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2009JP Vowel Reduction JP Dong Wu

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111日語教育學報第 32 期 2009 年 1 月,頁 111-140 連助詞中的元音弱化 ―「が」、「と」、「で」之元音 a, o, e 弱化研究 白井勢津子 明道大學應用日語系助理教授 中文摘要 所謂的元音弱化指的是在會話中,機能語的元音的持續時間以及子音的 共振峰遷移的縮短化的現象。此現象利用強弱重音的語言來觀測。在此論 文,將會報告在高低重音的日語是否會發生元音弱化的研究結果。 根據前面所上述的持續時間的縮短化及共振峰遷移的縮短化有兩種現 象。首先,關於持續時間方面,機能語的「が」與「と」在統計上比容語 短。第二,關於共振峰遷移方面,可以看到「が」的共振峰遷移縮短化。 日語雖然是高低重音語言,但也會觀察出和強弱重音語言一樣有元音弱 化的情況發生。因此我認為,元音弱化是擔任普遍語法的一部分。 日語雖屬於高低重音語言,但也跟強弱重音語言一樣會有元音弱化的情 況發生。因此我認為,元音弱化也是普遍語法的一部分。 關鍵詞:元音弱化、持續時間、虛詞、共振峰、中心化、助詞、普遍語法、共振峰遷 移、縮短化、日語
Transcript

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東吳日語教育學報第 32 期 2009 年 1 月,頁 111-140

連助詞中的元音弱化

―「が」、「と」、「で」之元音 a, o, e 弱化研究

白井勢津子

明道大學應用日語系助理教授

中文摘要

所謂的元音弱化指的是在會話中,機能語的元音的持續時間以及子音的

共振峰遷移的縮短化的現象。此現象利用強弱重音的語言來觀測。在此論

文,將會報告在高低重音的日語是否會發生元音弱化的研究結果。

根據前面所上述的持續時間的縮短化及共振峰遷移的縮短化有兩種現

象。首先,關於持續時間方面,機能語的「が」與「と」在統計上比內容語

短。第二,關於共振峰遷移方面,可以看到「が」的共振峰遷移縮短化。

日語雖然是高低重音語言,但也會觀察出和強弱重音語言一樣有元音弱

化的情況發生。因此我認為,元音弱化是擔任普遍語法的一部分。

日語雖屬於高低重音語言,但也跟強弱重音語言一樣會有元音弱化的情

況發生。因此我認為,元音弱化也是普遍語法的一部分。

關鍵詞:元音弱化、持續時間、虛詞、共振峰、中心化、助詞、普遍語法、共振峰遷

移、縮短化、日語

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助詞における母音弱化

―「が」、「 と」、「 で」の母音a, o, e弱化研究―

白井勢津子

明道大学応用日本語系助理教授

要 旨

母音弱化とは、会話において、機能語の母音の持続時間及び子音からのフォルマ

ント遷移が短縮される現象のことである。この現象は、ストレスアクセント言語で

観測されてきた。本稿では、ピッチアクセント言語である日本語に母音弱化が起き

るかどうかについての研究を行った結果を報告する。

母音弱化には前述したように、持続時間の短縮化とフォルマント遷移の短縮化の

2現象がある。まず、持続時間に関して、機能語の「が」と「と」が統計上有意で、

内容語より短かった。次にフォルマント遷移に関しては、「が」にフォルマント遷

移の短縮化が見られた。

このように、日本語はピッチアクセント言語ではあるが、ストレスアクセント言

語と同じように母音弱化がおきることを観察することができた。このことから、母

音弱化は普遍言語の一角を担っているのだろうと思う。

キーワード: 母音弱化、持続時間、機能語、フォルマント、中心化、助詞、言語の

普遍性、フォルマント遷移、短縮化、日本語

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Vowel Reduction in Japanese Particles The reduction of the vowels in particles “ga”, ”de”, and “to” –

Shirai, Setsuko

The Department of Applied Japanese Studies, MingDao University

Abstract

Vowel reduction is the phenomena, in which the duration and the formant transition of

vowels in function words shorten in conversations. The phenomena have been observed in

stress-accent languages.

In this paper, I will report the results of the research whether or not vowel reduction

occurred in a pitch accent language, Japanese.

As I mentioned before, vowel reduction has two phenomena: shortening of duration and

shortening of formant transition. Firstly, the durations of function vowels (“ga” and “to”)

were shorter than content vowels. Secondly, “a” in the particle “ga” was more centralized

than the corresponding “a.”

Thus, vowel reduction occurs in the Japanese language although the Japanese language

was the pitch accent language. Therefore, the vowel reduction is the part of universal

grammar.

Key words: Vowel Reduction, duration, function words, formants, centralization, Universal

Grammar, shortening, Japanese

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助詞における母音弱化 ―「が」、「 と」、「 で」の母音 a, o, e 弱化研究―

白井勢津子

明道大学応用日本語系助理教授

1. はじめに

騒音下では、発話者は大きな声で話すが、静かな場所では、小さな声で話すこと

は周知の事実である。騒音下で、発話者は大きな声で話そうとするだけではなく、

はっきり話そうと努力する。その一方、日常会話では特にはっきり話そうという努

力をしない。また、日本語において助詞などを省略してしまうこともある。

助詞と同じような役割をもつ英語の前置詞の場合、省略は行われないが、発音が

簡略化される。それが弱発音である。弱発音の母音は、口腔内のほぼ中央で発話さ

れるあいまい母音[ ]であるのに対して、強発音の母音はさまざまである。また、

弱発音は強発音と比較すると、持続時間が短い。例えば、“to”の場合、強発音の

[ ]は長音記号が示すように持続時間が長いが、弱発音の[ ]は短母音である。こ

のようにストレスアクセント言語である英語では、会話などで前置詞などの機能語

が短くなり、発話が口腔内中央付近で行われるというような変化が起きる。この現

象のことを母音弱化と呼ぶ。

この母音弱化については、英語のようなストレスアクセント言語では様々な研究

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が行われている。Liberman(1963)は、諺 “A stitch in time saves nine”1と “The

number you will hear is nine” の “nine” の発音を比較し、諺の場合、聴取者が最後の

語が “nine” であると予想できるため、母音弱化が起きることを示した。Lindblom

(1963)は、スウェーデン語のストレスのある母音とストレスのない母音のフォル

マントを比較し、Vowel Undershoot 仮説を立てた。この仮説については後に詳しく

説明する。Van Son & Pols(1992)は、オランダ語で普通のスピードで読んだ場合

と早く読んだ場合の母音の持続時間、及びフォルマントの比較を行った。Dick R.

van Bergem(1993)は、オランダ語で母音を様々な文に埋め込み、持続時間とフォ

ルマントの比較を行った。Wright(1997)は、音声的な類似語が多い場合(例:pat,

類似語 patch, patio, patty、pattern)と少ない場合(例:job)とを比較し、少ない場

合には母音弱化が起きることを示した。

このようにストレスアクセント言語では様々な研究が行われている。しかし、ピ

ッチアクセント言語である日本語では、持続時間に関する研究は Campbell(1992)

と Ueyama(1997)との2例だけであり、フォルマントに関しては Keating and

Huffman(1984)の研究のみである。このようにピッチアクセント言語である日本

語での母音弱化の研究はあまり行われていない。本稿では日本語における母音

弱化の観測例について述べる。

本稿の構成は次の通りである。第1章で本研究の背景について述べ、第2章で先

行研究を紹介する。第3章で研究方法について説明、第4章で結果を報告する。第

5章で考察を行う。

1 ことわざ「時機を得た 1 針は、9 針縫う手間を省く」(時機を外すと 10 針縫う必要があ

る。)

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1.1. 母音の持続時間に影響を及ぼす要因

母音弱化の特徴として、母音の持続時間の短縮化がある。この短縮化を観測する

ためには、母音の持続時間に影響を及ぼす要因を、制御しなければならないので、

母音の持続時間についての先行研究を紹介する。まず、母音の語中における位置は

母音の持続時間に大きな影響を与え、語尾母音は語頭母音より長い(例:Beckman

& Edwards 1990)ということがよく知られている。次に、拍数または音節数の多い

語は、少ない語に比較して母音の持続時間が短い(例:Port 1981)。また、文の構

造も母音の持続時間に影響を与え、(Klatt 1976)、イントネーション句末において

持続時間が伸長する(Ueyama 1997)。更に、母音の持続時間に影響を与える他の

要因としてテンポがある。早いテンポで話している場合には母音の持続時間は短い

(例:Port 1981)。そして、英語において開音節の母音の方が閉音節の母音より長

い(Maddieson 1985)。その他に、比較的影響力は少ないが、計測語の文中での位

置や文の長さも持続時間に影響を与える。なお、英語においてストレスの有無は母

音の持続時間に強い影響を与えるが(例:Sluijter and van Heuven 1995)、日本語に

おいてアクセントの有無は母音の持続時間に影響を与えない(Sugito and Mitsuya

1977)。それから、隣接している子音も母音の持続時間に影響を与える(Han

1962)。最後にここで論じる品詞の違い、つまり、内容語か機能語かも母音の持続

時間に影響を与える。母音の持続時間を比較する場合にはこれらの影響を与える要

因に注意を払う必要がある。次にもう一つの母音弱化の指標であるフォルマントに

ついて説明する。

1.2 フォルマントとは

発話するということは楽器を弾くのとよく似ている。ギターを例にとると、弦を

爪弾いて音を出し、その音を胴で共鳴させて増幅している。発話では、弦を爪弾く

代わりに、声帯を震わせる。共鳴するギターの胴に当たるものが口腔である。口腔

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はギターの胴と違い、形を変えることができる。ギターと琴の音色が違うのは共鳴

箱である胴の形が違うことも一因である。人は共鳴箱に当たる口腔の形を変え、特

定の周波数を増幅する。つまり、開口度や舌の位置を変え、共鳴周波数を変えてい

る。この共鳴周波数のことをフォルマントと呼ぶ。このフォルマントの周波数と口

腔の形には密接な関連性がある。例えば、「あ」という音を出す場合、口を大きく

開けるので、第1フォルマントが高い。「い」と「う」の場合、開口度が大きくな

いために、第1フォルマントが低い。また、「う」を発話する場合、舌は口の奥の

方に位置するので、第2フォルマントが低い。それに対して「い」を発話する場合、

舌は前方にあるので、第2フォルマントが高い。このようにこの第1フォルマント

(F1)は開口度と、第2フォルマント(F2)は舌の前後の位置と関係している。

口のサイズに個人差があるため、フォルマント周波数にも個人差がある。男

性は口腔が大きいため、フォルマント周波数が低いが、女性は口腔が小さいた

め、フォルマント周波数が高い。子供は女性よりもさらにフォルマント周波数

が高い。また、人は、いつも同じように開口し、同じ舌の位置で発話するわけ

ではない。その結果、同じ人の発話でもフォルマント周波数にはゆれがある。

1.3 母音弱化―フォルマント遷移の短縮

母音弱化の例として、会話における英語の前置詞がある。先に述べたように英語

の前置詞などには強発音と弱発音があることが知られているが、弱発音は会話など

で観察される。この弱発音の母音は曖昧母音[ ]であるのに対して、強発音の母音

は“the” [ ]、“at” [ ]、 “of” [ ]などのように様々である。この強発音と弱発音の

母音空間(Vowel Space)における位置を図 1 に描いた。本稿でフォルマントを表示

するこのような図のことを母音空間図と呼ぶ。弱発音である曖昧母音[ ]は母音空

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間のほぼ中心2にあるが、強発音は周辺部に散開している。このため、母音弱化は

Vowel Centaralization(中心化)と思われていたが、Van Bergerm(1993 年)の研究

により、先行子音が[w]、後続子音が[l]の場合(w_l)、弱化した前母音が中心から

離れていくことを示した。しかし、ほとんどの子音が母音の中心化を起こすので、

母音弱化を研究する場合、中心化が起きているかどうかを調査することが多い。

図 1 Vowel Centralization3

一般に母音弱化は中心化として観察されるが、厳密に言えば頭子音から母音への

フォルマント遷移が短縮する現象のことである。このフォルマント遷移の短縮につ

いて説明する。

発話において頭子音と後続する母音を別々に発話するわけではない。頭子音の発

話を行いながら、後続する母音を発話する準備をしている。この結果、先行する子

音が母音に影響を与えたり、後続する母音が子音に影響を与えたりする。このよう

2 Van Bergerm (1995 年) によると、曖昧母音[ ]は前後の子音や母音の影響を受け、周波数が

変化するため一定の周波数はないが、口腔内の中心付近で発話されることが多い。

3 この図は、英語の前置詞や不定冠詞などの強発音と弱発音の違いをイメージ化するために、

筆者が描いたものである。F1 周波数が左から右、F2 周波数が上から下と、増加しているのは、

口腔内の舌の位置との相関関係を見るためである。弱発音はほとんど曖昧母音[ə] で発話され

るが、強発音は様々で、周辺に散開している。イメージであるため、周波数は正確ではない。

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に隣接する音素が互いに影響を与える現象を調音結合(coarticulation)と呼ぶ。後

続の母音が影響する例として cape [ ] と cod [ ] がある。[ ]も ]も軟口蓋

音の [k] で始まるが、最初の [k] は後続母音が前舌母音であるため前方で発話される

が、2番目の [k] は後続母音が後舌母音であるため口腔の後方で発話される(参照

『Language Instinct』1994 年 Steven Pinker)。

フォルマント遷移の短縮について説明するために頭子音から母音へのフォルマン

ト遷移のスペクトグラムを図 2 示す。母音はいずれも[e]である。

図 2 子音から母音への第2フォルマントの推移(左 be、中 de、右 ge)4

図 2 で、開始点における第2フォルマント周波数で調音点が判別できる

(Lindblom 1963)。母音弱化とは、先行する子音が母音に影響を与えた結果、後続

母音のフォルマント周波数が頭子音のフォルマント周波数に近づき、フォルマント

4 横軸は時間、縦軸は周波数を示す。目盛り線の間隔は 1000 ヘルツ。左端から右への直線はフ

ォルマントの推移を示す。その後、母音[e]の比較的安定したフォルマントが続く。太い矢印

は母音弱化が起きた場合におけるフォルマントの変化の方向を示す。(be では、第2フォル

マントの下降、ge では、第2フォルマントの上昇が起きる。)このスペクトログラムの図は、

日本人男性のスピーチを新たに録音したものを、Praat を用いて筆者が作成した。

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遷移が短縮化することである。具体的には、頭子音が両唇音の場合は第2フォルマ

ントの下降、軟口蓋音の場合は第2フォルマントの上昇として観察される。

2. ストレスアクセント言語による先行研究の紹介

ここで、母音弱化で有名な研究例を紹介する。

2.1 Lindblom (1963)

Lindblom は、スウェーデン語のストレスのある母音とストレスのない母音のフォ

ルマントを比較した。研究には 8 母音の前後を [b]と[d]と[ ]で囲んだ[ ]のよう

な 24 の無意味語が用いられた。この無意味語をストレスのある場合とない場合、

文頭にある場合と文末にある場合の 4 条件下で録音し、フォルマントの計測を行っ

た結果、Vowel Undershoot 仮説(目標未到達仮説)を唱えた。

Vowel Undershoot 仮説によると、弱化の起きた母音と弱化の起きない母音のフォ

ルマントは、図 3 のような弧状の軌跡を描く。弱化の起きた母音は持続時間(T1)

が短いため、F1 までしか到達しないが、弱化の起きない母音は持続時間(T2)が長

いため、F2 まで到達する。つまり持続時間の違いが原因となってフォルマントに違

いが生じるという仮説である。弱化の起きない母音のフォルマント周波数を目標と

した場合に弱化の起きた母音は目標に未到達(undershoot)であるため、Vowel

Undershoot 仮説と Lindblom は名づけた。この仮説によるとフォルマント周波数は持

続時間によってのみ決定される。更に遷移部の始まりの周波数は頭子音によって固

有であることを示した。

-121-

図 3 Lindblom の Vowel Undershoot 仮説

5

2.2 Nord(1986)

Nord はスウェーデン語を対象にフォルマントを計測した。語頭の母音は語尾の母

音より短く、ストレスのない母音は、ストレスのある母音より長いことを利用し、

ストレスのある語頭の母音と、ストレスのない語尾の母音を比較した。その結果、

ストレスのある語頭の母音と、ストレスのない語尾の母音の持続時間はほぼ同じで

あるのに、フォルマントに違いが現れることを観測した。言いかえれば、第2フォ

ルマント周波数は持続時間のみによって決定されるわけではない、つまり、Vowel

Undershoot 仮説だけでは、フォルマントの違いが説明できないことを示した。

2. 3 Van Son & Pols (1992)

母音弱化は、内容語と機能語の違いにより起きるだけではなく、話す速度の違い

5 Lindblom の Vowel Undershoot 仮説とは、弱化が起きた母音も弱化が起きない母音も、第2

フォルマントは同じ弧状の軌跡を移動する。持続時間の違いによって、母音の第2フォルマ

ントに差が起きる。この図は Vowel Undershoot 仮説を説明するために筆者が描いたイメージ

である。

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によっても起きる。Van Son & Pols は、オランダ語を用い、1人のアナウンサーが

普通のスピードと早いスピードで長文を読んだ場合の母音の持続時間とフォルマン

トについて比較した。計測の結果、早いスピードで読んだ場合。長母音は20%短

くなったがあいまい母音[ ]の持続時間はほとんど変わらなかった。スピードの違

いによる第1フォルマントの変化は統計的に有意であった。ところが、第2フォル

マントに関しては統計的に有意な違いが見られたのは母音の[ ]だけであった。

この違いが見られなかった理由の一つは頭子音が歯茎音であった可能性がある。

前に述べたように歯茎音の場合、F2 の軌跡の傾きが小さい。そのため、フォルマン

ト遷移が小さい。読む速度を原因とする違いはさらに微小であるため、観察できな

かったものと思われる。

2.4 Dick R. van Bergem (1993)

Van Bergerm は 15 人のオランダ人男性が読み上げたオランダ語の文を対象に音声

分析を行った。計測語が機能語の場合と内容語の場合、ストレスがある場合とない

場合、さらにアクセントのある場合とない場合など、さまざまな条件下で、母音の

持続時間とフォルマントを比較対照研究した。更に音節のみが発せられたものを、

持続時間及びフォルマントの理想(目標)として設定した。その結果、機能語並び

にストレスもアクセントもない語に母音弱化が起きた。

また、弱化した母音と弱化しなかった母音のフォルマントの軌跡を比較して、弱

化した母音の開始点は弱化しなかった母音の開始点と一致しないことを示した。つ

まり、弱化した母音の軌跡は、弱化しない母音の軌跡と、最初から一致しなかった。

更に w_l の環境にある弱化した[ ]が弱化しないものより、中心から遠かったこ

とから、母音弱化とはフォルマントの中心化ではなく、フォルマント遷移の短縮化

であることを示した。

-123-

3. 日本語における先行研究

今までの研究は英語、スウェーデン語、オランダ語などストレスのある言語で行

われている。それに対して日本語はピッチアクセントであるため、母音の弱化は起

きないと思われていた。また、日本語では1拍ごとの持続時間がほぼ同じであるた

め、母音弱化によって持続時間の短縮化が起きるとは思われていなかった。そのた

めか日本語についての研究はあまり行われていない。先行研究は母音の持続時間に

ついて2例、フォルマントについて1例あるのみである。ここで日本語についての

先行研究を紹介する。

3.1 Campbell (1992)

Campbell は1人のアナウンサーの読み上げた文を対象に音素の持続時間を計測し、

各品詞の平均値を比較した。さらに助詞の「は」と名詞などの内容語の「わ」の持

続時間を比較したところ、助詞の「は」の持続時間の方が「わ」より長いとの結論

に達した。しかし、内容語の「わ」の語中での位置が記述されていないので、語尾

にある助詞の「は」と語頭や語中の「わ」を含めて比較した可能性がある。一般に

語尾母音の方が語頭や語中の母音に比較して長いため、品詞による違いのためとい

うよりは、語中の位置による違いのためであろう。

3.2 Ueyama (1997)

Ueyama は内容語「おばば」の語尾母音の持続時間と「おばばが」の助詞「が」の

母音の持続時間を比較した。その結果、助詞の方が母音の持続時間が短いとの結論に

達した。しかし、「おばば」は3拍語であり、「おばばが」は4拍語である。また、

頭子音が[b]と[ ]と違うため厳密に同じ環境の母音の比較を行ったとは言えない。

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3.3 Keating and Huffman (1984)

Keating and Huffman の研究によると読み上げた文章中の母音は、単語のリスト中

の母音と比較して、中心よりで6発話されていた。

4. 実験

4.1 目的

会話文における機能語の母音弱化がオランダ語などで観測されている。しかし、

日本語は、英語などと違いストレスがなく、また拍毎の母音の持続時間がほぼ等し

いため、母音弱化が起きるとは限らない。そこで、日本語においても、機能語の母

音弱化が起きるかどうかについて調査した。

4.2 計測に用いた方法

音声研究において母音弱化を計測するのに取られているのは次の2方法である。

最初の方法は、音声コーパスを利用し、条件に合う全ての母音を計測する方法であ

る。この方法だと計測に影響を与える要因、例えば母音の語中での位置などを統制

することが困難である。二番目の方法はキャリアフレーズ(例:「もう一度〜と言

って下さい」)に計測語を埋め込む方法である。この方法は、一般の計測には良い

のだが、話者が計測語に注意を払い、はっきりと発音するので母音弱化の観測には

適していない。そこで、Van Bergem(1993)に倣い、内容語と機能語を埋め込んだ

文を観測に用いた。観測に用いた文を次に紹介する。

6 母音のフォルマントを母音空間に表示すると、読み上げた文章中の母音が単語リストの母音

より中心近くにあった。フォルマント周波数は、開口度や舌の位置と関係しているため、文

章中の母音は口腔内の中心部寄りで発話されたということになる。

-125-

4.3 実験に用いた文の作成

実験をする折りに計測語における音声環境が機能語と内容語で同等となるように

考慮した。まず、計測母音の語中での位置についてであるが、機能語である助詞は

名詞の後ろに付き、名詞と一体となって一語7として発話される。言い換えれば、助

詞の母音は語末母音であると考えられる。この助詞と比較するのに、用いる母音も

語末母音でなくてはならない。比較に用いる語に助詞をつけると、語中での位置が

語末でなくなるために比較に用いる語には助詞を用いなかった。日本語において、

助詞がなくても文法的であるので、助詞なしの名詞を用いることに問題はないと思

われる。次に、計測に同音異義語8を用いた。同音異義語を用いることにより拍数、

及び先行する子音を等しくすることができた。また、計測母音の後続する子音、文

の長さなども等しくなるようにした。このように母音の持続時間に影響を与える要

因は、内容語と機能語で同じとなるように文を作成した。しかし、アクセントに関

しては日本語のアクセントが母音の持続時間に影響を与えない9ことが明らかである

ので、アクセントについては考慮しなかった。計測に用いる機能語としては「ま

で」のような2拍語だと同音異義語を見つけるのが困難であるため、1拍語である

助詞を用いた。また、破裂音の計測が容易であるので頭子音が破裂音である助詞

「が」、「で」、「と」を用いた。計測に用いた文は次の通りである。

7 助詞と先行する名詞が一語と考えられている証拠として、尾高型アクセントと平板型アクセ

ントの違いがある。この違いは名詞の後に続く助詞のピッチが下がるか下がらないかによる。

このように、名詞と助詞は一語として発話されている。

8 同音異義語は一般に品詞も同じのものを指すが、ここでは名詞と名詞+助詞のペアである。

9 Sugito Matsuya (1977) の研究により英語と違い、日本語ではピッチアクセントは母音の持続

時間に影響を与えないことが知られている。また、Cutler and Otake (1999) もピッチアクセン

トは母音の持続時間に影響を与えないと述べている。

-126-

「が」

A :内容語 :牧師、飢餓聞きつける。

B :機能語 :加藤さんは気が利く。

C :内容語 :中村さんは人物画特にお好きでいらっしゃいました。

D :機能語 :あの映画人物が特によく描写されています。

「と」

E :内容語 :鳩(はと)首をまわした。

F :機能語 :葉と茎だけしかない。

G :内容語 :高校生小言(こごと)軽く聞き流す。

H :機能語 :高校の古語と漢文はむずかしい。

「で」

I :内容語 :諺に蓼(たで)食う虫も好き好きと。

J :機能語 :田植えの後田で食う飯はうまかった。

K :内容語 :水族館に行くまで、ヒトデこんなにきれいだなんて知らなかっ

た。

L :機能語 :加藤さんは東京の人で10ころころと笑って愛想がいい。

4.4 被験者

この録音に参加した被験者は、当時シアトルに在住していた東京出身 10 名、横

浜出身 1 名の 11 名である。横浜は、東京に近く、また、特有の方言もないため、

被験者は標準語話者と考えられる。被験者のうち、男性は 6 名、女性は 5 名であっ

た。年代に関しては、3 名が 30 代、7 名が 20 代、1 名が 40 代であった。録音する

10 文を作成した折には気が付かなかったが、この「で」は助詞ではなく、断定の助動詞「だ」

の連用形である。

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のに当たり、被験者にとって読みやすいスピードで読んでもらうように要請した。

4.5 録音

録音に使用した文はランダムに、しかしペアの文は離して提示し、結果的に同じ

文を5回読むように要請したが、計測には最初と最後を除く中 3 回の録音を用いた。

録音はワシントン大学(The University of Washington)の音声ラボで行った。録音に

は Electro-Voice RE20 マイク、TASCAM122MKⅢアナログテープレコーダー、

Shure-Model-FP32A モデルのアンプを用いた。次に Sound Edit 16 の第2版を用い、

サンプリング周波数 11025Hz、量子化ビット数を 16 bit でデジタル化を行った。

4.6 計測

計測には音声ソフトウェア Praat を用いた。母音の始まりと終わりは基準11を用い

て決定し、計測を行った。

5. 結果

5.1 母音の持続時間についての結果

この研究において、要因が「品詞」と「母音」であるので、2 要因の繰り返し分

散分析を行った。その結果、品詞効果が[F(1, 192) =12.500, p= 0.001]と有意であった。

11 母音は多くの同じような複雑な形をした波形によって構成される。その複雑な波形、一つ一

つは幾つかの正弦波(第 1 フォルマント、第2フォルマントなど)を組み合わせた結果であ

る。母音の始まりや終わりにおいて、波形は乱れるので、計測する際にその波形の形がある

基準を満たしたものを計測に用いた。「が」の発音には破裂音[ ]と摩擦音[ ]の両方があっ

たが、基準を用いたため同様に計測できた。

-128-

母音と品詞の相互効果は[F(2, 192) =10.195, p< 0.001]とやはり有意であった。相互効

果が有意であっ たことから、母音別に対 応のある t 検定を行った。

5.1.1. 母音別の結果

母音の持続時間についての平均値と標準偏差を表 1 にまとめた。

表 1 母音持続時間の平均値と標準偏差値

母音 持続時間 全計測値 機能語 内容語

全母音 平均値 77 73 82

標準偏差 (28.8) (26.6) (30.1)

a (が) 平均値 81 70 92

標準偏差 (27.3) (20.7) (28.7)

e (で) 平均値 85 87 81

標準偏差 (26.5) (28.8) (24.9)

o (と) 平均値 66 60 71

標準偏差 (29.3) (24.0) (33.4)

母音の平均持続時間が示すように機能語の「が」は内容語より約 20 ミリ秒短く、

機能語の「と」も約 10 ミリ秒短い。ところが機能語の「で」は内容語よりも平均

時間が約 6 ミリ秒長いという結果が出た。

次に母音別に対応のある t 検定をおこなったところ、結果は母音[a]に関しては、

自由度 65 で t 値は 5.132、0.1%水準で有意であった。母音[e]に関しては、自由度 62、

t 値は-1.306 で有意ではなかった。母音[o]に関しては、自由度 65、t 値は 2.319、

0.5%水準で有意であった。「で」に関しては例外的に持続時間が長くなっているよ

うだが、統計的に有意差はない。「が」と「と」は持続時間が統計上短かったので、

これは持続時間を指標とする母音弱化現象と言える。

-129-

5.1.2. 波形とスペクトログラムの例

次に波形とスペクトログラムの例を紹介する。計測した機能語の中には母音が特

に短く波形図において 3 つの波形だけで構成されているものもあったが、ここでは

もっと一般的な 8 つの波形で、構成されているものを紹介する。

図 4 のウィンドウの長さはすべて 300 ミリ秒である。波形図では縦軸が音の振幅

(強弱)、横軸が時間を示す。スペクトログラムでは縦軸が周波数、横軸が時間、

濃淡がその周波数の強弱(振幅)を示す。濃い帯状の部分で周波数の一番低いもの

が第1フォルマント(F1)、二番目に低いものが第2フォルマント(F2)であ

る。図AとCが例文 d 中の「人物画特に」の波形図とスペクトログラム、図BとD

が例文 e 中の「人物が特に」の波形図とスペクロトグラムである。

-130-

A:

B:

C:

D:

図 4 波形図とスペクトログラムの例12

AとBを比較するとわかるように、Bの場合、「とくに」の「と」もウィンドウ

上に現れていることから、機能語「が」の持続時間の短いことが明らかである。ほ

とんどの被験者がこのような傾向を示した。また、機能語の中にはわずか3波形で

構成されている「が」もあった。

12 計測語は「人物画」と「人物が」である。A は内容語「画」の波形図、B は助詞「が」の波

形図、C は内容語「画」のスペクトグラム、D は助詞「が」のスペクトログラムである。こ

の図は Praat を用いて作成した。

-131-

5.2 フォルマントについての結果

次にフォルマントの結果について述べる。

母音弱化は中心化とは限らないが、計測語[ a]、[de]、[to]のコンテキストにおい

て、母音弱化は中心化の現象として観測できる。図 5 に F1 と F2 の平均値を示した。

図 5 助詞と名詞のフォルマントの平均値(目盛りはバーク尺度)13

図 5 に示すように、[a]、特に第1フォルマントは明らかに内容語と機能語で差が

あり、口腔の中心よりで発話されていることを示している。しかし[e]と[o]は、機能

語の方がわずかに中心よりではあるが、ほとんど差がない。この図が示すように

機能語[e]の第2フォルマントは内容語より小さく、反対に機能語[o]の第2フォルマ

ントは内容語より大きい。このことは機能語がわずかに口腔の中心よりで発話され

13 灰色で小さい字が機能語のフォルマントの平均値、黒くて大きい字が内容語のフォルマント

の平均値を示す。この図は UCLA のソフトウェア Plot Formants を使用して描いた。

-132-

ていることを示している。

5.2.1 第1フォルマントの結果

第1フォルマントの平均値と標準偏差を表 2 にまとめた。

表 2 第1フォルマントの平均値と標準偏差

母音 持続時間 全計測値 機能語 内容語

全母音 平均値 557 541 572

標準偏差 (108.9) (94.8) (119.2)

a (が) 平均値 635 610 696

標準偏差 (105.9) (95.9) (98.1)

e (で) 平均値 518 516 512

標準偏差 (77.5) (76.2) (84.0)

o (と) 平均値 505 496 505

標準偏差 (72.6) (74.4) (70.0)

次に第1フォルマントについて「品詞」と「母音」を要因として繰り返し分散分

析を行った。その結果、品詞効果が[F(1, 192) =44.3, p<0.001]と有意の品詞効果があ

った。母音と品詞の相互効果は[F(2, 192) =37.2, p< 0.001]とやはり有意であった。相

互効果が有意であったことから、母音別に対応のある t 検定を行った。

母音[a]に関しては自由度 65、t 値が 8.567、0.1%水準で有意であった。母音[e]に

関しては自由度 65、t値は、-0.512 で、有意ではなかった。母音[o]に関しても自由

度 65、t値が 1.437 で有意ではなかった。このように第1フォルマントに関して有

意であったのは母音[a]に関してのみであった。

5.2.2. 第2フォルマントの結果

第2フォルマントの平均値と標準偏差を表 3 にまとめた。

-133-

表 3 第 2 フォルマントの平均値と標準偏差

母音 持続時間 全計測値 機能語 内容語

全母音 平均値 1541 1552 1528

標準偏差 (436) (425) (447)

a (が) 平均値 1502 1519 1484

標準偏差 (187) (170) (203)

e (で) 平均値 2022 1976 1997

標準偏差 (263) (248) (243)

o (と) 平均値 1096 1107 1086

標準偏差 (167) (170) (170)

第2フォルマントについて「品詞」と「母音」を要因として繰り返し分散分析を

行った。その結果、品詞効果が[F(1, 192) =1.9,p=0.17]と有意ではなかった。しかし、

母音と品詞の相互効果は[F(2, 192) =3.90, p=0.022]で 0.5%の水準で有意であった。相

互効果が有意であったことから、母音別に対応のある t 検定を行った。

母音[a]に関しては自由度 65 で、t 値が-2.345、0.5%水準で有意であった。母音[e]

に関しては自由度 62 で、t値は、1.692 で、有意ではなかった。母音[o]に関して

も自由度 65 で、t値が-1.296 で有意ではなかった。このように第2フォルマントに

関しても有意であったのは母音[a]に関してのみであった。

5.3.母音の持続時間とフォルマントの関係

次に Lindblom(1963)の Vowel Undershoot 仮説が適用できるかどうかについて

調べた。Lindblom の Vowel Undershoot 仮説は前に述べたように弱化の起きた母音

は持続時間が短いためフォルマントに差ができるということであった。

中心化が明らかであった母音[a]の第1フォルマントを用いて調査を行った。

-134-

品詞14と持続時間を独立変数、第1フォルマントを従属変数として重回帰分析を行

ったところ、回帰式が 0.01%水準で有意であった。さらに、持続時間が正の相関関

係(t= 2.74, ベータ=0.235, p=0.007)、品詞効果が負の相関関係(t= -3.65, ベータ=

-0.313, p<0.001)で有意であった。

6. 考察

6.1 母音の持続時間についての考察

英語などストレスアクセントの言語において、ストレスが無い場合、前置詞など

の持続時間が短縮化される。しかし、日本語は Mora-timed 言語、つまり、拍ごとの

母音の持続時間がほぼ同じ言語だといわれている。

日本語が Mora-timed 言語であることは Port(1987 年)の研究により確認されて

いる。Port の研究によると母音の持続時間には子音の影響を受けたり、母音それぞ

れの固有の持続時間があったりするので母音の持続時間にはゆれがある。ゆれはあ

るのだが、持続時間を調整して結果的に語の持続時間は拍数に比例する。つまり、

従来言われている通り、日本語は Mora-timed 言語である。更に Port は語の拍数が

増えるにつれて、1語当たりの母音の持続時間が短くなるという拍数効果が統計的

に有意であることを示した。

日本語は Mora-timed 言語であるため、母音弱化は起きないと思われていたが、計

測語によって違いはあるが、全体として助詞の方が短かった。

特に、計測語の中で「人物が」と「人物画」のペアは計測語の音声的環境がほぼ

同じであったにも関わらず、名詞の語末母音が 100 ミリ秒15であるのに対して助詞

14 内容語を1、機能語を2と設定した。

15 このペアのみの平均値である。

-135-

「が」の平均持続時間が 69 ミリ秒と3割も短い結果であった。このペアは計測語

がどちらも目的語であり、動詞句の一部であるというように文法的にも同じような

構造であった。そのため、文法的な違いが持続時間の違いになったとは思われない。

このペアに関しては波形図とスペクトログラムを図 4 に示したが、明らかに助詞の

方が短い。なお、助詞のなかには図 4に示したよりかなり短いものがあった。

母音の持続時間は様々な要因に影響されるため、「で」のように予測に反した結

果もあったが、助詞「が」に関しては母音弱化を観測できたことは間違いがない。

また、「と」に関しても母音弱化が起きたことに、問題はないと思う。この結果は、

日本語においても、母音の持続時間を指標とする母音弱化がおきることを示してい

る。

6.2 フォルマントについての考察

英語のようなストレスアクセント言語ではフォルマントを要因とする母音弱化、

すなわち母音のフォルマント周波数が子音のフォルマント周波数に近接するという

現象が観察されているが、日本語はピッチアクセントであるため、フォルマント遷

移の短縮化が起きないという説がある。

さらに、英語の 11 母音に対して、日本語は 5 母音しかないため、各母音の占め

る領域が比較的広いので、雑音下でも、聞き手は、理解できる。従って、雑音下で

も、静かな場所でも、同じようにフォルマント周波数のゆれが大きい可能性がある。

このような理由により、内容語と機能語のフォルマント周波数に差が出ない可能性

が考えられた。

前述のように、フォルマント周波数において品詞効果が見られるかどうかは疑問

であったが、当研究の結果、母音 [a]についてのみであるが、第1フォルマントと

第2フォルマントに品詞効果があった。第1フォルマントについては、610Hz と

696Hz と平均値に 80Hz、10%以上の差があり、図 5 に示したように目で見ても著し

-136-

い差であった。これは、日本人が助詞「が」を言うときに、名詞中の[a]のように口

を大きく開けずに口中で言っていることを示す。第2フォルマントについても統計

上有意であったことから、奥舌音である[a]を、助詞の場合は前寄り、つまり中心付

近で発話されていることを示した。従って、助詞の「が」の母音空間における中心

化が確認された。

特に実験に用いた計測語のペアの1つは、「人物画特に」と「人物が特に」であ

る。このペアの場合、前後少なくとも3モーラが同じである。そのため、隣接子音

への影響でフォルマントの変化が起きたということはありえない。また、別のペア

も「飢餓聞き」と「気が利く」であるため、隣接子音の影響はないと思われる。遠

隔音素の影響もないとは言えないが、隣接子音に比較すると影響は弱い。この結果

は、品詞効果によるものであり、この実験において、日本語の母音弱化を観測でき

たと言えるであろう。

Keating & Huffman(1984 年)の研究においても、被験者がリストを読み上げた場

合は比較的周辺部に、文を読み上げた場合には中心部にというように中心化が見ら

れた。この結果から見ても日本語でもフォルマントを指標とする母音弱化は起きる。

残念ながら、母音[e]と[o]に関して品詞効果を観察することが出来なかったが、こ

の原因は計測語の選択に問題があったと思う。フォルマントを指標とする母音弱化

は子音への同化の強化であるため、子音と母音のフォルマントの差が大きいときに

観察がしやすい。ところが、計測に用いた語が[de]と[to]であり、頭子音が歯茎音で

あったため、子音と母音のフォルマントに差があまりなく、その結果、品詞効果を

確認できなかった。

「が」に中心化が起きたということは、省略されても問題のない助詞ははっきり

言わなくても聞き手にわかるため、話し手は大きく口を開けるというような無駄な

努力をしないということを示している。このように聞き手にわかると思われる場面

で話し手が無駄を省く傾向は、どの言語においても同じなのではないだろうか。日

-137-

本語はストレスアクセント言語ではなく、ピッチアクセント言語であるが、このよ

うに「が」の中心化が起きたことから見て、母音弱化は言語の普遍性の一角を担う

ものであると思う。

6.3 母音の持続時間とフォルマントについての考察

Vowel Undershoot 仮説によると、弱化した母音のフォルマントは持続時間が短い

ために、到達する目標値(弱化しない場合のフォルマント)に到達しない。つまり、

母音のフォルマントは持続時間を独立変数とする従属変数であるということであっ

た。しかし、多重解析の削除結果によると、持続時間だけではなく、品詞の違いが

フォルマント値に有意な影響を与えている。つまり、弱化した母音のフォルマント

値は持続時間のみによって決定されるわけではないということを示している。

7. 将来の研究

日本語は、英語のようにストレスストレスがないために、母音弱化は起きないと

思われているが、格助詞の「が」は内容語に比較して著しく短い。また、内容語の

「が」よりも大きく口を開けずに発話されていることが明らかである。このことか

ら考えて、日本語において母音弱化が起きることは明瞭である。

残念ながら、フォルマントを指標とする母音弱化に関しては母音[a]についてのみ

で、他の母音については観測ができなかったが、計測に適した計測語を選べば、観

測が可能であると思われる。再び、母音弱化の観測を試みたいと思っている。

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