広島赤十字・原爆病院副院長・小児科部長
西 美和 先生
小児甲状腺疾患診療のPitfall[3]後天性甲状腺機能低下症の診断と治療
vol. 15
診療のPoints
診療のPoints
1 慢性甲状腺炎(橋本病)による甲状腺機能低下症
後天性甲状腺機能低下症の原因で最も多いのが慢性甲状腺炎(橋本病)によるものだが、必ずしも永続的甲状腺機能低下症とは限らない。一過性甲状腺機能低下症もあるが、のちに永続的甲状腺機能低下症になることもある。
2
自己免疫性甲状腺疾患には、甲状腺中毒症を惹起するバセドウ病と甲状腺組織破壊を主体とする慢性甲状腺炎(橋本病)が存在する。
1
小児では成長曲線作成が重要である。3
甲状腺疾患の家族歴を聞くことが重要である。4
マス・スクリーニングで検出されなかった異所性甲状腺、甲状腺低形成や甲状腺腫を伴う甲状腺ホルモン合成障害による甲状腺機能低下症もある。
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必ずしも永続的甲状腺機能低下症でなく、小児でも一過性の場合がある。1
無痛性甲状腺炎(橋本病を背景に発症することが多い)や亜急性甲状腺炎の経過中に起きる破壊性甲状腺炎の一過性甲状腺機能低下時期を永続的甲状腺機能低下症と誤診しないこと(図1)。また、破壊性甲状腺炎の中毒症時期にはバセドウ病との鑑別が必要である。成人ではバセドウ病を疑う患者の約10%が本症であるといわれている。
2
図1
くれぐれも甲状腺機能亢進期に
バセドウ病として治療しないこと
無痛性甲状腺炎
甲状腺機能亢進期 甲状腺機能低下期
破壊性甲状腺炎の一過性甲状腺機能低下時期を永続的甲状腺機能低下症と誤診しないこと
甲状腺機能正常期
FT4
正常
正常
a b c
TSH
TRAb陰性が多い!時に弱陽性
破壊性甲状腺中毒症
診療のPoints
2 自己免疫性委縮性甲状腺炎(若年性粘液水腫)
著しい甲状腺機能低下症の症状・所見(低身長、身長の伸び不良、粘液水腫様顔貌、心拡大・心不全、多毛、思春期早発、卵巣囊腫、大腿骨頭すべり症など)を認める(図2、3)。大腿骨頭すべり症を除く症状・所見は甲状腺機能正常化とともに消失する。身長に関しては早期の治療が重要。 早期発見・早期治療を!
1
他の自己免疫疾患の合併:バセドウ病、リウマチ・膠原病(若年性特発性関節炎やSLEなど)、Ⅰ型糖尿病など。
5
ターナー症候群、ダウン症候群、クラインフェルター症候群などの染色体異常患者に橋本病を合併することがある。 甲状腺自己抗体を含めた甲状腺機能検査を!
6
橋本病女性では、出産後に甲状腺機能異常(出産後自己免疫性甲状腺症候群)を発症する場合があるので本人・家族に説明しておく。また、妊娠年齢になった橋本病女性は適切な内科に紹介したほうがよい!
4
橋本病が背景にあると、ヨウ素過剰やアミオダロン(ヨウ素37.2mg/100mg錠)、リチウム剤やインターフェロン使用による一過性甲状腺機能低下症を発症する場合がある。米国ではヨウ素所要量は成人1日0.15mgとされているので、アミオダロン100mg錠1錠はその約250倍のヨウ素を含有する(添付文書に記載なし)ので要注意である。 海藻類、根昆布などの過剰摂取、ヨウ素を含む健康食品の有無や使用薬を聞くことが重要!
3
慢性甲状腺炎(橋本病)の診断ガイドライン日本甲状腺学会:甲状腺疾患診断ガイドライン2010http://www.japanthyroid.jp/doctor/guideline/japanese.html#mansei
a)臨床所見 1.びまん性甲状腺腫大、但しバセドウ病など他の原因が認められないもの
b)検査所見 1.抗甲状腺マイクロゾーム(またはTPO)抗体陽性 2.抗サイログロブリン抗体陽性 3.細胞診でリンパ球浸潤を認める
1)慢性甲状腺炎(橋本病) a)およびb)の1つ以上を有するもの
【付記】1.他の原因が認められない原発性甲状腺機能低下症は慢性甲状腺炎(橋本病)の疑いとする。2.甲状腺機能異常も甲状腺腫大も認めないが抗マイクロゾーム抗体および/または抗サイログ ロブリン抗体陽性の場合は慢性甲状腺炎(橋本病)の疑いとする。3.自己抗体陽性の甲状腺腫瘍は慢性甲状腺炎(橋本病)の疑いと腫瘍の合併と考える。4.甲状腺超音波検査で内部エコー低下や不均一を認めるものは慢性甲状腺炎(橋本病)の可能 性が強い。
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図3
検査上GHDや高プロラクチン血症を示す場合があるが、甲状腺機能の正常化とともに正常化する。
Nishi Y, et al : Primary hypothyroidism associated with pituitary enlargement, slipped capital femoral epiphysis and cystic ovaries. Eur J Pediatr 1985 ; 143 : 216-219.
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TSBAb陽性妊婦では、新生児が一過性の甲状腺機能低下症をきたす場合がある。5
肥満があり、コレステロール、GOT、GPT高値の場合、肥満による高脂血症、脂肪肝と即断しないこと。甲状腺機能低下症も鑑別する。
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ブロッキング抗体(TSBAb:thyroid stimulation blocking antibody/保険適用外)陽性例がある。この抗体は自然に消失し、機能低下もそれにつれて回復し、チラーヂン®Sを減量~中止できる例もある。 一度は、TSBAbを測定したほうがよい。
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成人では大半が橋本病の末期像であり、組織破壊の進展によって甲状腺は萎縮し甲状腺腫を触知しない(萎縮性甲状腺炎)。永続的甲状腺機能低下症の可能性が大である。
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<文献>
図2
萎縮性甲状腺炎による甲状腺機能低下症(長期間未治療)
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170
160
150
140
130
120
110
100
90
80
70
60
50
40
30
20
10
00 2 4 6 8 10 12 14 16 18(歳)
+2SD+2SD+1SD+1SDMeanMean-1SD-1SD-2SD-2SD
+2SD+1SDMean-1SD-2SD
+2SD+2SD+1SD+1SDMeanMean-1SD-1SD-2SD-2SD
+2SD+1SDMean-1SD-2SD
身長(cm)
チラーヂン®S投与
体重(kg)
早期発見・早期治療が重要
発見が遅い!
卵巣腫瘍
多 毛
下垂体腫大
大腿骨頭すべり症ラウエンシュタイン像が必要である
KO 30 KYOOT 257-1 1301
<参考文献>1)2)3)
西 美和, 神野 和彦 : 小児科臨床 2010 ; 63 : 837-844.深田 修司 : 甲状腺疾患の診断と治療. 東京. ベクトル・コア, 2003.浜田 昇 : 甲状腺疾患診療のパーフェクトガイド. 東京. 診断と治療社, 2011.
診療のPoints
5 後天性甲状腺機能低下症のチラーヂン®Sの初期投与量は、先天性甲状腺機能低下症の初期投与量と同じ10~15μg/kg/日か? 例 : 40kgなら400μg/日で開始する?
治療を開始する前にヨウ素過剰摂取や使用薬の有無を必ず聞くこと。1
乳児期後半以降の甲状腺機能低下症に対する急速で多量なチラーヂン®S投与は、心機能低下を誘発するので、少量(体重により12.5~25~50μg/日)から開始し漸増する。
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チラーヂン®S散0.01%とチラーヂン®末(乾燥甲状腺)は全く違うので、チラーヂン®末は使用しない。
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チラーヂン®Sは、1日1回で朝食30分くらい前に服用するのがよいが、難しい場合もあるので固守しない。豆乳、鉄剤、Ca剤との同時摂取は吸収を阻害するので避ける。
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診療のPoints
4 小児がん経験者の甲状腺機能低下症
Childhood Cancer Survivors(小児がん経験者)に、頸部放射線照射による原発性甲状腺機能低下症や甲状腺腫瘍(良性、悪性)、頭部放射線照射による中枢性甲状腺機能低下症が発症することがある。甲状腺腫瘍(良性、悪性)には血清サイログロブリンが異常高値を示す例もある(『Pitfall vol.8,13』参照)。
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間脳下垂体の器質的疾患(脳腫瘍や頭部放射線照射など)による中枢性甲状腺機能低下症もある。このような例では、GH、LH/FSH、ACTH、ADH分泌不全症の合併も考える(『Pitfall vol.6,7』参照)。
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中枢性甲状腺機能低下症にACTH分泌不全を伴っている場合には、まず副腎皮質ホルモン剤を1~2週間補充後にチラーヂン®Sを投与する(『Pitfall vol.4』参照)。
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診療のPoints
3 ヨウ素過剰・欠乏による甲状腺機能低下症
橋本病が背景にあると、ヨウ素過剰やインターフェロン、アミオダロン使用による一過性甲状腺機能低下症を発症する場合がある。
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ヨウ素を含有しない経腸栄養剤の長期間投与による甲状腺機能低下症があるので、経腸栄養剤のヨウ素の含有量を確認する。定期的な甲状腺検査が必要である。ツインライン®NF、エンシュア・リキッド®/エンシュア®・H、ハーモニック®-F/M、ラコール®NF、アミノレバン®ENにはヨウ素は含まれていない。
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