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þq - Ëq`owÕ ³¿«~ ï§Ü Î - J-STAGE

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49 1. 問題設定 年金不信や医療保険制度改革、または生活保護制度の改革に示される社会保障を巡る状 況において、ベーシック・インカムという構想が注目されている。ベーシック・インカム とは、現在の社会保険と公的扶助によって構成される社会保障に代わるものとして、誰も が条件を問わずに税によって最低限の生活を保障する社会保障制度のことである 1 これまで筆者は、永嶋(2010b)において、ベーシック・インカムに対して中立的な観 点から、ベーシック・インカムを巡る議論に関して検討を行った 2 。その結果ベーシック・ インカムには、社会保障に関する側面と人間の発達に関する側面があることが示されるこ とになった。そこで、本稿においては、社会保障の側面からベーシック・インカムの給付 と財源について検討を行う 3 なお、本稿において、社会保障の側面からベーシック・インカムを検討する際に、給付 と財源の問題が焦点となる理由は以下の通りである。社会保障は、まず人々の生活を保障 するために給付を行うという側面が存在する。しかし、他方では、社会保障が、そのよう な給付を行っていくためには、それに伴う費用が同時に必要となるということも考慮しな ければならない。つまり社会保障制度が実際に機能するためには、それに必要な財源が確 保されることが求められる。 そこで本稿においては、ベーシック・インカムを社会保障としての側面から検討するた めに、以下の論点について検討を行っていく。まず本稿では、ベーシック・インカムに関 して、社会保障における給付の側面から検討を行っていく。次に本論文では、ベーシック・ インカムに関して、社会保障における財源の側面から検討していく。そして以上の検討を 踏まえて、社会保障としてのベーシック・インカムの課題について検討を行う。 2. 給付の側面からみたベーシック・インカム 1) 給付の側面からみたベーシック・インカムのメリット ベーシック・インカムは給付の側面から見ると、以下のことが明らかになる。 まずベーシック・インカムは、これまでの社会保険と公的扶助における給付に関する問 題点を解決することができるという利点がある。 これまでの社会保険における給付は、社会保険料を支払うことによって、給付を受ける 社会保障としてのベーシック・インカム 永 嶋 信二郎 *  この論文は、仙台白百合女子大学学内共同研究(共同 B - 4)「イギリス福祉国家思想史と現代福祉国家 理論の関連性に関する研究」(研究代表者 : 永嶋信二郎)による研究成果の一部である。 Sendai Shirayuri Women's College NII-Electronic Library Service
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1. 問 題 設 定

年金不信や医療保険制度改革、または生活保護制度の改革に示される社会保障を巡る状況において、ベーシック・インカムという構想が注目されている。ベーシック・インカムとは、現在の社会保険と公的扶助によって構成される社会保障に代わるものとして、誰もが条件を問わずに税によって最低限の生活を保障する社会保障制度のことである1。これまで筆者は、永嶋(2010b)において、ベーシック・インカムに対して中立的な観

点から、ベーシック・インカムを巡る議論に関して検討を行った2。その結果ベーシック・インカムには、社会保障に関する側面と人間の発達に関する側面があることが示されることになった。そこで、本稿においては、社会保障の側面からベーシック・インカムの給付と財源について検討を行う3。なお、本稿において、社会保障の側面からベーシック・インカムを検討する際に、給付

と財源の問題が焦点となる理由は以下の通りである。社会保障は、まず人々の生活を保障するために給付を行うという側面が存在する。しかし、他方では、社会保障が、そのような給付を行っていくためには、それに伴う費用が同時に必要となるということも考慮しなければならない。つまり社会保障制度が実際に機能するためには、それに必要な財源が確保されることが求められる。そこで本稿においては、ベーシック・インカムを社会保障としての側面から検討するた

めに、以下の論点について検討を行っていく。まず本稿では、ベーシック・インカムに関して、社会保障における給付の側面から検討を行っていく。次に本論文では、ベーシック・インカムに関して、社会保障における財源の側面から検討していく。そして以上の検討を踏まえて、社会保障としてのベーシック・インカムの課題について検討を行う。

2. 給付の側面からみたベーシック・インカム

(1) 給付の側面からみたベーシック・インカムのメリットベーシック・インカムは給付の側面から見ると、以下のことが明らかになる。まずベーシック・インカムは、これまでの社会保険と公的扶助における給付に関する問

題点を解決することができるという利点がある。これまでの社会保険における給付は、社会保険料を支払うことによって、給付を受ける

社会保障としてのベーシック・インカム*

永 嶋 信二郎

*  この論文は、仙台白百合女子大学学内共同研究(共同 B-4)「イギリス福祉国家思想史と現代福祉国家理論の関連性に関する研究」(研究代表者 : 永嶋信二郎)による研究成果の一部である。

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ことができるという仕組みであった。つまり別の表現で言えば、社会保険における給付は、社会保険料を払わなければ受けられないということになる。また公的扶助制度の場合においては、給付を行う際に、資力調査を伴うことから、給付を受ける際には、スティグマが発生する。よって公的扶助から給付を受けようとする者は、そのための申請に対してためらうことになる。しかし、ベーシック・インカムは、まず社会保険制度とは異なって、社会保険料を支払

わなくても、給付を受けることができる。その結果例えば年金制度において見られるような、社会保険料の未納や社会保険制度への未加入の問題がなくなることになる。また現在年金(特に日本においては国民年金)から給付を受ける際には、一定期間年金保険料を払うことによって、受給資格期間を満たすことが条件となっている。しかし、ベーシック・インカムの場合においては、給付を受ける際に、保険料を負担する必要がないために、給付を受けるために必要な受給資格期間を満たす必要がなくなることになる。またベーシック・インカムは公的扶助制度とは異なり、給付を行う際には、資力調査を

する必要がない。よってベーシック・インカムを受給する際には、資力調査によってもたらされるスティグマが生じないことになる。それによって、現在生活保護制度においてその低さが問題となっている捕捉率を向上させることができる。つまり給付すべき人に対して、給付が行われないという漏給という問題を改善することができる4。

(2) 所得保障制度としてのベーシック・インカムしかし、他方でベーシック・インカムにおける給付を検討すると、社会保障制度として

ベーシック・インカムを行う際には、その給付水準の側面から、以下のような問題点が明らかになる。前述の通り、ベーシック・インカムは既存の所得保障制度を廃止することによって、そ

れが導入されるという性格を持つ。つまり現在の社会保障制度には、所得比例型の社会保険制度が存在することから、誰に対しても均一の現金給付を行うベーシック・インカムに移行することによって、そのような所得比例型の社会保険制度は廃止されるということになる。よって、ベーシック・インカムに移行した場合には、所得比例の社会保険から自身の報酬に比例した現金給付を受けていた者は、その所得が高ければ高いほど、その者に対して支給される現金給付の水準が低下することになる。そのような現金給付における給付水準の低下を、人々が果たして受け入れることができるのか、については疑問の余地がある。

(3) ベーシック・インカムにおける防貧と救貧次にベーシック・インカムによって所得保障を行う際に、その給付水準をどのように設

定していくのかということが大きな問題となる。つまりベーシック・インカムとして人々に支給すべき金額は、どの程度の金額であるのかという問題である。例えば、小沢(2002 : 168-169)は、ベーシック・インカムとして支給される金額の基準として、生活扶助における給付水準にそれを求めている。確かにベーシック・インカム

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社会保障としてのベーシック・インカム

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は、誰にでも最低限の生活ができるように現金給付を行う制度であることから、貧困に陥っている人を救済する機能を果たしているということができる。よってその点では、ベーシック・インカムにおける給付水準として、生活扶助のそれに求めるということは妥当性があるのかもしれない。しかし、ベーシック・インカムは、誰にでも最低限の生活ができるように現金給付を行

うという性格は、同時にそれによって、人々が貧困になることを防ぐために、すべての国民に対して基礎的な生活を保障していると言うこともできる。この点を考慮すると、ベーシック・インカムは、貧困に陥っている人を救済しているだけでなく、それと同時に人々が貧困に陥ることを防ぐという防貧の機能も果たしているということができる。よって、以上の事情を考慮すると、ベーシック・インカムにおける給付水準を検討する

際には、救貧の機能を果たす生活保護制度における生活扶助のそれを基準とするのではなく、すべての国民に対して基礎的な生活を保障することによって、防貧の機能を果たしている国民年金における給付水準に、ベーシック・インカムにおける給付水準を求めることに妥当性があるということができるかもしれない5。いずれにせよ、ベーシック ・インカムにおける給付水準は、救貧の機能を果たす社会保障制度における給付水準にそれを求めるか、もしくは防貧の機能を果たす社会保障制度における給付水準にそれを求めるか、ということを考慮したうえで、設定される必要がある6。

(4) ベーシック・インカムとナショナル・ミニマムさらに小沢(2002 : 168)や小沢(2008 : 196)では、ベーシック・インカムの給付水準を検討する際に、「ベーシック・ニーズ」という概念を用いている。そして小沢(2008 : 196)によると、その「ベーシック・ニーズ」という概念は、日本国憲法で規定されている「健康で文化的な最低限度の生活」と理解してよいと指摘している。さらに小沢(2008 : 198)は、ベーシック・インカムによる給付は、個々の生活ニーズを即した給付ではないと指摘している7。ただ前述のように、ベーシック・インカムは、誰に対しても最低限の生活を保障すると

いう社会保障制度である。よって社会保障のベーシック・インカムの給付水準を検討する際には、社会保障の給付によって最低限の生活を保障するという考えを提示して、これまで社会保障の給付水準に大きな影響を与えてきたナショナル・ミニマム論との関係についても、検討される必要があろう8。またそのことは、ベーシック・インカムによって最低限の生活を確保するということを

確実に行うためにも、必要なことであると思われる。例えば、西山(2014 : 308)によれば、アメリカにおいては、ベーシック・インカムが小さな政府を実現する手段として提唱されていることが指摘されている。さらに原田(2015 : 44-46)は、ベーシック・インカムの導入を通して、生活保護のレベルを引き下げることを提唱している。つまり現行の社会保障制度における給付水準を引き下げるために、ベーシック・インカムを導入するという提案がされている状況を踏まえると、ベーシック・インカムの給付水準における理論的根拠を確立しなければ、ベーシック・インカムによって最低限の生活を保障することが困難に

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なる事態も想定することができる。さらに、ベーシック・インカムの給付水準を最低限度の生活水準以下にした場合は、労

働との関係で様々な問題が生じる。新川(2014 : 231)は、ベーシック・インカムを最低保障以下にすることによって勤労意欲を高めようとする部分的ベーシック・インカムに対して、以下のように批判する。つまり、このような場合には、ベーシック・インカムだけでは生活できないので、人々は賃金労働に駆りだされることになるが、雇用主はベーシック・インカムがあることを条件にして、賃金を引き下げる。そして、それによって、働いても所得が増えないということになれば、勤労意欲は減退することになり、その結果労働倫理が減退し、最終的には、労働倫理が崩壊するといういわゆる「スピーナムランドの再来」が生じる。またベーシック・インカムの給付水準を最低限度の生活水準以下にした際には、使用者がそれを安価で周辺的な労働力を調達する手段として位置づけることによって、結果的に低賃金労働を蔓延させることになる9。ベーシック・インカムは、社会保険料を支払わなくても、給付を受けることができる。

その結果、社会保険料の未納や社会保険制度への未加入の問題がなくなる。また、ベーシック・インカムの場合では、給付を受ける際に、保険料を負担する必要がないために、給付を受けるための受給資格期間を満たす必要がなくなる。またベーシック・インカムは、給付を行う際に、資力調査をする必要がない。よってベーシック・インカムを受給する際には、資力調査によるスティグマが生じないことになる。それによって、捕捉率を向上させることを通して、漏給を改善することができる。しかし、社会保障制度が、所得比例型の社会保険制度から、ベーシック・インカムへ移

行することによって、現金給付の水準は低下する。そのことを、人々が受け入られるかという問題がある。またベーシック・インカムの給付水準を設定していく際に、小沢は生活扶助における給

付水準にそれを求めたが、ベーシック・インカムは、すべての国民に対して基礎的な生活を保障するという性格ももつ。つまりベーシック・インカムは、防貧の機能も果たしている。よって、国民年金における給付水準に求めることの方が妥当である可能性がある。つまり、ベーシック ・インカムの給付水準を設定する際には、それが救貧の機能を果たすのか、または防貧の機能を果たすのかを考慮する必要がある。さらに、社会保障における給付水準を引き下げるために、ベーシック・インカムを導入

するという提案もされていることから、ベーシック・インカムによって最低限の生活を保障することを確立するためには、ベーシック・インカムとナショナル・ミニマム論との関係についても、検討される必要がある。さらに、ベーシック・インカムの給付水準を最低限度の生活水準以下にした場合は、雇用主はベーシック・インカムがあることを条件にして、賃金を引き下げることによって、勤労意欲は減退し、労働倫理の崩壊が起こるという恐れが生じる。しかも使用者がベーシック・インカムを安価で周辺的な労働力を調達する手段と位置づけることになれば、低賃金労働が社会に蔓延することにもなる。

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3. 財源の側面からみたベーシック・インカム

(1) ベーシック・インカムの費用に関する試算ベーシック・インカムは、すべての国民に対して最低限の生活を保障するために、税を

財源として現金給付を行う社会保障制度のことである。よってこのようなすべての国民に対して現金給付を行うベーシック・インカムの財源をどのように賄うのか、または賄うことができるのか、ということが問題となってくる。しかし、小沢(2002 : 168-170)によると、ベーシック・インカムの財源については、以下のように試算することができ、それによってベーシック・インカムの財源は調達が可能であると主張している。まず彼は、20歳から 40歳までの人が生活扶助における級地制度の区分の中で最も日常生活の費用が高い地域の区分である 1級地―1である東京で一人暮らしをしている場合を想定している。次に小沢は、その場合にかかる生活扶助額が月に85,624円であることを踏まえて、ベーシック・インカムの額が月 8万円であると仮定している。そして彼は以上のことを踏まえて、すべての日本国民に対してベーシック・インカムを支給する際には、総額で 115兆 2,000億円が必要となってくると主張している。しかし、小沢(2002 : 170-176)によると、このようなベーシック・インカムに必要な費用は、以下のような形を賄うことができると主張している。まずベーシック・インカムが導入される際には、現金給付はすべてベーシック・インカムで行うことになることから、社会保障制度における既存の所得保障制度はすべて廃止されることになる。それによって、これまで社会保障給付費における現金給付にかかっていた費用が不必要となる、その結果、その費用をベーシック・インカムに回すことができる。そして、その部分に相当する費用は、1999年度の場合では、43兆 5,471億円である10。

(2)ベーシック・インカムの財源としての税それに加えて、小沢(2002 : 167)では、ベーシック・インカムの財源として所得税への比例課税にそれを求めている。まず、小沢(2008 ; 196-197)は、所得税をベーシック・インカムの財源とする理由として、富の源泉が労働である以上、社会全体としての労働と所得の一体性を切り離すことはできないことを挙げている11。次に小沢(2002 : 167)は、ベーシック・インカムの財源である所得税において累進税率を採用しない理由として、資本主義における所得格差を是正するために、累進税率は必要であるが、ベーシック・インカムによって個々人の生活保障が実現すれば、税制面において所得再分配を行わなくてよいと指摘している。その上で小沢(2002 : 167)においては、ベーシック・インカムによって個々人の生活

に必要な所得が保障されることによって、所得税制における所得控除が不要になることを指摘している。さらにそのことから、小沢(2002 : 176)は、個人所得税における所得控除を廃止することによって、その分の額をベーシック・インカムに回すことができると主張する。次に小沢(2002 : 176)は、総額で約 115兆円かかるベーシック・インカムの財源を所得税で賄うとした場合には、税率をどのような水準に設定することが必要であるの

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かという点に関しては以下のような試算を行っている。つまり給与の総額は、平成 14年度時点で 222.8兆円であることを踏まえた上で、仮にベーシック・インカムの財源をすべて所得税によって賄うとしたら、その税率は 51.6%になる。しかし、山森・橘木(2009 : 265-266)において、橘木俊昭は、このような定率の所得税に対して、これは高所得者と低所得者に対して同じ税率を課すことになることから、逆進性がもたらされることを指摘している。また山森・橘木(2009 : 266)において、山森亮は、ベーシック・インカムにおける財源の一つとして、累進課税の所得税を挙げている12。さらに先述のように、ベーシック・インカムの財源は税ということになっていることを

考慮すると、ベーシック・インカムの財源を所得税に限定する必要はない。つまり、ベーシック・インカムの財源としては、例えば消費税のような他の税制を想定することも可能である13。例えば伊多波(2012 : 7)によると、ベーシック・インカムに賛成する人に対して、そ

の財源として何が望ましいかという質問に対する回答をした際には、以下のような結果がもたらされたとされる。まず、ベーシック・インカムの財源としては所得税が望ましいと考えている人は、回答者の 34.3%であった。次に消費税が望ましいと考えている人は、回答者の 33.0%であった。そして、他の税が望ましいと考えている人は、回答者の 32.7%

であった。つまり、回答者の中では、所得税が望ましいと考えている人が最も多いが、それと同時にその回答と他の回答との差はほとんどないことが明らかになっている。さらに、ベーシック・インカムに賛成する人の中には、「賛成」と答えた人と「どちらかといえば賛成」と答えた人が両方含まれているが、両者のいずれにおいても、この回答と他の回答との差はほとんどなかったとされる。また高松・橘木(2012 : 41)によると、ベーシック・インカムに賛成する人の中で、どのような財源が望ましいかを尋ねたところ、以下のような結果が出たとされている。まず所得税が望ましいと考えている人が 33.1%を占めていた。次に消費税が望ましいと考えている人が 33.3%を占めていた。さらに他の税が望ましいと考えている人が 33.6%を占めていた。つまりどのような税がベーシック・インカムの財源として望ましいか、という質問に対する回答は三分されていたことがわかった。さらに高松・橘木(2012 : 41)は、ベーシック・インカムを支持する人の中には、負の所得税を支持する人もその中に含まれているが、負の所得税を支持する人においても、同様の傾向が見出されるとしている14。加えて高松・橘木(2012 : 41)は、大卒(専門学校・短大・大学院を含む)では約 4割の者が,ベーシック・インカムの財源として所得税を支持しており、その比率は高卒よりも高いことを指摘している15。さらに山森は、負担の公平性という観点から検討すると、所得税よりも消費税の方が適

切ではないかと指摘している。そして彼は、消費税が持つ逆進性を克服する方法として、生活必需品に差をつけることのほかに、ベーシック・インカムそのものによって対応していくことを指摘している16。加えて山森は、他の財源として、所得税や消費税以外の税である環境税や為替取引に低率の税を課すトービン税にそれを求めていくことも提案している17。

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社会保障としてのベーシック・インカム

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ベーシック・インカムでは、すべての国民に対して現金給付を行うための財源をどのように賄うのか、ということが問題となる。しかし、その財源については、小沢の試算によれば、以下のようになる。つまり、1級地―1である東京で一人暮らしをしている場合を想定して、その場合にかかる生活扶助額が月に 85,624円であることを踏まえて、ベーシック・インカムの額が月 8万円であると仮定する。そうすると、すべての国民に対してベーシック・インカムを支給する際には、115兆 2,000億円が必要となる。しかし、他方で、社会保障給付費における現金給付の費用は、すべてベーシック・インカムに回すことができる。また、小沢の試算ではベーシック・インカムの財源として、所得税への比例課税に求め

ている。そして、所得税を 51.6%にすれば、ベーシック・インカムを支給するのに必要な財源を確保することができる。さらに、所得控除の分をベーシック・インカムの財源に充てていく。しかし、所得税における比例課税の逆進性を批判する議論もなかには存在しており、累進課税の所得税にその財源を求めることが望ましいという論者も存在する。しかしベーシック・インカムの財源として何が望ましいかという質問に対する回答では、所得税、消費税、そして他の税において、その差がほとんどないことが明らかになっている。加えて、大卒者の約 4割が所得税をその財源として支持している。さらに、負担の公平性から、ベーシック・インカムの財源としては消費税の方が適切かもしれないが、それが持つ逆進性を克服するために、生活必需品に差をつけること、そしてベーシック・インカムによって対応することを主張する論者もいる。さらに、定率の所得税においても、逆進性は存在する。加えて、所得税と消費税以外の税制に、ベーシック・インカムの財源を求めることも可能である。

4. 結   語

ベーシック・インカムが導入されることによって、社会保険料の未納や社会保険制度への未加入の問題がなくなることになる。また、給付を受けるために必要な受給資格期間を満たす必要もなくなる。さらに、ベーシック・インカムによって、資力調査によるスティグマが生じなくなることから、漏給を改善することができる。しかし、ベーシック・インカムへ移行することによって、現金給付の水準は低下することから、このことを人々が受け入れることができるのかという問題がある。加えて、ベーシック・インカムは、救貧の機能だけではなく、防貧の機能も果たしていることから、ベーシック・インカムの給付水準を設定する場合には、それがどちらの機能を果たすものとして位置づけるのかを考慮する必要がある。さらに、ベーシック・インカムの給付水準が最低限の生活を保障するためには、ナショナル・ミニマム論との関係を、検討する必要がある。そしてそのことは、ベーシック・インカムが労働倫理の崩壊や低賃金労働をもたらすことになるのか、ということにも関わる論点である。また、すべての人々に対して現金給付を行うベーシック・インカムにおいては、その財

源をどのように賄うのか、ということが問題となってくる。しかし、小沢の試算によれば、生活扶助額を踏まえた上で、ベーシック・インカムの額が月 8万円であると仮定すると、

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ベーシック・インカムの費用としては、約 115兆円が必要となるが、それを賄う財源として、まずは社会保障給付費における現金給付の費用を、すべてベーシック・インカムに回すことが想定される。加えて、所得税への比例課税に財源を求めることもできる。そして、そのことから所得税の税率を 51.6%にすれば、ベーシック・インカムの財源を確保できる。その上で、所得控除の分も財源に充てる。しかし、ベーシック・インカムの財源として人々が望んでいるものに関しては、所得税、消費税、そして他の税において、その差がほとんどないという結果が出ている。さらに、消費税によって、負担の公平性を確保するとともに、それに伴う逆進性を克服するために、ベーシック・インカムを用いることが指摘されている。加えて、その財源としては、所得税や消費税以外の税制に求めることも指摘されている。以上のように、本稿においては、ベーシック・インカムを社会保障としての給付と財源

の観点から検討した。しかし、ベーシック・インカムの給付と財源については、それぞれを別個に取り上げて検討するだけではなく、両者を一体のものとして捉えていく必要がある。たとえば仮に、人々が現金給付における給付水準の低下を受け入れることができなけれ

ば、そのことは、同時に社会保障給付費における所得保障部分をベーシック・インカムの財源にあてることもできなくなることも意味する。それによって、財源の面においても、ベーシック・インカムによって現金給付を行うことが困難となる。さらにベーシック・インカムの給付水準だけではなく財源の面においても、社会保障に

おける防貧または救貧の機能との関係について、検討する必要がある。これまで社会保障制度において防貧の機能を果たしていたものは、社会保険制度である。そして、その社会保険制度においては、公費の負担が入ってはいるが、主な財源は社会保険料である。さらに、その社会保険料の場合においては、給付に伴う費用を自ら負担しているという性格があることから、給付に対する権利性が強いという特徴を持つ。よって、仮に税を財源とするベーシック・インカムにおいて給付水準を設定する場合には、果たして受給者の権利が反映するような給付がなされるのかについては、特に社会保障における防貧の機能との関係から検討される必要がある18。

1 その際には、すべての人に同じ金額が支給されることになる。さらにベーシック・インカムが導入されるときは、年金、雇用保険、生活保護などの現金給付の社会保障制度はすべて廃止される。しかし、ベーシック・インカムが導入されたとしても、現物給付の社会保障制度は従来どおりに存続する。このようなベーシック・インカムの考え方については、永嶋(2010b : 1-4)を参照。

   また、金(2014)と金(2015)によると、韓国においては、2009年から社会保障から漏れている層を対象に、韓国の公的扶助制度である基礎生活保障制度において、医療、教育、住宅などに関しては、資力調査を用いない個別給付にするという案が提示されたことを指摘している。さらに、その案が 2013年に発足した朴槿恵政権において、「マッチュム(ニーズ対応)型給付」

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社会保障としてのベーシック・インカム

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として、政治の舞台に乗り、2014年 5月に制定された「住宅給付法」、そして 2015年 7月から施行された基礎生活保障制度改正によって、個別給付体系への改革が行われることになった。これらは、いわば韓国版ベーシック・インカムということができる。

2 また、これまでのベーシック・インカムに関する研究については、ベーシック・インカムを支持することを前提として行われる傾向があった。さらにベーシック・インカムに関する研究は多岐にわたっており、議論が拡散している状況でもあった。このような日本におけるこれまでのベーシック・インカムに関する研究状況については、永嶋(2010b : 1,7)を参照。また日本におけるベーシック・インカムに関する研究状況については、立岩・齊藤(2010 : 285-325)も参照。さらに立岩・齊藤(2010 : 314-321)において齊藤拓は、日本語文献におけるベーシック・インカム批判はそれほど多くないことを指摘した上で、日本においてベーシック・インカムに対して明確に批判している論者の議論を紹介している。加えて新川(2014 : 211)においては、日本におけるベーシック・インカム研究を雇用劣化や格差社会との関係を踏まえて検討している。しかし、以上のような研究状況である一方、新川(2014 : 211-212)にあるように、一般社会においては、ベーシック・インカムに対して反対もしくは懐疑的な立場を取る者が多数派を形成している。そして、その理由として新川(2014 : 212)は、人々の労働に対する信仰が深いことを指摘している。

3 人間の発達に関わる側面については、別稿において検討する予定である。 4 原田(2015 : 44-46)は、生活保護の問題は、生活保護にアクセスできないことであると指摘した上で、ベーシック・インカムの導入を通して、生活保護のレベルを引き下げることによって、生活保護にアクセスしやすくすることを提唱している。しかし、生活保護に関する通説的な理解では、資力調査によってプライバシーが暴かれること、税によって最低生活が保障されることに伴うスティグマ、公的扶助自体に対するイメージの悪さ、そして公的扶助に対する広報不足に伴う生活保護におけるアクセスの困難さに、その要因が求められている。よって、仮に生活保護におけるアクセスの困難さの理由を給付水準に求めるとすれば、生活保護の給付水準がアクセスの困難さをもたらす理由についての説明が求められるとともに、給付水準こそがアクセスの困難さをもたらしているということの論証が必要ではないか。

5 ただ小沢(2008 : 196) によると、小沢(2002)においてベーシック・インカムの額を設定する際には、生活扶助における水準の他にも、老齢基礎年金や障害基礎年金なども参考にしたと述べている。

6 ただその際には、現在防貧の機能を果たしている制度である国民年金の給付水準よりも、救貧の機能を果たしている制度である生活保護制度における給付水準が上回っているということも考慮する必要がある。しかし、他方では、このような年金と生活保護制度における給付水準を比較すること自体の妥当性についても、同時に検討される必要があろう。年金と生活保護における給付水準の違いとその比較の妥当性については、玉井(2012 : 167-168、170-173)を参照。

7 さらに小沢(2008 : 198-199)では、小沢(2002)が設定したベーシック・インカムに対する批判とその回答についても述べられている。

8 ナショナル・ミニマムについては、Webb and Webb(1920)、大前(1982)、大沢(1986)、小山(1995)、江里口(2008)、永嶋(2010a)、江里口(2014)を参照。

9 なお、新川(2014 : 211)においては、ベーシック・インカムの給付水準を可能な限りの高い水準に求めるヴァン・パライス(パリースとも表記される)の議論に対して、能力と努力に応じた成果配分が約束されなければ、市場経済が機能しないことを理由に反対している。さらに、新川(2014 : 230-231)では、市場資本主義を前提とするのであれば、ベーシック・インカムは生活の最低保障に限定すべきであると指摘している。

10 その後小沢は、小沢(2008 : 197-198)で、小沢(2002)において、ベーシック・インカムの財源を給与総額への課税によって調達することになれば、源泉徴収される給与所得者への課税のみが想定されてしまい、申告所得税に関わる所得の課税は想定されないということになると批

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永 嶋 信二郎

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判した。そして小沢(2008 : 197-198)はそれを踏まえて、所得税への課税を一貫させれば、給与総額ではなく、総所得総額への課税とすべきであるとして、自らの主張に対して修正を行った。それによって、小沢(2008 : 197-198)によると、2008年度では、給与総額の 211.8兆円ではなく、総所得総額である 257.5兆円に課税することになると指摘する。その結果、小沢(2008 : 197-198、213)の試算によると、ベーシック・インカムの調達に要する所得税の比例税率は、45%になり、給与総額を財源とした税率より毎年 8%から 10%低減されることになるとされている。

11 なお、ベーシック・インカムの財源としての所得税に関するこれまでの研究については、伊多波(2012 : 7-8)を参照。

12 小沢(2008 : 213)は、まずベーシック・インカムにおけるシンプルさを保つために、比例課税が望ましいことを指摘する。次に小沢は、ベーシック・インカムの不十分さを補う制度や政策の実施に必要な財源として、富者への課税方法を検討することを指摘する。

13 ベーシック・インカムの財源としての税に関するこれまでの研究については、山森・橘木(2009 : 265-266,270)を参照。

14 負の所得税とは、所得が課税最低限を下回った場合に、給付を行う社会保障制度のことである。この負の所得税のように、ベーシック・インカムの中には、さまざまなタイプのものが存在する。ベーシック・インカムの類型や負の所得税については、永嶋(2010b : 2-3)を参照。

15 また高松・橘木(2012 : 41-42)によると、この結果を高い経済階層の者が多い高学歴層であっても、所得が保障されるのであれば、所得税への課税はそれほど否定的ではないことと捉えている。そして高松・橘木(2012 : 41-42)、その理由として高学歴者であっても、失業や転職とは無縁ではなく、所得によるセーフティーネットを望んでいることなどを挙げている。

16 山森・橘木(2009 : 264)。17 山森・橘木(2009 : 266)。18 もちろん、前述のように、国民年金の給付水準よりも、生活扶助の給付水準が上回っているという問題が実際には存在している。

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