2009年10⽉3⽇京都産業⼤学⼯学部⽣物⼯学科
⼋杉 貞雄
内容はじめにー20世紀実験発⽣学の系譜オーガナイザーの発⾒オーガナイザーの⽣物学的性質オーガナイザーの分⼦⽣物学オーガナイザー研究のもたらしたもの
オーガナイザー研究の歴史と新展開2009年 ⾼校教職員のための 発⽣⽣物学リカレント講座
平成19年3⽉16⽇発⽣プログラム研究室(⾸都⼤学東京)⼋杉 貞雄
⽬次I はじめにー20世紀実験発⽣学の系譜II ニワトリ胚消化器官の発⽣III 消化器官の発⽣と上⽪ー間充織相 互
作⽤、遺伝⼦の発現と機能IV 再⽣医科学への関⼼
シュペーマンに憧れた⻘年はどのように歩んだか
Darwinの進化理論(1859-)→⽐較発⽣学の発達Roux, Drieschによる実験発⽣学の創設
Roux:カエル半胚の発⽣能⼒に関する研究→モザイク説発⽣機構学の提唱 (Roux’s Archivの出版)
Driesch: ウニ胚の研究→調節的発⽣(⽣気論的)Spemannによるオーガナイザーの発⾒(発⽣⽣物学の⾦字塔)
イモリ胚を⽤いた分化能の継時的変化と誘導の概念20世紀の発⽣学はSpemannの⼿の中の孫悟空!
20世紀実験発⽣学の系譜
誘導現象を報告したシュペーマンとその実験
原⼝背唇部は神経管等を「誘導」し、新しい体制を「オーガナイズ」した→「オーガナイザー」 (1924)
⼋杉貞雄
SpemannとMangoldがOrganizerを発⾒したと発表した論⽂の表紙
(ドイツ語)著作権の都合上掲載できません。
H. Spemannの略歴1
1869年6⽉27⽇ シュトットガルト⽣まれ1888年ー1891年 本屋の徒弟1889年ー1890年 兵役1991年 ハイデルベルク⼤学医学部1892年 Klara Binderと結婚1892年 ミュンヘン⼤学に転学1893年 ヴュルツブルク⼤学(Theodor Boveri教授のもとで
学位論⽂、1894年)1894年 助⼿。実験発⽣学の開始。両⽣類の重複胚、眼の
形成。1904年 助教授。1908年 ロストックの教授。眼の形成に関する⼤論⽂。神
経原基の分化。内臓の左右性。1914年 ベルリン・ダーレムのカイザー・ウイルヘルム研
究所
H. Spemannの略歴2
1914年 ベルリン・ダーレムのカイザー・ウイルヘルム研究所(Warburg, Hartmannなど)。原腸胚における移植実験。決定の概念。
1919年 フライブルク⼤学。1921年 Hilde Mangoldとともにオーガナイザーの発⾒(1
924年論⽂)。1935年 ノーベル賞(胚の成⻑における誘導作⽤の発⾒)1941年 フライブルク⼤学退職。1941年9⽉12⽇ 逝去
O. Mangold(佐藤忠雄訳) 発⽣⽣理学への道. ハンス・シュペーマンの⽣涯と業績. 法政⼤学出版会 (昭和37年)より
オーガナイザーはどのような働きをするか
・原腸陥⼊を引き起こす細胞の移動を誘起する。・⾃らは脊索に分化しつつ、隣接する外胚葉を神経板に誘導する。・体の前後軸を決定し、外胚葉,中胚葉,内胚葉の分化をもたらす。
⼋杉貞雄
オーガナイザー活性を持つ物質の探求
・オーガナイザーをアルコール処理しても有効→化学的因⼦であろう
・多くの成体器官・組織も有効例:肝臓(前脳部域の構造を誘導)
腎臓(後脳、胴・尾部構造を誘導)⾻髄(中胚葉組織、⼩腸、胃などを誘導)
・ニワトリ胚からの因⼦(H. Tiedemann)神経誘導因⼦と植物極化因⼦(中胚葉誘導因⼦)
・”new Yukon to which eager miners were now rushing to dig for gold around the blastopore” (R. G. Harrison)
オーガナイザーの形成・オーガナイザー⾃⾝はどのようにして形成されるのか
・オーガナイザー活性を持たないアニマルキャップと背側の植物半球の細胞を共培養すると、オーガナイザー活性を持つ中胚葉組織(体節、脊索)が分化する。
→オーガナイザーは背側内胚葉によって「誘導」される 。(Nieuwkoopセンター)
オーガナイザーとNiewkoopセンターの模式図S. F. Gilbert Developmental Biology, 8th ed.からの抜粋著作権の都合により掲載できません
ディシェベルド
卵
精⼦
表層回転
腹側 背側
ディシェベルド Dishevelled
βカテニン Cateninを安定化→核に移⾏
シアモア Siamois、ツイン Twin遺伝⼦の転写
グースコイドGoosecoid遺伝⼦の転写
Smad2/4
オーガナイザー関連遺伝⼦の発現
受精
受精からオーガナイザーの成⽴まで
BMPとその拮抗因⼦の関与
・アニマルキャップの細胞を単離して培養すると神経になる(初期状態defaultは神経である)。
・⾻形成タンパク質-4 (BMP-4)を加えると表⽪が分化する。BMP-2, BMP-7も有効。
・胚の腹側からBMP-4が分泌され、オーガナイザー領域はBMPと拮抗する因⼦を放出して、神経を分化させる。
・拮抗因⼦としてノギンNoggin, コーディン Chordin, フォリスタチンFollistatinが同定された。これらの因⼦は、オーガナイザー領域から分泌され、BMPと結合して、BMPが受容体に結合することを阻⽌する。
オーガナイザーで働く遺伝⼦産物
・BMPと拮抗する物質(ノギン, コーディン,フォリスタチン)
・その他の分泌タンパク質(サーベラス,ディックコップ, Frzb)
・オーガナイザーの成⽴に関わる転写因⼦(シアモア, グースコイド)
・オーガナイザーの維持に関わる転写因⼦(XANF1, ピンタラビス,Otx2, Lim1, Not)
⾸都⼤学東京福⽥公⼦
BMPとBMP拮抗因⼦の重要性
アフリカツメガエル胚の神経を可視化した図。著作権の都合により掲載できません。
ノギン、コーディン、フォリスタチンを阻害すると神経がほとんどできない。
BMPの活性を阻害すると外胚葉はほとんど神経に分化する。
ニワトリ胚におけるオーガナイザー(ヘンゼン結節)
ニワトリ胚におけるオーガナイザー説明図著作権の都合により掲載できません。
ニワトリ胚のオーガナイザー
・ニワトリ胚では、オーガナイザー(ヘンゼン結節)でコーディンが発現するが、コーディンを予定表⽪域に発現させても神経は分化しない。マウスでもコーディン、ノギン変異体で神経形成に異常がない。→アフリカツメガエルと⽺膜類ではオーガナイザーの因⼦が異なるらしい。
・ニワトリ胚では結節に発現する繊維芽細胞成⻑因⼦(FGF)が重要らしい。
⾸都⼤学東京福⽥公⼦
Viktor Hamburger (1900-2001)Spemannの研究室において研究した。
ニワトリ胚を用い、神経細胞の生存が、標的組織の量に依存することを発見した。これにはオーガナイザーの考えが重要であったという。
Hamiltonとともに、ニワトリ胚発生段階表を作成し (1951)、今日でもそれがスタンダードになっている。
Levi-Montalciniを招聘し、神経の成長を促す因子の研究に着手した。のちに Cohenも参加して、「神経成長因子 Nerve growth factor (NGF)」の発見につながり、MontalciniとCohenは、1986年のノーベル賞を受賞した。
The Heritage of Experimental Embryology: Hans Spemann and the Organizer (1988)
Spemann学派の発展 1 Hamburger
Rita Levi-Montalcini (1909-)
Hamburgerとともに、神経成長の研究。ある種の腫瘍が
神経の成長を促すことを発見。物質が核酸であるかタン
パク質であるかを調べるために蛇毒(核酸の構造を破壊
する)を用いた→神経の一層の成長!哺乳類の唾液腺
(ヘビの毒腺と相同)にもその作用。
Steve Cohen (1922-)とともに有効物質の精製→NGF(CohenはEGFも発見→その後の多くの成長因子の発見
のさきがけ)
1986年 ノーベル賞
Spemann学派の発展 2 Levi-Montalcini
神経栄養因子神経成長因子 (NGF)脳由来神経栄養因子 (BDNF)ニューロトロフィン 3 (NT-3)
表皮成長因子(EGF) ファミリーEGF形質転換成長因子-α (TGF-α)
繊維芽細胞成長因子 (FGF) ファミリーFGF (少なくとも22種類)
形質転換成長因子β (TGF-β) ファミリーTGF-βノーダル Nodal、ノーダル関連タンパク質 Nodal-
relatedインヒビン inhibin/アクチビン activin骨形成タンパク質 (BMP)ファミリー (30種類以上)
血小板由来成長因子 (PDGF) ファミリーPDGF血管内皮成長因子 (VEGF)
造血成長因子エリスロポエチンコロニー刺激因子 (CSF)トロンボポエチン
インスリン様成長因子 (IGF) ファミリーIGF-1IGF-2
腫瘍壊死因子 (TNF) ファミリーTNF-αTNF-β
・オーガナイザー因⼦の研究とともに(あるいはそれに先駆けて)中胚葉誘導因⼦の研究が進⾏した。
・アクチビンactivinがその候補としてあげられた。その後中胚葉誘導因⼦の研究は急速に進んだ。
ノーダルタンパク質=ノーダル関連タンパク質Xnr1,2,4
⼋杉貞雄
H. Tiedemannと浅島 誠・Heinz Tiedemann (1923-1999):誘導物質の探索
Heinz Tiedemannは Otto Warburg(ノーベル賞受賞の⽣化学者)の
弟⼦。夫⼈のHildegard Tiedemannは Otto Mangold
(Spemannの弟⼦)の弟⼦。
・浅島 誠:H. Tiedemannのところに留学中胚葉誘導因⼦としてのアクチビンの発⾒→アクチビンによるアニマルキャップ細胞の分化→幹細胞としてのアニマルキャップ細胞→幹細胞の研究
幹細胞の研究
M. Asashima
ニワトリ胚消化器官の形態形成と分化ー組織間相互作⽤
⽔野丈夫 ⼋杉貞雄 福⽥公⼦
内腔上⽪(cSP, Sox2)
IFABP, CdxA
尿嚢
間充織による上⽪分化の誘導
ニワトリ胚前胃と砂嚢の実験は⾼等学校教科書に採⽤されている
三省堂と実教出版の教科書著作権の都合により掲載できません。
消化管上⽪の特性を決定する遺伝⼦群
Shh, cGATA5, HNF-3ß
前⽅と後⽅領域の確⽴ 前⽅: cSox2後⽅: CdxA
前胃領域決定の鍵遺伝⼦(?)
上⽪間充織
前⽅ 後⽅
⾷道 前胃 砂嚢
間充織からの誘導作⽤BMP2, FGF10, 細胞外基質 等細胞内シグナル伝達システム
内腔上⽪未分化腺上⽪
機能的腺上⽪
内腔上⽪と腺上⽪の領域の成⽴
Shh, EGFR,Notch-Delta
腺上⽪の機能的分化(ECPg遺伝⼦の発現)内腔上⽪の分化(cSP遺伝⼦の発現)
GATA転写因⼦群,cSox2, smad転写因⼦群
前胃腺形成と機能分化に⾄る遺伝⼦発現のカスケード
未分化前胃上⽪
消化管内での領域化
前胃内での領域化
今⽇の講義のまとめ
・ Spemannによるオーガナイザーの発⾒は、発⽣⽣物学のもっとも重要な業績の⼀つである。とくに「誘導」の概念。器官形成においても重要である。
・Spemannの研究はその後、多くの分野での研究に引き継がれた。成⻑因⼦の発⾒、機能の研究は発⽣⽣物学のみならず、⽣理学、腫瘍学などの分野でも重要である。
・オーガナイザーの成⽴と維持、働きには多くの成⻑因⼦、転写因⼦の共同作業が必須であり、まだ完全には解明されていない。
・両⽣類以外の脊椎動物のオーガナイザーの分⼦機構は両⽣類のそれとは少し異なるらしい。今後の研究が必要である。