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Title 江戸時代後半における命名習慣のケーススタ …...©Anja...

Date post: 22-Apr-2020
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Title 江戸時代後半における命名習慣のケーススタディ Author(s) Collazo, Anja Citation 言語科学論集 = Papers in linguistic science (2014), 20: 49-61 Issue Date 2014-12 URL https://doi.org/10.14989/196761 Right Type Departmental Bulletin Paper Textversion publisher Kyoto University
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Title 江戸時代後半における命名習慣のケーススタディ

Author(s) Collazo, Anja

Citation 言語科学論集 = Papers in linguistic science (2014), 20: 49-61

Issue Date 2014-12

URL https://doi.org/10.14989/196761

Right

Type Departmental Bulletin Paper

Textversion publisher

Kyoto University

©Anja Collazo、「江戸時代後半における命名習慣のケーススタディ」

『言語科学論集』、第 20号 (2014)、pp. 49-61

江戸時代後半における命名習慣のケーススタディ

Anjaア ン ヤ

Collazoコ ヤ ソ

京都大学大学院

[email protected]

キーワード:名称学、命名習慣、江戸時代、ケーススタディ、量的調査

1. はじめに

日本における命名習慣は古代から現代にいたるまで、様々な変遷を経て発展してきた。命

名は社会的背景と深く結びついており、概括的にいうと、古代にアニミズム的信仰の影響が

強く(角田 2006)、中世を経て江戸時代まで裕福を願う名づけが普及してきた(坂田 2006, 大

藤 2012)。

本研究では、江戸時代の農村における命名習慣を調査し、18世紀後半から 19世紀半ばに

いたるまでの人名の特徴について考察する。量的調査により、2つの地域の宗門人別改帳 1

に記載されている名前の実例を分析し、類似点と相違点を探る。特に、名前の使用回数と、

男性名と女性名の違いおよび幼少期と成人期の名前の違いに焦点を当てる。

1.1 実名敬避俗

古代日本において、ある言葉とその言葉によって称されたものとの間に直接的な霊的結び

つきがあるという信仰があり、これを「名実一体観」という(豊田 1988)。その信仰によっ

て、人の本名を発言することでその人を操ることができると考えられたため、本名は言葉に

してはならない「忌み名」とされ、この習慣は実名敬避俗と呼ばれる(穂積 1992)。

1.2 複名俗

実名の使用を控える社会において、複名俗が生じ、近代以前の日本では、こうした一人に

いくつかの名前が付けられる習慣が盛んであった(角田 2006)。状況によって違う名前が用

いられたり、または、個人の成長に伴って、成人儀式、結婚など人生の節目ごとに新しい名

前が与えられる(坂田 2006)。

名前の種類は様々であるが、ここでは本調査に特に関係するものを挙げる。まず、諱いみな

(忌

み名とも)というのは、戸籍などの公的な場面で使用される人の本名(あるいは実名)を指

す。江戸時代の庶民の間では、これは成人期に名乗る名前でもあるが、それとは対照的に、

幼少時の名前である童名わらわな

がある。他に、日常生活で使われる字あざな

2、法名、号などもあるが(角

田 2006)、本論文では宗門人別改帳に記録される名前のみを対象とする。

50

2. 調査対象

2.1 地域

宗門人別改帳のデータとして「江戸時代における人口分析システム (DANJURO ver.5.0) 3」

という電子化されたものを扱う。なお、本調査では、庶民の名前だけを対象とする。計 6つ

の村の宗門人別改帳を扱い、地域的に近い村を 1つの地域と見なし 4、以下の 2つのサンプ

ルにまとめた。

サンプル A: 陸奥国会津郡小松川村、石伏村、鴇巣村、大沼郡桑原村

(現福島県南会津郡下郷町、只見町、南会津町、大沼郡三島町)

サンプル B: 摂津国八部郡花熊村、武庫郡上瓦林村(現兵庫県神戸市中央区、西宮市)

こうした限られた地域のデータの分析を一般化はできないが、互いに離れている地域であ

るため、両方に見られる様子は、ある程度までの普遍性を示していると考えられる。

2.2 期間

各地域に関して、1750年から 1868年までのデータを分析した。それぞれの村におけるデ

ータの期間を以下の図 1で表している。

2.3 人数、名前の数

本サンプルにおいて、改名する人を多く観察することができた。なお、「母」、「女房」、

「祖母」などという形で記録された名前をサンプルから排除したため、人数と名前の数が一

致していない。詳細な人数と名前の数を図 2で表している。合計で男性名 4367個と女性名

2429個を分析した。

図 1 各サンプルにおけるデータ期間

花熊村

『言語科学論集』第 20号 (2014) 51

2.4 年齢構成

各サンプルにおける年齢構成はほぼ同じである。サンプル Aで男女ともに平均年齢は 35

歳であり、サンプル Bでは、女性の平均年齢が 31歳、男性の平均年齢は 32歳である。

本論文で年齢は数え年 5で挙げられる。

サンプル A、男性の年齢構成 サンプル A、女性の年齢構成

サンプル B、男性の年齢構成 サンプル B、女性の年齢構成

図 3 各サンプルにおける年齢構成

0 500 1000 1500 2000 2500

サンプルA

サンプルB 女性名

女性

男性名

男性

図 2 各サンプルにおける人数と名前の数

52

3. 観察と分析

以下、各サンプルにおける男性名と女性名の特徴、および名前の使用回数について詳しく

述べる。

3.1 名前の頻度

名前の実例を頻度順に整理してから、各サンプルにおける名前の使用回数を数えたところ、

各サンプルで似たようなグラフとなった(名前の頻度順リストは付録参照)。同じ住民は毎

年の記録に記入されているので、それぞれの個々人の名前は 1回しか数えていない。

サンプル Aにおける男性名の使用回数 サンプル Aにおける女性名の使用回数

サンプル Bにおける男性名の使用回数

サンプル Bにおける女性名の使用回数

図 4 各サンプルにおける名前の使用回数

1回しか使われていない名前が大半であることが目を引く。サンプル Aにおいて、こうし

た男性名は 29% 、女性名では 11%を占める。また、サンプル Bでも同様に、男性名の 25.7%、

『言語科学論集』第 20号 (2014) 53

女性名の 11.3% が 1回だけ使用される。女性名では複数回使われる名前が男性名より多いこ

とが分かる。

以下、複数回使用される名前が少ない理由について考察し、仮説を立てる。

3.1.1 名前の構成

まず、使用回数の多い名前と使用回数の少ない名前を比較したが、形式的な違いがあまり

見受けられなかった。男性名では基本的に、2つの語根を組み合わせたもの(亀松など)と、

1つの語根に語尾が付くもの(新兵衛など)という 2つの構成があったが、女性名はほぼ全

て 2モーラという形であるため、なおさら形式的な違いが考察できない。同じ構成の名前で

あっても、頻度が大きく異なるが故に、単なる珍しい名前が多く、それによって使用回数が

少なくなっていたということは、理由としては除けられるといえよう。

表 1 頻度の多い男性名と少ない男性名の比較

頻度の多い名前(使用回数) 頻度の少ない名前(使用回数)

亀松(14回)、岩松(12回)、鶴松(10回)、 国松(2回)、岸松(1回)、梅松(1回)、

治郎左衛門(11回)、次右衛門(8回) 次左衛門(4回)、治郎右衛門(2回)

男性名の方では、語根+語根、または、語根+語尾という構成により、組み合わせの選択

肢が多く、各名前の使用回数が自然に少なくなることも考えられる。ただし、女性名の構成

が比較的単純なものであるにもかかわらず、男性名ほどではないとはいえ、使用回数の少な

い名前が多いため、構成の他の要因として、社会的理由もあったのではないかと思われる。

上記に述べたように、明治以前の日本は、実名敬避俗の習慣が根付いていた社会であった

ので、こうして実名の使用を控える環境で、人々は名前が被ることも避けようとしていた可

能性がある。さらに、名前に関わる俗信も使用回数に影響を与えたと考えられる。以下、詳

しく述べる。

3.1.2 名前に関わる俗信

頻度の多い名前に関して、それぞれが使用される年を調べた。使用回数の多い名前は各年

で似たような割合で付けられるか、またはある時期に大変流行した、という可能性が考えら

れる。しかし、各年における実際の使用回数を観察したところ、ある名前が使用されている

年間に、その名前がまったく使われない年間が挟まっている。その名前が出現する年におけ

る使用回数は、何人かという程度であり、大流行したとはいえないような数である。そのた

め、流行よりは、安定した人気があり、一時的に何らかの理由で使われなくなっているよう

に見受けられる。

この現象の原因を考察してみた。サンプル Bの方では、ある名前の持ち主に不幸が起きる

と、その名前が避けられるようになる状況を観察できる。

健康である親戚の名前を新生児に与える習慣および、名づけ親として、良い性質を持って

いる人が選ばれる習慣があった(大藤 2012)。こうした幸運を引き寄せるような方法があり、

54

それと同時に、辟邪名 6を付けるような不幸をそらすための方法もあった(角田 2006)。不

幸に遭った人の名前を避けるというのはこうした方法の一つではないかと考えられる。

「亀松」という童名に関して、これを裏付ける説明的な情報を挙げる 7。サンプル Bにお

いて、「亀松」は使用回数が比較的に多い名前である。しかし、使用される年を比較したと

ころ、まったく使われない年もあるということが分かる。各年における使用回数を図 5で挙

げている。1750年から 1755年まで、「亀松」という男子が 3人いる。1755年に、4人目が

生まれ、すぐに死亡してしまう。すると、同年に、他の 3人が改名して、その村で、「亀松」

という名前が 1762年まで、7年間も使用されなくなる。1784年に再び、「亀松」と名づけ

られた児童が出生し、同年に死亡してしまい、今回は 1811年までに同じ名前の子供が生ま

れない。「亀松」は一時的に不幸をもたらす名前と思われるようになったと考えられる。

図 5 サンプル Bにおける「亀松」という名前の各年使用回数

もう 1つの例として、「吉蔵」という名前が挙げられ、その名前の使用回数を図 6で表し

ている 8。1794年に生まれてきた 2人の赤ん坊が「吉蔵」と名づけられるが、2人ともほど

なくして亡くなってしまい、「吉蔵」という名前が 1795年から 1810年までの 15年間使用さ

れなくなる。

図 6 サンプル Bにおける「吉蔵」という名前の各年使用回数

『言語科学論集』第 20号 (2014) 55

名前が被るのが避けられていたようではあるが、実名敬避俗との関係がある一方、それだ

けの影響ではなく、不幸に遭う人と名前が被るのも避けていたということが分かる。こうし

た状況により、各名前の使用回数が少なくなると考えられる。

3.2 男性名

3.2.1 改名

本調査では、男性 636人(サンプル A)、または、508人(サンプル B)が少なくとも1

回改名する。基本的に 15歳が子供から大人になる年齢とされるが、社会的地位によって名

前を変える年齢が異なることもあった(大藤 2012)。本サンプルの各地域における、改名す

る年齢を以下のグラフに挙げる。

改名年齢に関しては、地域の差がはっきりと観察できる。サンプル Aでは、様々な年齢で

名前の変更が行われ、サンプル Bでは、改名する時期が 20歳前後となっており、より狭く

定められているようである。改名の習慣は社会階級だけではなく、地域によっても異なるよ

うである。

3.2.2 童名

また、男性名の方では、童名と成人期の名前の違いを見ることができる。これを見出すた

めに、各名前の平均年齢を算出した。平均年齢の低い名前は童名として使われている傾向が

あると思われる。まず、童名として動物と植物にあやかる語根が多いことが先行研究にも指

摘されている(坂田 2006)。本サンプルでも、「菊」、「虎、寅」、「亀」、「熊」、「石」、

「岩」というたぐいの語が観察でき、また、「槌」のような語根も多少見られる。

さらに、童名の要素として「吉」と「蔵」が挙げられる(大藤 2012)。下記、本サンプル

における「吉」、「蔵」および植物由来である「松」について詳しく考察する。それぞれの

名前の平均年齢が表 2で挙げられている。

図 7 サンプル Aにおける男性の改名年齢 図 8 サンプル Bにおける男性の改名年齢

56

まず、「吉」に関して、それが語頭に立つか、語尾として使われるかによって、平均年齢

が違ってくる。サンプル Bで前者の平均年齢 9は 32歳であるのに対し、後者の平均年齢は

11歳である。サンプル Bにおいて、「吉」が童名の語尾として使用されていたと推論できる。

しかし、サンプル Aでは前者、後者の平均年齢それぞれが 17歳および 21歳であるため、両

方ともかならずしも童名であると断言できない。

「蔵」という語尾 10の場合、サンプル Bで平均年齢が 12歳である一方、サンプル Aにお

ける平均年齢は 21歳である。そのため、サンプル Bでは童名で使われる傾向があったとい

えるが、サンプル Aでは童名だけではなく、成人期の名前としても使用されたようである。

最後に、「松」を含む名前の平均年齢がサンプル Bで 10歳となっているので、こちらで

は童名の要素と見なせる。ただし、サンプル Aの方では、「松」を含む名前がそもそも少な

く、平均年齢が 18歳で、童名に限られたものではなさそうである。名前の頻度を参照して

も、サンプル Bで「松」を含む名前がきわめて多いということが分かるため、本調査で「松」

の使用に関しては、地域性がよく見られるといえよう。

以上述べたことをまとめると、本調査で検討したものに関しては、地域によって童名とし

て扱われる名前が異なるように見受けられる。サンプル Bの地域では、サンプル Aより童名

と成人期の名前の区別がはっきりしているという可能性もあるが、この点についてはさらな

る研究が必要である。

表 2 「吉」、「蔵」、「松」を含む名前の平均年齢

名前の例(平均年齢±標準偏差)

サンプル A サンプル B

「吉」 吉太郎(19±13)、吉(9±3)、清吉(35

±20)、寅吉(12±8)、吉助(18±13)、

吉太(6±3)、吉次郎(26±20)、善吉

(35±10)、久吉(19±21)、亀吉(8

±5)、仙吉(25±13)、吉次(9±6)、

和吉(15±9)、栄吉(10±8)、次郎吉

(32±9)、三吉(24±20)、千吉(12

±11)、友吉(24±15)

乙吉(10±7)、吉兵衛(49±12)、寅吉

(10±7)、平吉(11±6)、長吉(12±7)、

吉次郎(23±10)、弥吉(17±9)、与吉

(5±3)、佐吉(13±9)、吉右衛門(49

±18)、吉太郎(11±8)、吉右衛門(47

±14)、太吉(10±6)

「蔵」 三蔵(12±8)、吉蔵(28±13)、亀蔵(15

±14)、定蔵(15±12)、源蔵(31±21)、

熊蔵(14±7)、菊蔵(25±17)、七蔵(19

±11)、丑蔵(28±13)、伝蔵(28±16)

吉蔵(11±6)、岩蔵(12±7)、熊蔵(13

±7)、兵蔵(10±5)、亀蔵(12±7)、

平蔵(16±8)、文蔵(9±5)、清蔵(13

±8)、寅蔵(10±5)、常蔵(8±4)、万

蔵(18±10)、善蔵(19±11)、嘉蔵(11

±8)、栄蔵(12±7)

「松」 千代松(17±11)、松次郎(18±7)、松

太郎(18±10) 亀松(9±5)、丑松(12±7)、岩松(12

±6)、槌松(10±5)、鶴松(12±7)、

竹松(9±5)、市松(9±5)、石松(11

±6)、吉松(10±5)、徳松(11±6)、

捨松(11±6)、由松(10±7)、乙松(12

±8)

『言語科学論集』第 20号 (2014) 57

3.2.3 成人期の男性名

童名で使用されるものがある一方、成人期の名前で使われる要素もある。中世および江戸

時代におけるこうした男性名の一般的要素として先行研究から取り上げられるのは、百官名 11、

あるいは官職や武家の官位にあやかるものを語尾 12におく名前である(坂田 2006)。

詳述すると、兵衛府という官司に由来する「兵衛」、左衛門府と右衛門府という官司および

武家の官位に由来する「左衛門」と「右衛門」、そして、四等官制 13の二等官である「次官す け

にあやかる「助」および「之助」14がある。

本来、こうした語尾は実際に武官を務めた人の字などで利用されたが(大藤 2012)、次第

に実際の官職と関係のない人の名前に出現する(坂田 2006)。江戸時代の士農工商という社

会構成の中、身分の低かった庶民は名前で官職を使うことによって上層階級にならっていた

と考えられる。さらに、実際に官職を与えられた人は、本名ではなく、こうした官職に由来

する字を利用していたので、庶民の間に、上位の人の本名が知られておらず、字の方が広く

知られていて、普通の名前として普及した可能性もある。

本調査では、「兵衛」、「左衛門」、「右衛門」、「助」および「之助」という語尾が付

く名前の平均年齢を考察する。「兵衛」が付く名前の平均年齢は、サンプル Aで 54歳であ

り、サンプル Bでは 46歳である。「左衛門」の方では、サンプル Aで 60歳、サンプル B

で 50歳となっている。「右衛門」も同様に高い平均年齢で、サンプル Aで 53歳、サンプル

B で 48歳を示している。これらの 3つの語は成人期の名前に多いということが確認できた。

しかし、「助」および「之助」に関しては上記のように明白な結果が出ない。こうした名

前は、サンプル Aで 21歳および 20歳という平均年齢であるため、幼少期にも使われるよう

である。なお、サンプル Bにおいて「助」が付く名前は数少ないため、平均年齢は頻度順 100

位までの名前だけではなく、2回以上使用される全ての例から計算する。「之助」を含む名

前の平均年齢は 9歳でかなり低く、「助」のみが付く名前の方は、28歳という平均年齢とな

る。そのため、サンプル Bの方では「助」と「之助」の違いがあり、「之助」は特に童名で

使用されたと推論できる。「助」も上記の 3つほど高い平均年齢ではないため、成人の名前

に限られたものではなかったようである。

3.3 女性名

3.3.1 改名

女性の名前にも改名の例が見られるが、男性の場合よりも少ない。また、童名と成人の名

前が形態上ではあまり区別されていないようである。つまり、名前の変更前後に、同じよう

な 2モーラの名前が付けられる。

表 3 女性の改名の例

サンプル A(改名年齢) サンプル B(改名年齢)

かつ→さか(23歳)

さん→ふく(13歳)

はな→じゅん(22歳)

はつ→いね(13歳)

ふみ→はな(25歳)

ふじ→たみ(14歳)

とめ→しげ(33歳)

たか→みつ(25歳)

58

また、結婚を機に、名前の表記が「女房」15となることが多いので、実際の改名頻度が把

握しにくい。

3.3.2 語尾と長さ

男性名に語尾が盛んに用いられることに対し、女性名には語尾がほとんど付かない。

先行研究から、地域によって女性名に語尾も使われたことが分かるが(角田 2006)、本サ

ンプルにはそれらの例がほとんどないため、地域的に限られた使い方であったことが確認で

きた。

男性名の長さは様々である。特に、語尾によって名前が長くなることが多く、語根では、

1モーラから 3モーラのものがある。それに対して、女性名の方では、古代から時代の変遷

とともに簡略化が見られる(角田 2006)。江戸時代においては、最短の長さである 2モーラ

の女性名がほとんどである。女性名で 3モーラがみられるのは、接頭辞の「小、こ」が用い

られる場合と、地域によって語尾が利用される場合である。3モーラの語根のある名前は大

変珍しい。本調査では、「~の」が付く例がサンプル Aに若干存在し、また、接頭辞の「小、

こ」が多少用いられる。

表 4 本サンプルにおける 3モーラの女性名

よしの、きくの、まつの(サンプル A)

こまん、こまつ、こいぬ(サンプル A、B)

さつき(サンプル A)

4. まとめ

本サンプルにおいて、庶民は官位などを自分の名前で盛んに用いていたため、実名敬避俗

が背景にあるにもかかわらず、下流階級は上層階級の名前にならっていたと考えられる。な

お、不幸に遭った人の名前は恐れられ、こうした名前も回避の対象となっていたようである。

また、各サンプルにおける、男性名と女性名の違いに関する特徴は類似している。つまり、

女性名の長さはほぼ統一されており、男性名には基本的に同じ語尾が使用されている。これ

らの点に関して地域ごとの大きな差異はないと考えられる。

逆に、語尾と名前の頻度に関しては、地域性が見られる。なお、改名の習慣は両方の地域

に存在しているが、改名年齢のような詳細な点は異なっているようである。

1. 宗門人別改帳は江戸時代に作成された民衆調査のための台帳。

2. 字というのは日常生活で人の本名の使用を避けるために用いられた通称、呼び名または仮

名のことである。場合によって、一人の人間に対して複数の字が付けられることもあり、

字の由来は地名、氏名、童名、出生の順位、官職など様々である。

3. 手塚山大学経営学部、江戸時代における人口分析システム構築委員会により作成されたデ

ータベースである。

『言語科学論集』第 20号 (2014) 59

4. 各村の事情は場合によって参照するが、詳しい研究により村ごとの特徴を見出すことがで

きると考えられる。

5. 数え年というのは、生まれた年も 1年として数えた年齢である(広辞苑第 3版)。

6. 悪霊などを退散するために、わざとつける不浄な名前のこと(角田 2006)。

7. 摂津国武庫郡上瓦林村の宗門人別改帳より。

8. 摂津国八部郡花熊村の宗門人別改帳より。

9. 頻度順 100位までの名前の平均年齢により推論。

10. 本調査では、「蔵」を語頭におく名前はサンプルAで観察できず、サンプル Bでも蔵之

丞、蔵之進、蔵之助のみであるため、主に語尾として使用されたといえよう。

11. 式部などのような官職名である通称。

12. 兵衛、左衛門、右衛門を語頭におく名前の例は本サンプルで観察できない。

13. 律令制において各官司が 4等級で構成されていた制度のことである。

14. 「丞」、「助」、「介」、「之助」、「之丞」、「之介」とも。

15. 他に、「母」、「祖母」のような表記もある。

参考文献

阿辻哲次. 2005.『名前の漢字学』東京: 青春出版社.

穂積陳重. 1992.『忌み名の研究』東京: 講談社.

寿岳章子. 1968. 『女は生きる―名前が語る女の歴史』東京: 三省堂.

紀田順一郎. 2002.『名前の日本史』東京: 文藝春秋.

小林康正. 2009.『名づけの世相史』東京: 風響社.

Koss, Gerhard. 2002. Namenforschung, eine Einführung in die Onomastik. Tuebingen: Niemeyer.

大藤修. 2012.『日本人の姓・苗字・名前』東京: 吉川弘文館.

Plutschow, Herbert. 1995. Japan’s Name Culture. Kent: Japan Library.

坂田聡. 2006. 『苗字と名前の歴史』東京: 吉川弘文館.

豊田国夫. 1988.『名前の禁忌(タブー)習俗』東京: 講談社.

角田文衞. 2006.『日本の女性名』東京: 国書刊行会.

辞書・コーパスなど

「江戸時代における人口分析システム (DANJURO ver.5.0)」

(http://kawaguchi.tezukayama-u.ac.jp/index.html)

広辞苑 第 3版. 1986. 東京: 岩波書店

60

付録

各サンプルにおける名前の使用回数

サンプル A男性名 サンプル A女性名 サンプル B男性名 サンプル B女性名

1 次郎 28 1 はつ 33 1 亀松 14 1 さよ 26

2 太郎 24 2 よし 31 2 丑松 12 2 きよ 20

3 次助 16 3 はる 31 3 岩松 12 3 とめ 19

4 吉太郎 13 4 なつ 30 4 槌松 12 4 とら 19

5 吉 11 5 さん 22 5 新兵衛 11 5 きく 19

6 弥助 11 6 きく 21 6 吉蔵 10 6 くま 18

7 治郎左衛門 10 7 きん 20 7 庄兵衛 10 7 かね 17

8 喜助 9 8 まつ 19 8 鶴松 10 8 はつ 17

9 四郎 9 9 とよ 17 9 岩蔵 9 9 はる 16

10 三次郎 8 10 ちよ 15 10 源兵衛 9 10 やす 16

11 三蔵 8 11 はな 15 11 熊蔵 9 11 つね 15

12 吉蔵 8 12 しゅん 15 12 甚兵衛 9 12 いし 15

13 善兵衛 8 13 とめ 14 13 乙吉 8 13 いわ 14

14 市左衛門 8 14 つる 14 14 兵蔵 8 14 さん 14

15 次右衛門 8 15 まん 13 15 吉兵衛 8 15 ゆき 13

16 清吉 8 16 せん 12 16 善兵衛 8 16 とよ 13

17 五郎 7 17 きよ 12 17 寅吉 8 17 たつ 13

18 伝右衛門 7 18 とら 11 18 平吉 8 18 しげ 13

19 喜兵衛 7 19 かめ 11 19 竹松 8 19 はな 13

20 喜右衛門 7 20 かつ 11 20 長吉 8 20 もと 12

『言語科学論集』第 20号 (2014) 61

A Case Study of Naming Customs in the Edo Period

Anja Collazo

Several studies have been undertaken to understand the functioning of naming practices in

Japan. Characteristic customs are polyonymy, i.e. a single person using several names

throughout his lifetime, as well as the “custom of avoidance of the true name”. Nonetheless

quantitative case studies on the topic still remain rare. In this article we examine Japanese

naming customs during the 18th and 19th century, on the basis of a case study of two regions,

which are located in present day Fukushima and Hyogo Prefectures. In particular we

examine the characteristics of male and female first names in terms of length and composition,

as well as the differences between childhood and adulthood names. We also investigate the

general frequency with which a name is used. Our main findings are that male and female

names have very different structures, insofar that female names are much shorter while male

names employ a variety of suffixes. Moreover, there are noticeable regional contrasts in the

categorization of childhood and adulthood names. In the case of male names in Hyogo

Prefecture, childhood and adulthood names differ strongly, while such distinctions could not

be observed clearly in the sample from Fukushima Prefecture. Furthermore, we observe

regional differences concerning the age at which individual name changes take place. Lastly,

within our full dataset, a majority of names are used only once or twice.


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