10612(September�13,�2007))。

Page 7: Kobe University Repository : Kernel神戸法学年報 第24号(2008) 176 り、国連宣言で残された問題について、他の国際的・地域的及び国内的機関

神戸法学年報 第24号(2008)

178

1997年に草案を採択し、これをOAS総会に提出した15。IACHR草案は、先住民族の自治権や土地及び資源に対する権利を保障しているものの、先住民族の自決権への言及は避けられており、全体的に個人主義的色彩が強いとされる。これは、もともとOASが反共体制として設立され発展してきたこと、及びIACHRではWGIPのように先住民族と政府代表との対等な協議方式で起草作業が行なわれたわけではなかったことを考えれば理解できる。 1997年OAS総 会 決 議 は、 常 設 理 事 会(Permanent�Council) に 米 州宣言草案の検討を要請、1999年2月には常設理事会の法律政治委員会

(Committee�on�Juridical�and�Political�Affairs)が、OAS本部で政府専門家会議を開催してIACHR草案の検討をおこなった。この会議でOAS歴史上初めて先住民族代表の出席が認められ、草案内容について政府代表との協議が実施された16。1999年6月OAS総会決議(AG/RES.1610(XXIX-0/99)は、草案の検討を続けるため常設理事会の作業部会設置を決定し、「先住民族共同体代表による適切な参加を認める」ことを作業部会に要請した。そのため作業部会での起草作業には、OAS加盟国代表及びOAS組織代表に加えて、先住民族代表が参加し、意見を述べたり提案をおこなったりしている。2003年2月作業部会はIACHR草案の検討を終了、同年4月作業部会議長であるペルー代表がIACHR草案を基礎とし、政府代表や先住民族代表によりおこなわれたコメントや提案を考慮に入れて作成した修正米州宣言案(議長草案)を提出17、2003年11月以降この議長草案を基礎とした審議が作業部会で行なわれている。 米州宣言草案では、国連宣言前文のように植民地主義に由来する歴史的不

15� IACHRにおける米州宣言準備作業の経緯について、�The Human Rights Situation of the Indigenous Peoples in the Americas,�OEA/Ser.L/V/II.108,�Doc.62(2000),�Introduction.

16� Meeting of the Working Group to Prepare the Proposed American Declaration on the Rights of Indigenous Populations, Report of Chair,�GT/DADIN/doc.5/99(1999).

17� Consolidated Text of the Draft Declaration Prepared by the Chair of the Working Group,�OEA/Ser.K/XVI,�GT/DADIN/doc.139/03�(2003).

Page 8: Kobe University Repository : Kernel神戸法学年報 第24号(2008) 176 り、国連宣言で残された問題について、他の国際的・地域的及び国内的機関

米州における先住民族の土地に対する権利-ラテンアメリカ諸国の葛藤

179

正義への懸念は示されておらず、文化的多様性を尊重することによる米州の民主主義発展への貢献や先住民族の貧困を撤廃する必要性が強調されている。IACHR草案では先住民族の定義をおこなっていなかったが、議長草案は宣言の適用対象を「ヨーロッパによる植民地化以前からの土着文化の出身で、その言語や規範制度、慣習、慣行、芸術的表現、信仰、社会的・経済的・文化的・政治的制度等、先住民族の基本的で独特な特徴を保っている米州の先住民族及びその構成員」として定義を試みていた。しかしその後の議論の過程で定義の試みは放棄され、作業部会第11会合(2008年4月)時点では、先住民族としての自己認識を米州宣言適用の決定的基準として規定するに留まっている(第1条2項)18。 以下では、先住民族の土地及び資源の権利に関係する条項について、1997年IACHR草案及び2003年議長草案をめぐる議論の主要な争点を整理し、ラテンアメリカ諸国と米国の主張の相違とその背景を明らかにしたい。

1. 自決権  議長草案では、IACHR草案に存在しなかった自決権条項が挿入された(第3条)。先住民族達は国連宣言の自決権条項と同じ文言の提案をおこなったが、ラテンアメリカ諸国を含む複数の政府が領土保全を強調し内的自決に限定するよう要請したことを受けて19、議長草案は「国家の中において、先住民族の自決権が認められる。そのため先住民族は、自己の組織形態を定義し、その経済的・社会的・文化的発展を促進することができる」と規定し、

18� Record of the Current Status of the Draft American Declaration on the Rights of Indigenous Peoples, Outcomes of the Eleventh Meetings of Negotiations in the Quest for Points of Consensus,�OEA/Ser.K/XVI,�GT/DADIN/doc.334/08(2008).� 議長草案に2007年4月作業部会までに認められた修正を加えた米州宣言草案と国連宣言の関連条文比較について、Table Comparing the Draft American Declaration on the Rights of Indigenous Peoples and the United Nations Declaration on the Rights of Indigenous Peoples,�OEA/Ser.K/XVI,�GT/DADIN/doc.317/07�rev.1(2008).

19� Proposals Regarding the Draft American Declaration on the Rights of Indigenous Peoples,�SG/SLA,�DDI/doc.11/03�(2003),�p.23.

Page 9: Kobe University Repository : Kernel神戸法学年報 第24号(2008) 176 り、国連宣言で残された問題について、他の国際的・地域的及び国内的機関

神戸法学年報 第24号(2008)

180

さらに自決権条項に続く第4条で、本宣言のいかなる規定も「国家の領土保全、主権及び政治的独立」を破壊又は縮減するものと解釈されてはならないことを新たに確認している。また自治権条項(第20条)では、「国内における自決権の行使」として先住民族に自律及び自決の権利が認められるとする修正がおこなわれた。これらのことから、米州宣言草案において先住民族の自決権は、国家の領土保全を害することになる外的自決を含まず、内的自決に限定される旨が国連宣言よりも明確にされていることが分かる。 2001年1月に米国の国家安全保障会議(U.S.�National�Security�Council)は、「先住民族に関する米国政府の立場」という通達を発表し、国連及び米州宣言作業部会に出席する米国政府代表に対して、先住民族の自決権が内的自決に限定され、それが「独立の権利若しくは天然資源に対する永久的主権の権利を含まないことを示す」ことを要求した20。本通達は、先住民族の自決権が内的自決に限定され、分離権を含まないことを明らかにするよう要求する米国の一貫した立場を確認していることに加えて、先住民族の自決権の範疇から、天然資源に対する永久的主権をも排除する意図を明確していることが注目される。そこからは先住民族の土地に存在する天然資源開発の利権獲得を狙う米国の思惑を読みとることができ、それこそが次に見る先住民族の土地に対する権利への米国の強硬な反対理由の一つであることが分かる。

2. 土地に対する集団的権利(IACHR草案18条、議長草案第24条) IACHR草案及び議長草案は、国連宣言と同様に、先住民族の伝統的土地及び領域に対する所有及び使用について法的に承認をうける集団的権利を規定している。国連宣言には存在しない重要な規定として、議長草案で要求される先住民族の土地境界画定の義務を指摘できる。土地の権利付与を実施するためには、その前提として共同体の土地の境界画定が不可欠であり、後述

20� U.S. National Security Council, Position on Indigenous Peoples�(January�18,�2001),�para.4.

Page 10: Kobe University Repository : Kernel神戸法学年報 第24号(2008) 176 り、国連宣言で残された問題について、他の国際的・地域的及び国内的機関

米州における先住民族の土地に対する権利-ラテンアメリカ諸国の葛藤

181

するように米州人権裁判所の実行では先住民族の土地の境界画定をおこなう義務が確立している。他方で議長草案には先住民族の土地に対する権利の保障に関して、IACHR草案よりも後退としていると評価できる点がある。それは土地及び領域の所有について法的に承認を受ける権利を規定する議長草案第24条1項が「各国家の法制度の諸原則を尊重しながら」というフレーズを追加し、それにより既存の国内法の枠内での権利承認と限定的に解釈されうる余地をつくったことである。議長草案は作業部会での議論及び提案を考慮して作成されているため、当該権利に関してどのような提案がいかなる政府代表によりなされたのかを以下で見る。 国連宣言の起草過程において先住民族の土地に対する権利条項に異議を唱えた米国及びカナダは21、米州宣言草案についても同じ立場から次のような提案をおこなった。1991年11月米国提案は「国家は、先住民族の文化及び価値、並びに先住民族社会とその土地及び、生計維持のための農耕のような伝統的使用を含む、土地の利益との特別な関係を尊重しなければならない」22(下線、筆者)と規定する。さらに米国代表は2003年2月作業部会で、IACHR草案第18条の意図は先住民族が土地に関する利益主張をおこなう法的手続及び協議を確保することにあり、その実現のためにOAS諸国における法の支配の実現が不可欠であると強調している23。米国は1996年12月にOASに提出したコメントで、同条を「既存の国際法を著しく超えている」と批判し、「政府が先住民族の土地に対する権利を承認し、保護しなければならないという原則を支持するが、返還は土地権利紛争のために常に実行可能な手段なわけでは決してない」(下線、筆者)と述べていた24。作業部会第11会合で承認された修正議長草案についても米国は「そのいかなる

21 See,�for�example,�アメリカ、E/CN.4/2003/92,�para.29;�カナダ、ibid.,�para.32.22 SG/SLA,�DDI/doc.11/03�(2003),�p.12823 Ibid.,�pp.129-130.24� Comments of the United States on the Draft Inter-American Declaration on the Rights

of Indigenous Peoples,�United�States�Permanent�Mission� to� the�Organization�of�American�States�(December�19,�1996),�p.17.

Page 11: Kobe University Repository : Kernel神戸法学年報 第24号(2008) 176 り、国連宣言で残された問題について、他の国際的・地域的及び国内的機関

神戸法学年報 第24号(2008)

182

条項にも同調せず」、議論されている最終草案に対する立場を保留するとの声明を発表した25。そこにおいて米国は「以下の諸原則に対する我々の約束

(commitment)を誓う」(下線、筆者)と述べ、「先住民族は、その地下資源を含めて、自らが所有又は占有する土地に対する集団的権利を有する。国家はそのような土地及び資源に対して法的承認をおこなわなければならない

(略)」等の項目を列挙している。米国は現に先住民族が占有又は所有する土地に対して法的承認をおこなうことを義務ではなく原則として認めるにとどまり、伝統的土地の返還権等、他の市民と異なる土地に対する特別な権利を先住民族に認めることを拒絶しているのである。 2003年2月カナダ提案は「先住民族は自らが所有又は排他的に使用している土地及び資源に対する開発及び管理並びに使用する権利を有する」26と規定する。カナダ提案の特徴は、現に土地に対する権利を有する第三者の権利を尊重すべく、先住民族が現に所有又は排他的に使用している土地に対象を限定していること、また先住民族に認められる権利から所有権を排除していることにある。カナダは国連宣言第26条を、先住民族の土地及び資源に対する権利が他者の権利との均衡がとられなければならないことを認めておらず最も問題な条文として指摘していたが27、同政府は2007年11月OAS会議で国連宣言が米州宣言交渉の出発点又は最小限の結果として扱われることを受諾し得ないと発言し、作業部会第11会合では米州宣言がかかる方向で作成されるのであればカナダは「将来の交渉への参加及び支持を根本的に再検討しなければならない」との声明を提出し、そのような最終条文について

「カナダがそれを支持しない旨を明確に示し、米州宣言の条文がカナダに適用されないとの理解を明記する限りにおいてコンセンサスを妨げる意図はな

25 OEA/Ser.K/XVI,�GT/DADIN/doc.334/08(2008),�pp.22-23.26 SG/SLA,�DDI/doc.11/03(2003),�p.132.27� Indian�and�Northern�Affairs�Canada,�Canada’s Position: United Nations Draft

Declaration on the Rights of Indigenous Peoples�(June�29,2006).

Page 12: Kobe University Repository : Kernel神戸法学年報 第24号(2008) 176 り、国連宣言で残された問題について、他の国際的・地域的及び国内的機関

米州における先住民族の土地に対する権利-ラテンアメリカ諸国の葛藤

183

い」と揺さぶりをかけた28。 国連宣言の起草作業で先住民族組織と連携して、その権利承認に積極的な態度をとっていたと評されるラテンアメリカ諸国は、そもそも先住民族の伝統的土地に対する特別な権利を認めない米国とは異なるものの、当該権利を無制限に認める立場はとらず、国内法による縛りをかけるアプローチをとっていた。例えば、1999年11月作業部会においてメキシコは、「各国の国内法に規定されるように、法的に承認される権利を有する」とする修正案を提出している29。かかるアプローチが、先に見た議長草案におけるOASでは当該権利の修正を招いたことが分かる。

3. 小括 2003年議長草案は、1997年IACHR草案ではなされなかった先住民族の自決権の承認をおこない、作業部会第11会合まで自決権は維持されたまま修正案の検討が進められている30。先住民族問題を多く抱える米州で先住民族の自決権を認めることには、ラテンアメリカ諸国を含む多くの国家が分離権の観点から懸念を表明してきており、国連宣言よりも明確に内的自決に制限

28 OEA/Ser.K/XVI,�GT/DADIN/doc.334/08(2008),�p.21.29� SG/SLA,�DDI/doc.11/03(2003),�p.128.�他にも1999年11月作業部会でブラジルは「具体的な国内法に従って」先住民族が伝統的土地に対する権利を有するとする修正案を提出している(ibid.�p.131)。議長草案第24条2項では、「各国の法制度の諸原則に従って」先住民族が自らの土地及び領域の所有等の多様で独特な形態について法的承認を受ける権利が規定されている。またアルゼンチン、ブラジル、コロンビア、エクアドル、エルサルバドル、メキシコ、ペルー、ウルグアイ、ベネズエラによる共同修正案(2005年10月)は、先住民族の伝統的土地に対する権利の永続性、排他性、不可譲性等を認める条項に「各国の国内法に従って」という文言を加えるよう要求している(Compedium of Proposals of the Nine Meetings of Consensus Held by the Working Group,�OEA/Ser.K/XVI,�GT/DADIN/doc.255/06�rev.2(2007),�pp.179-180)。

30� 政府及び先住民族代表から提出された自決権条項修正案については、New Compendium of Proposals for the Phase of Review of the Draft American Declaration on the Rights of Indigenous Peoples,�OEA/Ser.K/XVI,�GT/DADIN/doc.280/07� (2007),�pp.5-11.

Page 13: Kobe University Repository : Kernel神戸法学年報 第24号(2008) 176 り、国連宣言で残された問題について、他の国際的・地域的及び国内的機関

神戸法学年報 第24号(2008)

184

することで自決権条項の挿入が可能になった。また冷戦下においてOASで強い影響力を行使した米国は、国連宣言の準備作業と同様に31、米州宣言でも先住民族の伝統的土地に対する特別な権利を全く認めようとしなかったことも明らかになった。しかしOASの米州宣言起草作業において、かかる米国の反対は受入れられておらず、このことは、先住民族の権利承認に対するラテンアメリカ諸国と米国との温度差が国連だけではなくOASにおいても確かに存在することを明らかにするだけでなく、OASにおける米国の影響力の低下をも示唆している32。 現在、ラテンアメリカの多くの国家が自国憲法に先住民族の何らかの権利を承認する規定を含めるようになっており33、多様性の中の一体性(unity�in�diversity)を表現する概念として、多文化主義が政治上及び憲法上の原則として広範に受諾されるに至っている34。例えばコロンビア1991年憲法は、同国が民族的・文化的多様性を認知し、これを保護すると宣言(第7条)し、エスニック集団の構成員達にそのアイデンティティーを発展させる権利を認める(第68条)。また先住民族であるインディオの居住地域創設が定められ、当該地域における管理上の自治が認められた(第9章)。19世紀初期における独立達成後も近代化を模索する政府が、教育により「国民」に同

31 See,�for�example,�E/CN.4/2003/92(2003),�para.29.32� OASにおける米国の影響力低下について、伊藤千尋『反米大陸-中南米がアメ

リカにつきつけるNO!』(2007年)集英社新書、200-201頁参照。33� 2002年の特別報告者Oszaldo�Kreimerの報告によると、ラテンアメリカ24 ヶ

国 中、15 ヶ 国。Report of the Papporteur by Oszaldo Kreimer, OEA/Ser.K/XVI,�GT/DADIN/doc.113/03�rev.1(2003),�p.1.

34� Ibid.,�p.2.�他にも、ブラジル(1988年憲法)、ボリビア(1994年憲法)、ペルー(1993年憲法)、エクアドル(1998年改正憲法)、グァテマラ(1986年憲法)、ニカラグア(1987年憲法、1995年憲法)、ベネズエラ(1999年憲法)、パラグアイ(1992年)、パナマ(1992年)も自国の多文化・多民族性を承認したり、先住民族の何らかの権利を保障したりしている(Report of the Special Rapporteur on the situation of human rights and fundamental freedoms of indigenous people, Mr. Rodolfo Stavenhagen,�E/CN.4/2006/78�(2006),�pp.6-13;�マヌエラ・トメイ他(著)、苑原俊明他(訳)『先住民族の権利-ILO第169号条約の手引き』(2002年)論創社、51-62頁)。

Page 14: Kobe University Repository : Kernel神戸法学年報 第24号(2008) 176 り、国連宣言で残された問題について、他の国際的・地域的及び国内的機関

米州における先住民族の土地に対する権利-ラテンアメリカ諸国の葛藤

185

化・統合されるべき野蛮な存在として先住民族の同化政策を推し進めてきたラテンアメリカの多くの国において、先住民族の自治や土地に対する共同体の権利までが憲法や国内法で認めるようになったことは、歴史的な政策転換といえる。 いずれは消えてなくなるべき存在とされていた先住民族の権利を、1980年代後半以降、ラテンアメリカ諸国が急速に認めるようになったのは、世界恐慌以降、ヨーロッパからの経済的自立を目指すラテンアメリカ諸国が推し進めた輸入代替工業化(ISI)による経済発展の挫折と、その結果としての1980年代初期の累積債務に起因している。1980年代初期にかつてない経済社会危機に直面したラテンアメリカ諸国は、IMFと世界銀行の主導の下、それまでのISIによる発展モデルを放棄し、新自由主義(ネオ・リベラリズム)政策へと転換した。80年代にラテンアメリカの多くの国家で、インフレ抑制を至上命令とする厳しい緊縮財政がとられ、国家機関やその権限の縮小、地方分権、公営企業の民営化による小さな政府の推進、貿易及び外国投資の自由化、補助金の撤廃等が実施された35。1980年代後半以降のラテンアメリカ諸国による先住民族の自治を含めた独自の権利承認の多くは、自由主義経済政策における地方分権化の一環として進められたものなのである36。ただし80年代に生じた先住民族の自治や土地に対する権利を認めようとする動きには、政府という上からのベクトルだけではなく、下からのベクトル、つまり先住民族側の要求の高まりも存在した。これは、かつてなく雇用状況が悪化する中で、教育と移住によって労働者となったにもかかわらず仕事に就けず、都市で最下層として悲惨な状況に陥った先住民族達がインディオ性を基礎として組織化し37、農村部の先住民族達を煽動して、国家に対す

35� 加茂前掲論文・注(9)、48-51頁;�ロドルフォ・スターベンハーゲン「土着民の逆襲」IMADR-MJPグァテマラプロジェクトチーム(編)『マヤ先住民族 自治と自決をめざすプロジェクト』(2003年)現代企画室、55-56頁。

36� アンリ・ファーヴル(著)、染田秀藤(訳)『インディヘニスモ-ラテンアメリカ先住民擁護運動の歴史』(2002年)白水社、149頁。

37�  フ ァ ー ヴ ル 前 掲 書・ 注(36)、135-138頁。Nancy�Grey�Postero�and�Leon�

Page 15: Kobe University Repository : Kernel神戸法学年報 第24号(2008) 176 り、国連宣言で残された問題について、他の国際的・地域的及び国内的機関

神戸法学年報 第24号(2008)

186

る発言力を強めていったことによる。社会集団を統制する力を喪失したラテンアメリカ諸国の多くは、かつての均一化した「国民」の創設を断念し、多文化主義という新しい概念を支持、その考えを基礎として先住民族に対する新政策の実践を目指した38。国連宣言の起草作業では、ラテンアメリカ諸国が先住民族組織と協力して、権利承認を積極的に支持したと評されているが、その背景には以上のようなラテンアメリカ諸国の政策転換が存在していたのである。 もっとも本章の検討で示したように、自国により大きな影響を及ぼしうる米州宣言案の審議過程において、ラテンアメリカ諸国は先住民族の土地に対する権利を国内法の枠内での承認に制限しようとするアプローチをとっており、それは議長草案に反映されている。また先住民族の伝統的「土地、領域及び資源」に対する権利を一括して規定する国連宣言とは異なり、米州宣言議長草案における先住民族の資源に対する権利の規定方法は、非常に慎重なものになっていることにも留意する必要がある。議長草案第24条第1項は、先住民族が歴史的に占有又は使用する「土地及び領域」に対する権利を保障し、その権利に「水、沿岸海、植物相、動物相及び他の資源並びに環境を、自らと将来世代のために保全する」ことが含まれると規定するが、そこには経済的価値の高い鉱物や石油等の地下資源への言及は避けられている。他方同条7項は、先住民族の領域に存在する「鉱物、地下資源及び他の資源」に対する財産権を国家が有する場合の開発計画の認可条件について規定しており、先住民族の土地及び領域に対する権利の承認が必ずしも先住民族による地下資源の所有権取得を意味しないことを暗示している。これらのことから、米国のみならずラテンアメリカ諸国が先住民族の伝統的領域に眠る地下資源の利権獲得にいかに大きな関心を寄せているかがうかがわれ、それだけ

Zamosc,� “Indigenous�Movements�and�the�Indian�Question� in�Latin�America”,� in�N.�G.�Postero�et al.,�(eds.),�The Struggle for Indigenous Rights in Latin America,�Sussex�Academic�Press,�2004,�pp.20-25.

38 ファーヴル前掲書・注(36)、147-148頁。

Page 16: Kobe University Repository : Kernel神戸法学年報 第24号(2008) 176 り、国連宣言で残された問題について、他の国際的・地域的及び国内的機関

米州における先住民族の土地に対する権利-ラテンアメリカ諸国の葛藤

187

に先住民族の土地及び資源に対する権利を承認することで政府がその利権を手放すことに本当に進んで同意しているのかという疑問がますます大きくなる。ラテンアメリカ諸国は、先住民族の土地及び資源に対する権利を国際宣言や国内法で規定することを受諾するにとどまらず、当該権利を真に具体化しているのだろうか。次章では米州人権裁判所の実行を考察するが、判決に対するラテンアメリカ諸国の態度を含めて検討をおこなう。

II. 米州人権裁判所における先住民族の土地に対する権利 以下ではまず、先住民族の土地及び資源に対する権利の米州人権裁判所による扱いについて、先住民族の集団的財産権を初めて承認したAwas�Tingni共同体事件判決、第三者との権利関係を初めて考察したYakye�Axa先住民族共同体事件判決、及び先住民族の土地における資源開発許可に関して新たな基準を提示したSaramaka民族事件判決を中心として考察する。

1. 判例(1) Awas Tingni共同体対ニカラグア(2001年)39

【事実と判旨】 本件では、ニカラグア政府がAwas�Tingni共同体との事前の協議をおこなわずに、共同体の土地における伐採のコンセッションを付与したことが問題となった。米州人権裁判所は、人権条約が「現在の生活状況に応じて」解釈される必要性を指摘して、米州人権条約第29条を根拠に現代における国際人権文書解釈の発展を考慮し、共同体主義的土地所有形態の伝統を有する先住民族の集団的財産権を第21条が保護していることを認めた。裁判所は、先住民族共同体にとって土地が経済的のみならず精神的重要性を有していることを強調して「先住民族集団は、存在そのものの事実により、自己の領域

39� Inter-American�Court�of�Human�Rights,�The�Case�of� the�Mayagma�(Sumo)�Awas�Tingni�Community�v.�Nicaragua,�Judgment�of�August�31,�2001.

Page 17: Kobe University Repository : Kernel神戸法学年報 第24号(2008) 176 り、国連宣言で残された問題について、他の国際的・地域的及び国内的機関

神戸法学年報 第24号(2008)

188

で自由に暮らす権利を有する」と述べ(paras.149)、「土地財産の真の権利をもたない先住民族共同体にとって、その財産の公的承認を取得し登記されるためには、土地の保有で十分であるべき」とする(para.151)。本件ではニカラグア国内法自体が大西洋岸自治区の先住民族の共同財産権を承認しているが、裁判所は国際人権文書が自律的意味を有しており、それゆえたとえ国内法で承認されていない場合でも、先住民族の集団的財産権が米州人権条約自体に基づいて認められることを示している(paras.146�and�150)。ニカラグア国内法は共同体の土地に対して承認した集団的財産権を具体化する手続を規定せず、土地の権利証は付与されていなかった(paras.119�and�152)。裁判所はかかる状況がAwas�Tingni共同体に不安定な雰囲気を生じさせていることを指摘し、共同体構成員達が、第1に、共同体に属する土地の境界画定及び権利付与を受けること、第2に、境界画定及び権利付与が実行させるまで、共同体構成員達が活動する領域に存在する財産の使用又は享受等に、国家機関又はその黙認の下で行動する第三者が影響を及ぼす行動を控えることについて権利を有するとする(para.153)。以上をふまえて裁判所は、境界画定及び権利付与を実施しなければならない共同体の土地における伐採の許可を外国企業に与えたことにより、ニカラグアが米州人権条約第21条の保障する共同体の財産権を侵害したと認定した(paras.153-5)。裁判所は損害賠償金の支払いに加えて、Awas�Tingni共同体の土地の境界画定をおこない、法的権利付与を実施するようニカラグア政府に命令した(para.173)。

【評価】(ⅰ)判決の意義 米州人権条約には人民の自決権も少数者に属する者の権利も存在しないが、IACHRはその実行の初期から第29条bを根拠に、自由権規約第27条を条文解釈に反映させ、個人の人権に基づく先住民族の集団的保護を認めてきた。しかし、IACHRは同時に主権国家の領土保全の重要性も強調しており、その結果、以前の実行において先住民族に与えられる保護の具体的内容は、

Page 18: Kobe University Repository : Kernel神戸法学年報 第24号(2008) 176 り、国連宣言で残された問題について、他の国際的・地域的及び国内的機関

米州における先住民族の土地に対する権利-ラテンアメリカ諸国の葛藤

189

先住民族が使用又は占有する土地に影響を与える決定への効果的参加の確保にとどめられてきた40。すなわち、先住民族が使用又は占有する土地での開発に国家が無断でコンセッションを付与した本件のようなケースの場合、自由権規約委員会(以下、HRC)の個人通報制度における見解と同様に、先住民族代表との効果的協議をおこなわずにコンセッションを付与した事実をもって違反認定をしていたのである41。本判決は、効果的協議以前の問題として、そもそも先住民族の土地に対する権利を登記や権利証付与という形で公的に承認しなかったこと、またその前提として共同体の土地の境界画定を怠ってきたこと自体を条約違反として認定した点で、新たな一歩を踏み出したと言える。

(ⅱ)先住性の問題 国連宣言及び米州宣言草案、ILO第169号条約、HRC一般的意見23(1994年)及び人種差別撤廃委員会(以下、CERD)一般的勧告23(1997年)は、いずれも先住民族の土地に対する何らかの集団的権利を承認しているが、そこでは「伝統的に」(traditionally)又は「歴史的に」(historically)という文言が使用されており、期間は不明瞭なものの権利が認められるためには、

「先祖代々の」(ancestral)土地と言えるほど相当程度長期にわたる継続的占有又は使用が想定されているようである。ところが本件で問題となっている領域の継続的保有の開始は申立人達からせいぜい3、4世代程度前で「伝統的」というには短い期間であるにもかかわらず、土地に対する集団的権利が承認されている。Awas�Tingni共同体構成員のほとんどは、祖先が代々暮

40� IACHR Report on the Situation of Human Rights of a Segment of the Nicaraguan Population of Miskito Origin,�OEA/Ser.L/V.II.62,� doc.10� rev.3(1983),�Part� II�B,�para.15;� ibid.,�Part�III�A,�para.1;�Part�III�B,�para.3;�Part�II�F,�para.6. See,�also,�the�Yanomami� Indians�v.�Brazil,� IACHR�Resolution�No.12/85(1985),�Case�No.7615,�Considering,�paras.�7-9.

41� 拙稿「自由権規約における少数者保護の展開-個人の人権と集団のアイデンティティー」『人間・環境学』第14巻(2005年)57-63頁参照。

Page 19: Kobe University Repository : Kernel神戸法学年報 第24号(2008) 176 り、国連宣言で残された問題について、他の国際的・地域的及び国内的機関

神戸法学年報 第24号(2008)

190

らしていた土地から移動してきて、1940年代に本件で問題となっている土地に居を構えるようになったのであり、ヨーロッパ諸国による植民地化以前から継続して一定の土地を使用又は占有している他の先住民族共同体と比べれば、Awas�Tingni共同体の継続的保有の期間はかなり短い42。保有期間の短さを考慮してか、本件において裁判所は、「伝統的」や「歴史的」という表現を使わず、「共同体の構成員達が生活し、その活動をおこなっている区域」43等、共同体の現在の活動を基準とする表現を用いている。 1987年ニカラグア国内法がAwas�Tingni共同体を含む大西洋岸地域の先住民族に土地所有権を認めており、共同体に権利が認められる土地の範囲が争われていたので、本件に限っていえば、共同体による土地の継続的保有期間の長短は問題ではない。しかし植民地化以前からという限定を付するのか、あるいは現在まで使用又は占有が継続しておこなわれている必要があるのか等の継続的保有期間の問題は、先住民族に特有の権利を認める根拠や先住民族の定義及び現に権利を有する第三者との関係にもかかわる重要な点であり、国連及びOASにおける権利宣言の起草作業においても論争の対象となった。米州人権裁判所は植民地時代の事実について管轄権を有しないが、判例上、米州人権条約制定以前の人権侵害であってもその効果が現在まで継続している場合、当該継続的侵害について審査をおこないうることが確立している44。しかし本件において裁判所は、先住民族の土地に対する集団的権利を認める根拠を、先住民族とその保有する土地との経済的・精神的結びつきの深さに求めており、過去の植民地主義は問題にしていない。そのためそ

42� 例えば、2004年IACHRが扱ったベリーズのトレド地区のMaya民族共同体は、17、8世紀以来、当該地区に暮らしていた。IACHR�Report�No.40/04,�Case�12.053,�Maya�Indigenous�Communities�of�the�Toledo�District�v.�Belize,�October�12,�2004,�para.92,�127�and�130.

43�� Awas�Tingni�Community�Case,�para.153.44� Jérémie�Gilbert,� “Historical� Indigenous�Peoples’�Land�Claims:�A�Comparative�

and�International�Approach�to�the�Common�Law�Doctrine�on�Indigenous�Title”, International and Comparative Law Quarterly,�Vol.56�(2007),�p.596.

Page 20: Kobe University Repository : Kernel神戸法学年報 第24号(2008) 176 り、国連宣言で残された問題について、他の国際的・地域的及び国内的機関

米州における先住民族の土地に対する権利-ラテンアメリカ諸国の葛藤

191

もそも当該権利は先住民族に特有なものなのか、それとも土地との特別な関係が認められるエスニック集団全般に認められるものなのかが更に問題となる。 この点、Moiwana共同体対スリナム(2005年)45では、17世紀のヨーロッパによる植民化の時代に奴隷として強制的につれてこられたアフリカ人達が森林に逃走して形成した共同体の土地に対する権利が問題となった。裁判所は、Moiwana共同体は先住民族ではないが、彼らが伝統的に使用してきた土地との関係が、先住民族と土地との関係と同様に彼らの文化的・精神的活動及び経済的生存の基礎であることを強調し、第21条に基づき先住民族の集団的財産権を認める判例がMoiwana共同体構成員達にも適用され、土地の正当な所有者として考えられると判断した(paras.130-134)。このことから米州人権裁判所の判例上認められる土地に対する集団的権利は、植民地化以前から存在する先住民族の土地の回復権とは性質を異にし、先住性や継続的保有期間の長短は必ずしも決定的基準ではなく、土地との間に深い経済的・精神的結びつきが認められるエスニック集団全般に適用されうるといえる。

(2) Yakye Axa先住民族共同体対パラグアイ(2005年)46

【事実と判旨】 パラグアイの負債のために19世紀末、Yakye�Axa共同体の伝統的土地の大部分がイギリス企業家達に売却され、先住民族達はその土地の農園に労働者として雇われたが、そこで金銭的及び性的搾取に苦しめられた

(paras.50.10-50.11)。共同体はよりよい生活環境を求めて1986年に彼らの伝統的土地を去り移住したものの(paras.50.12-50.13)、生活状況は改善しなかったため、1993年に伝統的土地の返還(restitution)を求める国内手続き

45� Inter-American�Court�of�Human�Rights,�The�Case�of�the�Moiwana�Community�v.�Suriname,�Judgment�of�June�15,�2005.

46� Inter-American�Court�of�Human�Rights,�The�Case�of�the�Yakye�Axa�Indigenous�Community�v.�Paraguay,�Judgment�of�June�17,�2005.

Page 21: Kobe University Repository : Kernel神戸法学年報 第24号(2008) 176 り、国連宣言で残された問題について、他の国際的・地域的及び国内的機関

神戸法学年報 第24号(2008)

192

を開始した(para.50.15-50.16)。パラグアイ憲法第64条は、先住民族が「自らの生活方法の保全及び発展のために十分な広さと質の土地に対する共同所有権を有する」ことを認め、国家が「これらの土地を先住民族に無償で付与する」ことを規定しており(para.74)、国内法で先住民族の伝統的土地である私有地を収用する手続や条件等が定められている(paras.75-77)。パラグアイ国内法では伝統的土地の現所有者が販売を拒絶し、土地が合理的(rational)に使用されていることを証明した場合、収用は認められない

(para.97)。本件で問題となっている伝統的土地の現所有者である多国籍企業は売買交渉を拒絶しており、関連国内行政機関は土地が合理的に使用されていることを認定し、収用を認めなかった(paras.50.37-38)。さらにYakye�Axa共同体のリーダー達は、共同体構成員達との事前の協議又は同意が存在しなかったとして、2003年10月30日に議会が採択した法令で示された代替的土地を彼らに付与するという提案を拒否した(para.50.61)。 米州人権裁判所は、米州人権条約第21条が個人の私有財産と先住民族共同体構成員達の共有財産の両方を保護しており(para.143)、個人と先住民族共同体による土地に対する権利主張が衝突した場合、国家は条約及び判例によって確立された基準を適用して、事例ごとにその優劣の判断をおこなわなければならないとする(paras.144-146)。その上で国家が具体的かつ正当化される理由により伝統的領域及び共有資源を先住民族に返還する措置をとりえない場合、第21条2項に従って公正な補償がおこわれなければならず、補償の形態には、ILO第169号条約及び米州条約の包括的解釈により、関連先住民族とのコンセンサスが存在しなければならないと述べた(para.151)。本件では、共同体構成員達と国家の間に後者による代替的土地の申し出に関して合意は存在しておらず(para.152)、パラグアイはYakye�Axa共同体構成員達による伝統的土地の効果的使用及び享受を確保するのに必要な措置をとっていないとして、第21条違反認定がおこなわれた(paras.155-156)。

Page 22: Kobe University Repository : Kernel神戸法学年報 第24号(2008) 176 り、国連宣言で残された問題について、他の国際的・地域的及び国内的機関

米州における先住民族の土地に対する権利-ラテンアメリカ諸国の葛藤

193

【評価】(ⅰ)継続的占有の問題 Yakye�Axa先住民族共同体構成員の多くは、1993年に彼らの伝統的土地に隣接する公道沿いに移転したが、現所有者達から土地に立入ることは認められておらず、現在では伝統的土地の使用又は占有をおこなっていない。そのためそもそも先住民族が伝統的土地に対して法的権利のみならず、現在では継続的使用又は占有も失っている場合に、先住民族の土地に対する権利が認められるのかが問題となる。前述したように、国連宣言及び米州宣言案の準備作業では、現に権利を有する第三者の権利を尊重すべく、先住民族が現在所有又は排他的に使用している土地にのみ権利が認められることを明文上示すよう要求されていたが47、当該要求は2008年4月時点まで受け入れられていない。本件で米州人権裁判所は、Yakye�Axa先住民族共同体の伝統、慣習、儀式等と土地との密接な関係を強調して、使用又は占有が現在おこなわれていないにもかかわらず、伝統的土地に対する集団的財産権を承認した

(paras.155�and�216)。 本件と類似した事実関係が問題となったSawhoyamaxa先住民族共同体対パラグアイ(2006年)48で、裁判所はこの問題をより詳しく検討している。そこにおいて裁判所は、先住民族アイデンティティーの精神的及び物質的基礎が伝統的土地との独特な関係に求められることを考慮し、この特別な関係が存在する限り土地の返還請求権は継続するとした(para.131)。さらに土地との関係が伝統的狩、漁及び採集活動によって表現されている場合、先住民族構成員達が自らのコントロールを超える理由に基づき伝統的活動をおこなうことが妨げられているのであれば、土地返還の権利は当該障害がなくなるまで継続すると述べている(para.132)。これらのことからすれば、米州

47� See,� for�example,�オーストラリア及びカナダ、E/CN.4/2003/92(2003),�para.32;�カナダ、�SG/SLA,�DDI/doc.11/03(2003),p.132.

48� Inter-American�Court� of�Human�Rights,�The�Case� of� the� Sawhoyamaxa�Indigenous�Community�v.�Paraguay,�Judgment�of�March�29,�2006.

Page 23: Kobe University Repository : Kernel神戸法学年報 第24号(2008) 176 り、国連宣言で残された問題について、他の国際的・地域的及び国内的機関

神戸法学年報 第24号(2008)

194

人権裁判所の判例上、先住民族の土地に対する権利は、共同体と土地との精神的及び物質的な結びつきを本質として認められるものであり、現に使用又は占有しているか否かは決定的な基準とされていないといえる。

(ⅱ)第三者との権利関係 本件は、土地に対する所有権を現に有する第三者との権利関係が問題となった国際裁判所として初めての事例である。国連宣言及び米州宣言草案の起草過程では現に権利を有する第三者との権利関係が大きな問題になったが、いずれも侵害された土地又は財産の原状回復が不可能な場合の補償を義務づけるにとどまっており(国連宣言第28条、米州宣言IACHR草案第18条7項、米州宣言議長草案第12条)、権利の優劣決定基準は不明確なまま残された。そのため本件で個人と先住民族の土地に対する権利の衝突についていかにして優劣が決定されるのか注目されたが、米州人権裁判所は、判例上確立している財産権に関する一般的な制約基準(財産権の制約は、①法により確立されており、②必要で、③均衡がとれており、④民主的社会の正当な目的を達成するためにおこなわれなければならない)を示しただけで(para.147)、個人と先住民族共同体のいずれの財産権が優位するのかについて判断を控えている。ただし裁判所は、常に先住民族の権利が優位するわけではないとしつつも(para.149)、「先住民族共同体構成員達の先祖代々の権利を無視することは、先住民族共同体及びその構成員達の文化的アイデンティティーの権利や生存権等、他の基本的権利に影響しうる(para.147)」と述べ、「個人の私的所有権の制約は、民主的及び多元的社会の文化的アイデンティティーを保全するという集団的目的を達成するために必要となるかもしれない(para.148)」としていることから、先住民族にとっての伝統的土地の精神的及び物質的重要性に鑑み、先住民族の土地に対する権利をより尊重する必要性を強調しているように思われる49。最終的に裁判所は、土地

49� Jo�M.�Pasqualucci,� “The�Evolution�of� International� Indigenous�Rights� in� the�

Page 24: Kobe University Repository : Kernel神戸法学年報 第24号(2008) 176 り、国連宣言で残された問題について、他の国際的・地域的及び国内的機関

米州における先住民族の土地に対する権利-ラテンアメリカ諸国の葛藤

195

の権利の割当を国家の判断に委ねることで国家主権に一定の配慮を払っているが、先住民族の土地に対する権利を制約する場合にのみ補償形態に先住民族の合意を要求することで、個人の財産権よりも厚い保護を試みているといえるだろう。なお国連宣言及び米州宣言案では、補償の形態について先住民族の合意までは要求されておらず、この点に関して米州人権裁判所による先住民族の伝統的土地保護の要求は両宣言より高いと評価できるが、他方で国家による実現可能性があまりに低い基準を設定した場合、判決不履行の増加により裁判所の威信がかえって低下しうることにも留意すべきである。

(3) Saramaka民族対スリナム(2007年)50

【事実と判旨】 本件ではアフロ系共同体の1つであるSaramaka民族の同意なく、その伝統的領域における森林伐採及び金採掘のコンセッションを国家が付与したことが問題となった。Saramaka民族はその慣習法に基づき伝統的領域に存在するすべての天然資源に対する権利を要求したが、スリナム政府は憲法及び国内法上すべての天然資源の所有権は国家にあり、第三者に対するコンセッションを通じて国家が自由にこれらの資源を処分できると主張し争った

(paras.118-9)。 米州人権条約第21条の保護対象となるのは、先住民族又は種族構成員達の生活方法の継続及び発展のために必要な天然資源であるとした上で

(para.122)、裁判所は森林や水をSaramaka民族の生存に不可欠と認め、彼らが伝統的に使用していない金等の他の天然資源の採掘も生存に不可欠な資源に影響を与えうることを指摘する(paras.126�and�155)。裁判所によれば、第21条に基づく財産権保護は絶対的でなく、判例上確立している要件

Inter-American�Human�Rights�System”,�Human Rights Law Review,�Vol.6�no.2(2006),�p.300.

50� Inter-American�Court�of�Human�Rights,�The�Case�of� the�Saramaka�People�v.�Suriname,�Judgment�of�November�28,�2007.

Page 25: Kobe University Repository : Kernel神戸法学年報 第24号(2008) 176 り、国連宣言で残された問題について、他の国際的・地域的及び国内的機関

神戸法学年報 第24号(2008)

196

に従い制約しうるが、先住民族又は種族の伝統的領域に存在する天然資源の調査又は採集のためのコンセッションを付与する場合、先住民族又は種族としての彼らの生存を否定しないために更に3つのセーフガードを遵守しなければならない。第1に、開発計画の初期段階において合意に達する目的で先住民族又は種族との効果的協議がなされなければならず、第2に、領域内のあらゆる計画について彼らに利益分配(benefit-sharing)する保証をおこない、第3に、独立かつ技術的能力のある実体が国家の監視の下で事前の環境及び社会影響評価を実施するまで領域内でのいかなるコンセッションも発布しないよう確保しなければならない(para.129)。本件の伐採及び金採掘コンセッション発布において、それぞれ3つのセーフガードが実施されていなかったとして条約違反が認定された(paras.154�and�158)。

【評価】(ⅰ)土地と資源の区別 国内法上、土地と資源の権利関係は必ずしも同一ではなく、英米法(コモンロー)諸国では、土地の所有権がその地下の資源の所有権を伴うのに対して、ローマ法(大陸法)諸国では、土地所有権が必ずしも地下資源の権利を伴わず、地下資源は国家が所有しているとされる。石油や鉱石は経済的価値が高いことから後者の事例が多く、特に途上国はそうである51。これまで米州人権裁判所は、土地と資源について権利関係を特に区別することなく扱ってきたが、本件でスリナム憲法が天然資源の所有権を国家に集中させていることを受け、両者を分けて検討した。土地に関して裁判所は、国家により剥奪されたり第三者の不動産権に負かされたりするような土地利用の優先権では十分でなく、先住民族又は種族は自らの土地の永続的利用が保証される権

51� トメイ前掲書・注(34)、33頁。ラテンアメリカの多くの国では地下資源に対する権利を国家が保有している(Osvaldo�Kreimer,� “Indigenous�People’s�Rights�to�Land,�Territories,�and�Natural�Resources� :�A�Technical�Meeting�of� the�OAS�Working�Group”,�Human Rights Brief,�Vol.10�no.2(2003),�pp.13-17.

Page 26: Kobe University Repository : Kernel神戸法学年報 第24号(2008) 176 り、国連宣言で残された問題について、他の国際的・地域的及び国内的機関

米州における先住民族の土地に対する権利-ラテンアメリカ諸国の葛藤

197

利を取得しなければならないとして(para.115)、土地の境界画定及び権利付与を命じている(para.194,�a)。これに対して天然資源については、伝統的領域に存在し、先住民族又は種族としての生存に必要な資源を使用及び享受する権利の承認を要求するにとどまり(para.158)、国連宣言第18条で保障される所有の権利までの言及はおこなっていない。国連及び米州宣言の準備作業は、いずれも先住民族の土地及び資源に対する権利に関する合意達成に困難を極めたが、そこには先住民族の土地に存在する天然資源をめぐる利権闘争が存在したのであり、裁判所は天然資源の所有の権利への言及を控えることで国家主権に一定の配慮をおこなったといえるだろう。

(ⅱ)開発許可の要件 他方で、裁判所は先住民族の領域における天然資源の開発許可について前述の3つのセーフガードを新たに提示し、IACHR及びHRCの実行でも確立している効果的協議の要請に加えて、利益分配と環境及び社会影響評価を実施するという厳しい条件を課した。さらに裁判所は、国連特別報告者Stavenhagen報告書(2003年)が「事前に説明を受けた上での自由な同意が大規模開発計画に関する先住民族の人権保護にとって本質的である」52�と結論づけていること(paras.135)、また他の国際機関が一定の状況では協議に加えて先住民族の同意を要請していることを指摘し(para.136)、先住民族又は種族の財産権に深刻な影響をもたらしうる大規模開発又は投資計画を扱う場合、事前に説明を受けた上での自由な同意(free,�prior�and�informed�consent)まで要求されると述べ(para.137)、本件の森林伐採のコンセッションは大規模開発に該当するとして先住民族の同意を問題にした

(para.147)。 先住民族の同意を一定の状況で要請している国際機関の例として、米州

52� Report of the Special Rapporteur on the situation of human rights and fundamental freedoms of indigenous people, Rodolfo Stavenhagen,�E/CN.4/2003/90�(2003),�para.66.

Page 27: Kobe University Repository : Kernel神戸法学年報 第24号(2008) 176 り、国連宣言で残された問題について、他の国際的・地域的及び国内的機関

神戸法学年報 第24号(2008)

198

人権裁判所はCERDの実行をあげている。同委員会は一般的勧告において「先住民族の権利及び利益に直接関連するすべての決定はその説明を受けた上での同意をなくしておこなわれてはならない」53とし、国別報告書審査では先住民族の伝統的土地における資源開発について事前に説明を受けた上での同意を要求している54。また社会権規約委員会による国別報告書審査でも、開発計画の実施に先立った関連先住民族の同意が要請されている55。かかる国際機関の実行を受けて、先住民族に影響を与える開発計画の実施について、事前に説明を受けた上での自由な同意を得る義務が生じてきているとする見解も存在する56。しかし政府代表の参加により作成された国連宣言及び米州宣言案は、先住民族に影響を及ぼす開発計画について先住民族と事前に協議する義務を課すにとどまり(国連宣言第32条、IACHR草案18条5項、議長草案18条3項及び24条7項)、先住民族の同意を得ることまで要請していない。ただし国連宣言は、先住民族が伝統的に所有又は使用する資源について所有、開発及び管理する権利を認め(第26条2項)、さらに当該資源が事前に説明を受けた上での自由な同意なく損害を受けた場合に救済を受ける権利を規定している(第28条1項)。これに対して国連宣言の総会採択に反対した国家は、事前に説明を受けた上での自由な同意の要請が国家による資源管理への拒否権を先住民族に付与することになるとして強い懸念を表明した57。大規模資源開発により先住民族の生活環境が極端に悪化することもあることからすれば、その実施に先立って関連先住民族の通知を受けた上での自由な同意を得ることは望ましいが、主権国家の資源開発利権への強い執着

53� CERD�General�Recommendation�No.23�(1997),�para.4(d).54� See,� for�example,�CERD�Concluding�Observations�on�Ecuador,�A/58/18(2003),�

para.62.55� Committee�on�the�Economic,�Social�and�Cultural�Rights�(CESCR),�Concluding�

Observations� on� Colombia,� E/2002/22(2001),� paras.761� and� 782;� CESCR�Concluding�Observations�on�Brazil,�E/2004/22(2003),�para.165;�CESCR�Concluding�Observations�on�Ecuador,�E/2005/22(2004),�paras.278�and�301.

56 A.�Xanthaki,�supra note�5,�p.255.57 U.N.�General�Assembly,�Press�Release,�GA/10612(September�13,�2007).

Page 28: Kobe University Repository : Kernel神戸法学年報 第24号(2008) 176 り、国連宣言で残された問題について、他の国際的・地域的及び国内的機関

米州における先住民族の土地に対する権利-ラテンアメリカ諸国の葛藤

199

に根差した多くの反対を考えると、当該義務が国際的又は地域的に慣習法として確立していると現時点で評価するのは難しい。

2. 判決に対する国家の態度 先住民族の土地に対する集団的財産権が認められ、境界画定及び権利付与が命じられた判決は、Awas�Tingni共同体事件以降、Saramaka民族事件判決まで5件存在している。2008年8月時点で米州人権条約を米国及びカナダは批准していない(米国は署名のみ)ため、米州人権裁判所で被告となったのはいずれもラテンアメリカ諸国(ニカラグア、パラグアイ、スリナム)である。ただしIACHRは、条約未批准国であっても米州人権宣言に基づいてOAS加盟国の人権状況を通報制度で審査しうるため、Western�Shoshone先住民族構成員であるDann姉妹が先祖代々の土地の国家による収用を争ったDanns事件(2002年)において米国は被告となっている58。IACHRはその報告書で、Awas�Tingni事件判決及び米州宣言IACHR草案第18条を引用して、米州人権宣言第23条に基づく先住民族の伝統的土地に対する集団的財産権の保障を承認し(para.128-131)、収用手続に姉妹が完全かつ通知を受けた参加を認められなかったことについて違反認定をおこなった(para.171)。これに対して米国は、IACHRが米州宣言草案の観点から米州人権宣言を解釈することは間違っている等と主張し、IACHR勧告に従ういかなる行為をとることも拒否するとの回答をおこなっている(para.176)。米国は国連及び米州宣言の準備作業でとってきた先住民族に土地に対して他の市民と異なる特別な権利を認めない立場をここでも貫いているのである。 ラテンアメリカ3カ国は、裁判所の条約解釈及び判決内容に異議を唱えていないが、2008年8月末までに判決命令の完全履行はいずれも実現していない。もともと米州人権裁判所の判決は履行率の低さで悪名が高いことからす

58� IACHR�Report�No.75/02,�Mary�and�Carrie�Dann�v.�United�States,�December�27,�2002.

Page 29: Kobe University Repository : Kernel神戸法学年報 第24号(2008) 176 り、国連宣言で残された問題について、他の国際的・地域的及び国内的機関

神戸法学年報 第24号(2008)

200

れば59、この結果は当然のようにも思われるが、これら国家は判決を完全に無視しているわけではなく、土地の境界画定及び権利付与以外の命令は以下に見るように履行されているものもある。特に金銭賠償の支払いは、現在解釈判決が要請されているSaramaka民族事件を除いたすべての判決について部分的又は完全履行が認定されている。 2006年12月パラグアイの歴史上初めて、国家機関の代表達が先住民族の悲惨な状況に無関心であったことの責任を認めて謝罪し、米州人権裁判所の命令に従うことを約束した60。パラグアイはSawhoyamaxa先住民族共同体事件判決で命令されていた金銭賠償を支払ったが、期日を過ぎていたため利子の支払が要求されている(Monitoring�2008,�paras.21�and�30)61。また判決に従って水、食料、医療サービスの提供もおこなっているが、定期的でなく、質的及び量的に不十分であることが指摘されている(paras.25�and�30)。Yakye�Axa先住民族共同体事件判決についても類似の実施状況が報告されているが62、両判決で命令された土地の境界画定及び権利付与のための措置は何もとられていない。 Moiwana共同体事件判決を受け、1987年の国家機関による虐殺のために難民又は避難民生活を強いられている人々に対して、スリナム大統領は国家の名において公的に謝罪し、命令された精神的及び物質的損害の金銭賠償と裁判経費について完全履行をおこなった(Monitoring�2007,�pp.6�and�17-19)63。スリナム政府は、同判決で命令された土地の境界画定等を実現す

59� 佐藤文夫「人権実施機関の判断の法的地位」芹田健太郎他(編)『講座国際人権法1 国際人権法と憲法』(2006年)信山社、137頁。

60� Inter�Press�Service,�Paraguay: Fourteen Years in the Wilderness,�August�25,�2008.61� Order� of� the� Inter-American�Court� of�Human�Rights� of�February�8,� 2008,�

Monitoring� Compliance�with� Judgment� of� the� Sawhoyamaxa� Indigenous�Community�case.

62� Resolución�de� la�Corte� Interamericana�de�Derechos�Humannos�8�de� febrero�de�2008,�Caso�Communidad� indíigena�Yakye�Axa�vs.�Paraguay,�Supervisión�de�Cumplimiento�de�Sentencia.

63� Order�of� the� Inter-American�Court�of�Human�Rights�of�November�21,�2007,�

Page 30: Kobe University Repository : Kernel神戸法学年報 第24号(2008) 176 り、国連宣言で残された問題について、他の国際的・地域的及び国内的機関

米州における先住民族の土地に対する権利-ラテンアメリカ諸国の葛藤

201

ることを任務とする国家委員会(NCLR)を設置したが(pp.3-7)、それ以上に境界画定及び権利付与を具体化するための措置はとられていない。 前節でみたように米州人権裁判所の判決は、先住民族の土地に対する権利について他の国際機関よりも高い基準を設定し、その保護を要請している。また現在、ラテンアメリカの多くの国は国内法で先住民族の権利を承認するようになっており、中には自治権や土地に対する集団的権利まで規定する場合もある。しかし実際には、先住民族の土地に対する権利を国内法で承認するラテンアメリカ諸国の多くで権利付与はおこなわれておらず、法と現実が乖離していることが指摘されており64、それを裏づけるように米州人権裁判所の判決も土地の境界画定命令については完全履行された例が存在しない。繰り返し確認してきたとおり先住民族の伝統的土地の多くは経済的価値が非常に高い地下資源の宝庫といわれており、国家がその開発利益を喜んで手放すことは考えがたく、ラテンアメリカにおける先住民族の土地の権利に関する法と現実の乖離は必然ともいえる。ただし先住民族の土地の権利付与には、証言や古文書等の証拠を収集し、他の先住民族共同体との境界紛争や現に権利を有する第三者との紛争を解決する等の困難な作業を必要とし、相当の時間を要することが予見されるため、当該問題について米州人権裁判所の判決及びIACHRの勧告が現実のインパクトをもたないと結論づけるには時期尚早かもしれない。この点に関して、現在、注目すべき2つの動きがラテンアメリカに存在しており、今後の展開が期待される。 第1は、2007年10月ベリーズ最高裁判所(第1審)65がIACHRのMaya先

Monitoring�Compliance�with�Judgment�of�the�Moiwana�Village�case.64� 中野憲志「先住民族の権利とは何か-主権・自決権・オートノミーをめぐって」

IMADR-MJPグァテマラプロジェクトチーム(編)『マヤ先住民 自治と自決をめざすプロジェクト』2003年、75頁。

65� ベリーズには最高裁判所とその上訴審である控訴院が存在する(ベリーズ憲法第94条)。コモンウェルス加盟国であるベリーズの最終審は、イギリスの枢密院となっている。See�http://www.belizelaw.org/judiciary.html�(accessed:�August�20,�2008)

Page 31: Kobe University Repository : Kernel神戸法学年報 第24号(2008) 176 り、国連宣言で残された問題について、他の国際的・地域的及び国内的機関

神戸法学年報 第24号(2008)

202

住民族共同体事件に対する報告書意見(2004年)を引用して、慣習的土地保有に基づく先住民族の土地に対する集団的権利(本件では用益権)を認め、それが憲法で保護される「財産」を構成するというベリーズ史上初の画期的判断をおこなったことである66。本件は、IACHRによる境界画定及び権利付与の勧告が実施されなかったため、Maya民族村落代表が憲法上の財産権違反を国内裁判所に訴えたものである。Conteh首席裁判官は、本件が憲法違反の申し立てでありかつIACHRの見解に拘束力がないことを確認した上で、ベリーズが加盟するOASの機関としてIACHRが同地域における人権を促進及び監視する役割を負っていることを考慮し、IACHRの報告書等を参照する旨を述べている(paras.20-22)。裁判所は、コモンローにおける先住権利理論に基づいて判断をおこなっており、IACHRとは異なる論理構成をとっているが、政府に対してMaya先住民族共同体の伝統的土地の境界画定を実施し、権利承認の公的書類を交付するよう命令しており

(para.136)、実質的にはIACHR勧告の履行要請となっている。 第2に、Awas�Tingni事件判決から7年が経過しているニカラグアでは、以下に見るように境界画定作業が紆余曲折しつつも現在進行中であり、判決に従った先住民族の土地に対する権利付与が初めて実現することに期待が寄せられている。既にニカラグア政府は、裁判所により命じられた金銭賠償を完全に履行している67。土地の権利付与については、2003年1月に大西洋岸

66� Supreme�Court�of�Belize,�Claim�No.171�of�2007,�Judgment�of�October�10,�2007.�S.� James�Anaya,� “Reparations� for�Neglect� of� Indigenous�Land�Rights� at� the�Intersections�of�Domestic� International�Law�–�The�Maya�Case� in� the�Supreme�Court�of�Belize”,� in�Federico�Lenzerini�(ed.),�Reparations for Indigenous Peoples : International & Comparative Perspectives,�2008,�Oxford�University�Press,�pp.567-603.

67� S.� James�Anaya,� Indigenous Peoples in International Law,� 2nd� edition(2004),�Oxford�University�Press,�p.269;�Order�of� the� Inter-American�Court�of�Human�Rights�of�May�7,�2008,�Monitoring�Compliance�with�Judgment�of�the�Awas�Tingni�Community�case,�p.12.�See,�also,�University�of�Arizona,� Indigenous�Peoples�Law�&�Policy�Program,�http://www.law.arizona.edu/depts/iplp/advocacy/awastingni/index.cfm?page=advoc�(accessed:�August�20,�2008).

Page 32: Kobe University Repository : Kernel神戸法学年報 第24号(2008) 176 り、国連宣言で残された問題について、他の国際的・地域的及び国内的機関

米州における先住民族の土地に対する権利-ラテンアメリカ諸国の葛藤

203

先住民族の土地境界画定と法的権利付与のための規則及び手続を定めた新法をニカラグア議会が採択し(Monitoring�2008,�para.9)、Awas�Tingni共同体が新法の下で土地の権利を取得する最初の共同体になることが宣言された。さらにニカラグア大統領は、裁判所判決の実施を監視する顧問を任命した

(para.14)。他の先住民族共同体が同領域について所有権を主張したこともあり境界画定作業はしばらく滞っていたが、2007年2月北部自治地域評議会の境界画定委員会により採択された決議を北大西洋自治区地域評議会が承認したことで、両共同体間の境界紛争は解決し(para.30)、Awas�Tingni共同体は20000ヘクタールを受領することになった。境界画定委員会は、さらなる遅延なくAwas�Tingni共同体の土地の全領域(決議によれば、総計73394ヘクタール)について境界画定及び権利付与を実現するようにその責めを負う政府機関に要請した。しかしその後、さらに別の先住民族共同体が土地の所有権を主張したため、再び境界画定作業は中断している(para.20)。2008年の判決履行監視において米州人権裁判所は、ニカラグアが判決に従って金銭賠償を実施し、境界画定及び権利付与の効果的なメカニズムを創設するために必要な措置をとったことを認定し、さらに境界画定及び権利付与の命令を迅速に実施するように要請した(p.12)。 他の先住民族共同体との境界紛争という難題を抱えているものの、Awas�Tingni事件判決は、ニカラグア政府を動かし、その画期的判決内容を現実のものにするプロセスを着実に歩んでいる。しかしニカラグア政府は判決直後から履行に積極的であったわけではなく、権利付与を具体化する作業が始められた背景には、マスメディアの積極的な導入、世界銀行に対する働きかけ、判決後の法案作成における議会や政党へのロビーイング等、先住民族組織自体の活発な活動と、それに対するアリゾナ大学先住民族法情報センター等による法的及び経済的支援が存在していたことを指摘できる。判決履行のプロセスには、ニカラグア及び米国の弁護士、人類学、民俗学やその他の専門家等多数のアクターが関わっており、国内外からの積極的な圧力をニカラグア政府も無視することが出来なくなったと考えうる。特に注目されるの

Page 33: Kobe University Repository : Kernel神戸法学年報 第24号(2008) 176 り、国連宣言で残された問題について、他の国際的・地域的及び国内的機関

神戸法学年報 第24号(2008)

204

は、1998年7月に世界銀行がニカラグアに対する財政援助政策の条件として、Miskito及びMayagna共同体の伝統的土地を境界画定する特別計画を実施するよう政府に要請していたことである68。世界銀行がこのような条件を援助政策に課すのは初めてであったが、その背景には、先住民族が渉外委員会を設置し、先住民族の権利を侵害するニカラグア政府に援助をおこなわないよう世界銀行に働きかけたことや、先住民族側が積極的にマスメディアに働きかけた結果、米州人権裁判所の判決が出る前から、当該事件に対する関心が世界的に高められたことも指摘できる。IACHRが1998年3月に承認した報告書において既に、大西洋岸の先住民族共同体の共有地をニカラグア政府が境界画定しなかったことをもって条約違反を認定し、境界画定の迅速な実施を勧告していたことが69、世界銀行によるかかる条件づけに正当性を付与した可能性も考えられる。

おわりに 米州における先住民族の土地に対する権利に関して、本稿の検討から次のような発展が認められた。第1に、米州宣言議長草案でIACHR草案では承認されなかった先住民族の自決権が規定され、米国及びカナダの反対にもかかわらず、作業部会第11会合まで当該条項は維持されたまま審議が進められていること。第2に、Awas�Tingni事件判決以降、米州人権裁判所は先住民族の土地に対する集団的財産権を承認し、土地の境界画定及び権利付与を命令する実行が確立しており、先住民族の土地での資源開発許可についても他の国際及び地域的人権条約実施監視機関より厳しい基準を設定している。このような発展が米州で可能となった背景として、90年代の経済成長にも

68� J.�Anaya�and�R.�A.�Williams,�Jr.,�“The�Protection�of�Indigenous�Peoples’�Rights�over�Lands�and�Natural�Resources�Under� the� Inter-American�Human�Rights�System”,�Harvard Human Rights Journal,�Vol.14�(2001),p.38.

69 Awas�Tingni�Community�Case,�para.25.

Page 34: Kobe University Repository : Kernel神戸法学年報 第24号(2008) 176 り、国連宣言で残された問題について、他の国際的・地域的及び国内的機関

米州における先住民族の土地に対する権利-ラテンアメリカ諸国の葛藤

205

かかわらず貧富の差が拡大した結果、反ネオ・リベラリズムを掲げる先住民族組織が、2000年代のラテンアメリカの多くの国家及び地方政治においてますます発言力を強めていることを指摘した。現在、ラテンアメリカには国内法で先住民族の自治や土地に対する集団的権利を承認する国も複数存在する。 しかしこのような規範面での発展にも関わらず、実際には先住民族の土地に対する権利付与はラテンアメリカの多くの国でおこなわれておらず、米州人権裁判所による権利付与命令も完全履行された例は存在していない。ラテンアメリカ諸国は、先住民族の土地に対する権利を宣言又は国内法で抽象的に保障することには積極的であっても、現実の権利付与には消極的で、先住民族の土地に対する権利は名目にとどまっているのである。ラテンアメリカ諸国が先住民族の土地に対する権利付与に消極的な理由として、1つには、長きにわたる中央集権の伝統にどっぷり浸かったラテンアメリカ諸国の多くの政府が、先住民族が最も強く要求するオートノミー(自律/自治)に対して特に強い警戒心をもっていることがあるといわれる70。第2に、より本質的な問題として、先住民族の土地に未開発のまま眠っているといわれる豊富な天然資源を武器に、経済発展を遂げようとするラテンアメリカ諸政府の思惑を指摘できる。新自由主義経済の下、外資が急速に参入する環境が整う中、徹底した経済の自由化を通じて比較優位を強めようとすると、天然資源が豊富なラテンアメリカ国家の多くでは、非効率な製造業は見限られ、天然資源の開発と輸出に資本が集まることになる71。未開発の天然資源の6割以上が世界各地の先住民族と少数民族の土地にねむっているといわれる現在、経済発展の鍵となる天然資源の管理権を、政府が喜んで先住民族に差し出すわけがないことは明らかである。そのため国内法において先住民族の土地に対する権利が認められていても、登記や権利証の交付等により権利を公的に承認する手続がおこなわれず、外国企業に対するコンセッションが先住民族

70 スターベンハーゲン前掲書・注(35)、59頁。71 遅野井茂雄「南米・新自由主義革命の明暗」加茂前掲書・注(9)、226頁。

Page 35: Kobe University Repository : Kernel神戸法学年報 第24号(2008) 176 り、国連宣言で残された問題について、他の国際的・地域的及び国内的機関

神戸法学年報 第24号(2008)

206

に無断で政府により付与されることも少なくない72。 ラテンアメリカ諸国は、国連宣言よりも自国への影響が大きい米州宣言の起草作業において、先住民族の土地に対する権利を国内法の枠内で認めようとするアプローチをとっていることが本稿により明らかになった。当該アプローチは、同地域における政府と先住民族組織が決して一枚岩ではないことを示すと同時に、1980年代初めの経済破綻の結果、新自由主義政策に転換したラテンアメリカ諸国の多くが抱えている葛藤をそのまま反映していると言えるだろう。すなわち米国同様、先住民族の土地に豊富に眠る天然資源の開発利益を手中に収めたいとの思惑がある一方で、ラテンアメリカ民衆一般に広がっている反米、反ネオ・リベラリズム感情の高まりを背景に、国内及び地方政治における先住民族組織の影響力が無視できないほどに大きなものとなっているという葛藤である。現在、ボリビアのモラレス大統領及びベネズエラのチャベス大統領に代表されるラテンアメリカの反米政権は、反ネオ・リベラリズムを国家政策として掲げ、資源国有化をおこなっているが、両国は共に先住民族の自治権又は土地に対する権利を憲法で規定している。1994年ボリビア憲法は、先住民族共同体の自治を認め、1999年ベネズエラ憲法は、先住民族の伝統的土地に対する権利を固有なもの(originary�rights)、つまり国家の承認に関係なく存在する権利、として規定する。このような資源国有化を推し進める国家では、ボリビアのように先住民族が国民の多数派を占める場合は特に、先住民族の土地の権利に関する葛藤が、先住民族の権利を国家の権利と同一視することで解消される危険性は否定できない。 最後に、自由・民主主義との関係で、ラテンアメリカにおける先住民族の権利には、自決権にも類似した、相反する2つの側面があることも指摘したい。自決権には、反帝国主義・反自由主義のイデオロギー的役割を果たした外的自決と、冷戦解消後により顕著になった自由・民主主義に結びつく内的

72� 青西靖夫「先住民族の権利と鉱山開発」藤岡美恵子他(編)『グローバル化に抵抗するラテンアメリカの先住民族』(2006年)現代企画室、63頁。

Page 36: Kobe University Repository : Kernel神戸法学年報 第24号(2008) 176 り、国連宣言で残された問題について、他の国際的・地域的及び国内的機関

米州における先住民族の土地に対する権利-ラテンアメリカ諸国の葛藤

207

自決という二側面がある。21世紀のラテンアメリカにおける先住民族の権利には、前述した反ネオ・リベラリズムのイデオロギー的役割が担わされていると同時に、同地域における民主主義の実現にも重要な期待がかけられている。1990年代にラテンアメリカ諸国は相次いで民主化を遂げ、かつて反共を原則として結束したOASは、冷戦解消後、米州の民主主義の集団的防衛を基礎として再生を図っており、2001年9月には米州民主主義憲章を採択した73。民主化の実現と相まって高まった先住民族組織の発言力を背景に、ラテンアメリカでは、かつての「均一的な市民」から構成される同質的な国民国家ではなく、先住民族の独自性を承認する「多様な市民」から構成される「多文化国家」の実現が求められている74。共生を前提とした民主型統合が、現在のラテンアメリカの最重要課題なのであり、そこにおいてラテンアメリカの先住民族の権利は、民主主義と結びつけられているのである。

 本稿は、平成19年度科学研究費補助金(特別研究員奨励費)による研究成果の一部である。

73� 遅野井前掲論文・注(71)、272-273頁;�堀坂浩太郎「地域統合」加茂前掲書・注(9)、374頁。

74� Deborah�J.�Yashar,�Contesting Citizenship in Latin America : The Rise of Indigenous Movements and the Postliberal Challenge,� Cambridge�University� Press,� 2005,�pp.281-308.


Recommended