2020/5/29

1

歴史研究からみた新型コロナウイルス

災いはどこへ濃縮されていくのか

京都大学人文科学研究所藤原 辰史（Tatsushi Fujihara）

2020/5/29

2

この記事への「コメント」

2020/5/29

3

歴史研究の中の感染症

1. 農耕社会へ。１０万規模の都市の形成、感染症の多発（スコット『反穀物の歴史』）

2. ヨーロッパのペスト。特に１４世紀のペストとユダヤ人虐殺（村上陽一郎『ペスト大流行』）

3. コロンブスの交換。新大陸へ感染症を運ぶヨーロッパ人（クロスビー『ヨーロッパ帝国主義の謎』、ダイヤモンド『銃・病原菌・鉄』など）

4. 植民地＝医学のフロンティアと感染症（飯島渉『マラリアと帝国』）

歴史研究からの視点1. 今、私たちは、後世の子どもたちが歴史の授

業で暗記しなくてはならない出来事の渦中にいる。後世の世代によって、私たちがどのような行動をとったのか、どういう発言をしたのか、全て検証される。

2. この時代の問題が、どこからきて、どこへ向かうのか。時間を現在にしぼる考察には限界がある。医学の専門家の分析だけでは弱い。過去から現在を見て、未来を見渡すような考察が必要である。

3. どこに向けて災いが社会的に濃縮するのか。Cf: アメリカの食肉工場、アフリカの飢餓地帯、スラム街、貧困層、病院から遠い場所、医療の現場・・・。

2020/5/29

4

「肺」と「胃」のグローバル・ウォーとしての第一次世界大戦（1914-1918）

• スパニッシュ・インフルエンザで、50万人の黒人労働者が死亡したベルギー領コンゴの鉱山群は閉山に追い込まれる。

• ペルーの銅山も同様の状態に。

• アメリカの炭坑地帯である人口6000人のペンシルベニア州マイナーズビルでは、200人が孤児になった （『グレート・インフルエンザ』、124頁。

• 三菱の鉱山で死者の増加

・ドイツ軍による毒ガスの使用

塹壕＝戦線が膠着＝海上封鎖＝食料戦争＝ドイツやオーストリア・ハンガリーで飢えが蔓延＝東南アジアの米価上昇＝米騒動の前触れ

塹壕＝食料戦争Food War＝栄養失調＝スパニッシュ・インフルエンザの蔓延を助⾧＊どちらも低所得者に危機が直撃＞革命や暴動へ。

塹壕＝チフスなどの感染症の巣窟＝日本の除虫菊が売れる

WW１＝グローバル・ウォーCOVID-19も日本の問題ではない。感染症打破オリンピックではない。地球規模の問題。（感染が拡大していない地域は未来の感染地になりうる。私たちの健康と直結している）

カブラの冬（1916-1917）のスープキッチン

塹壕戦

2020/5/29

5

スパニッシュ・インフルエンザ（1918-1920）

新型コロナウイルス（2020-）

世界の人口と犠牲者 18億人（死者4000万人から1億人）

77億人（2020年5月27日現在で死者は35万人）

「運び屋」 第一次世界大戦の兵士 ツーリストなど

リスクにさらされやすい人

低所得者、清掃業者、ケア労働従事者、元気な若者など

低所得者、清掃業者、ケア労働従事者、高齢者など

医療技術 ウイルスが病原体と分かっていない段階、初期はマスクも重視されず。ワクチンも万能ではなかった。

遺伝子解析まで終了。ワクチンの生産。ただし、防護服などの不足。

大きな出来事 第一次世界大戦、講和条約

オリンピック、「経済活動」

複合禍 ヨーロッパの飢餓、貧困

貧困、地震、津波、台風、水害

イギリスの1000人中のスパニッシュ・インフルエンザおよび肺炎の死者の数（波に注目）

出典：Jordan E., Epidemic influenza: a survey. Chicago: American Medical Association, 1927

2020/5/29

6

あらゆる死因が込み

速水融『日本を襲ったスペイン・インフルエンザ 人類とウイルスの第一次世界戦争』藤原書店、2006年、346頁。

2020/5/29

7

被害はどこに濃縮されていくのか

人口 死亡数 死亡率（千人あたり）

日本内地 55,963,053 453,452 8.1

樺太 105,765 3,749 35.4

朝鮮 17,284,407 234,164 13.5

関東州 687,316 - -

台湾 3,654,398 48,866 13.4

合計 77,694,939 - -

合計関東州除く 77,007,623 740,231 9.6

「帝国日本」のインフルエンザ死亡者数（1918年-1920年）

速水融『スペイン・インフルエンザ』藤原書店、2006年、427頁。

速水融『スペイン・インフルエンザ』藤原書店、2006年、354頁。

2020/5/29

8

• リチャード・コリヤーの『インフルエンザ・ウイルス スペインの貴婦人』（中村定訳、清流出版、2005年）によると、イギリスの植民地シエラレオネのフリータウンでは、多数の患者が乗った船が入港したとき、検査せずにそのまま上陸させた結果、感染によって2000人の死者が出た。

• スペインとフランスの共同統治であるタンジエでは、病気が蔓延後三週間経ってようやく行政官が動き始めたが、一番酷かった地域は放置され汚物が積み上がっていた。

• →植民地行政は感染症対策に杜撰なところが多かった。では、今、旧植民地はどうなのか。

• 飢餓や暴力（モザンビークの報告）

ムンク《スパニッシュ・インフルエンザにかかった自画像》（1919）

マックス・ヴェーバー、エゴン・シーレ、グスタフ・クリムト、島村抱月なども死亡。

2020/5/29

9

Zeitschrift „Simplizissimus“, Heft 29 vom 15. Oktober 1918

ジョン・ハリー『グレート・インフルエンザ』平澤正夫訳、共同通信社、2005.

2020/5/29

10

ジョン・ハリー『グレート・インフルエンザ』平澤正夫訳、共同通信社、2005.

ジョン・ハリー『グレート・インフルエンザ』平澤正夫訳、共同通信社、2005.

2020/5/29

11

ジーナ・コラータ『インフルエンザウイルスを追う』渕脇耕一他訳、Newton Press, 2000

ジョン・ハリー『グレート・インフルエンザ』平澤正夫訳、共同通信社、2005.

2020/5/29

12

ジーナ・コラータ『インフルエンザウイルスを追う』渕脇耕一他訳、Newton Press, 2000

これから起こりうること1. 弱い立場にある人びと（テレワークができな

人びと）のさらなる生活の危機。政府の再配分の失敗。

2. 歴史的にみれば、第二波、第三波の可能性は否定できない。

3. 不況。IMFの試算では、何も対策をしない場合は、五年の不況が続く。日本は5.2％のマイナス成⾧。→派遣切り、野宿者、失業者。1929年10月の世界恐慌（ニューディールとナチズムと日本の軍国主義と第二次世界大戦への道）

2020/5/29

13

3. 複合災害 水害が今年だけ起こらない、大地震は今年はない、なんて都合が良い。避難所をどうするべきか？ 仕切りの準備、トイレの準備、食事の準備は？ 食料危機。私が最も強調したいこと。今はまだ大丈夫だが、⾧期化した時に、農業を軽視してきた日本のツケが襲うだろうし、アフリカの飢餓はもう始まっている。

4. 惨事便乗型資本主義（ナオミ・クライン）の危険。スラム・クレンジング。中小企業の淘汰。一昨日可決された「スマートシティ法」＝情報の自由化による、デジタル管理国家とデジタル・キャピタリズムの成⾧。

5. 社会変革

ちょうど感染流行の時期に、、、

• ドイツ帝国のホーエンツォレルン家、オーストリア＝ハンガリー二重君主国のハプスブルク家が、それぞれ革命や民族運動によって倒れる。

• 1919年3月１日の朝鮮半島での蜂起も、朝鮮で死者が続出した直後。

• 日本では1918年から20年にかけて、日本列島各地で、米価の高騰で困窮する労働者や生活者の抗議行動が広った＝「米騒動」。