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ミリ波通信の回線設計
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目次
1. はじめに
2.ミリ波
2.1 ミリ波通信の潜在力
2.2 ミリ波の性質
3.ミリ波通信の回線設計
3.1 デバイス構成および要求仕様
3.2 計算結果
4.計算の詳細
4.1 リンクバジェットの計算
4.2 MCS 値と各種パラメータの関係
4.3 大気による伝搬損失(酸素および水蒸気)
4.4 降雨による伝搬損失測定
4.5 降雨強度
5.最後に
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1.はじめに
近年、動画配信や VR/AR を活用したゲーム等の各種アプリケーションが社会に広く普及してきてい
ます。さまざまな利用ケース・利用シーンに対応する上では光ファイバといった有線での通信だけでな
く無線通信においても高速大容量化が求められています。しかし無線通信においてこの要求に対応する
には、これまでの4G で使用している Sub6GHz の周波数帯では帯域が狭くて実現できません。そのた
めモバイルネットワークは新しい周波数を Sub6GHz・ミリ波帯へ割り当てた大容量伝送を実現する第
5世代移動通信システム(5G)の検討が進められてきました。5Gではモバイルブロードバンドの高
度化以外に、産業の高度化・自動化、自動運転の実現に向け、特徴である超高速通信(10Gbps)、超低
遅延(<1ms)・同時多接続(100 万台/km2)を生かしたサービスが検討されています。その実現には、
広帯域の確保が可能な 28GHz・47GHz・60GHz などのミリ波帯通信の活用が不可欠で各国でインフラ
整備が進められています。5Gへの移行は米国・韓国では 2019 年 4 月より開始、日本では 2020 年 3
月から開始されました。
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2.ミリ波
2.1 ミリ波通信の潜在力
大容量のデータを一度に素早く送受信するためには、通信速度の向上が欠かせません。通信速度向上
のための手段の一つとして、広い周波数帯域の利用が挙げられます。現在無線通信で使用されている周
波数帯域は、極超短波、センチメートル波といわれる帯域ですが、これらの帯域は様々な用途で分割し
て使用されているため、広い帯域幅を確保することが出来ません。
シャノンの定理では通信容量は下式で示されます。
C=B log2(1+S/N)
C:通信容量
B:帯域幅
S/N:SN 比(S:信号レベル、N:雑音レベル) SN 比が倍になっても通信容量は倍にはなりませんが、帯域幅を倍にすれば通信容量を倍にすることが
出来ます。
通信容量を上げるため、SN 比を上げることは重要ですが、帯域幅を確保することがより効果的です。
例えば、 Wi-Fi で使用される 2.4GHz や 5GHz の帯域では僅か 0.5GHz 以下の帯域幅にとどまって
います(図 1①参照)。
一方、ミリ波では未だ割り当てられているサービスが少ないため、広い帯域幅が確保できます。60GHz
帯域では、日本で トータル 9GHz 、同じく米国では 14GHz の帯域幅が確保可能です(図 1②参照)。
この広い帯域幅によって通信速度は桁違いに上がり、ギガビットクラスの高速通信が可能になります。
図1 無線通信に用いられる周波数帯
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2.2 ミリ波の性質
ミリ波帯では、その周波数の高さから損失の増大が懸念されます。
無線通信機器を構成する場合、特にアンテナを構成する基板には低損失な材料が求められるほか、損失
を抑えるために RF-IC とアンテナを最短接続する必要があります。そのため基板上に配線パターンとし
て構成したアンテナと RF-IC を組み合わせた一体型のモジュール構造が採用されます(図 2 参照)。
空中伝搬においては減衰しやすいといった特⾧があります。フリスの伝達公式から自由空間基本伝搬
損失は下式で表すことが出来ます。
損失=(4πd/λ)2
d:距離
λ:波⾧
この式から自由空間基本伝搬損失は距離の 2 乗に比例して大きくなりますが、周波数に対しても同様に
2 乗に比例して大きくなることがわかります。図 3 に例を示します。
図 4 に電磁波の大気による伝搬損失の周
波数特性を表します。
ミリ波は他の周波数と比べ酸素や水分吸収
により減衰しやすいといった特徴があり、
特に 60GHz では、酸素吸収に起因する大
きな損失(最大 16dB/km)があり、伝搬距
離が他の周波数よりも短くなります。
以上のように、ミリ波帯の周波数を扱うに
はその性質を理解した上で、アンテナ設計
や回線設計をすることが重要になってきま
す
図2 RF モジュール 図3 伝搬損失
AiP(Antenna in Package)
図4 大気による伝搬損失の周波数依存性[1]
(気圧 = 1013.25 hPa, 気温 = 15℃, 水蒸気密度 = 7.5g/m3)
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3.ミリ波通信の回線設計
ミリ波帯を用いた通信ネットワークの構築において、天候(降雨量)、伝送距離と伝送速度との関係
性の把握が重要となっています。ここでは、理論上の最大伝送距離を算出する回線設計(レベルダイヤ
グラムの作成)の方法について紹介します。
3.1 デバイス構成および要求仕様
ミリ波通信部のデバイスの構成を図5示します。ミリ波通信部は、ミリ波帯無線信号の入出力を行う
RF-IC と、MAC フレームの生成・復元、および RF-IC の制御を行う BB-IC と、ミリ波帯の送受信を行
うフェーズドアレーアンテナから構成されています。また、ミリ波通信部の RF 部に関する要求事項の
一例を表 1 に示します。
図5ミリ波通信部のデバイス構成
表 1 RF 部に関係する要求仕様例
No. 項目 記号 目標仕様の例
1 中心周波数 -- CH1(58.32GHz), CH2(60.48GHz), CH3(64.64GHz),
CH4(64.80GHz), CH5(66.96GHz), CH6(69.12GHz)
2 EIRP -- +37dBm 2×RF 同時送信時の FCC のリミット値
+40dBm 1×RF 送信時の FCC のリミット値
3 アンテナ利得 -- 23dBi (θ=0)、21dBi (θ=±45°)
4 伝送距離(要求) d MCS 9 で 200m 伝送
5 動作周囲温度 T 85℃ (358K)
6 降雨強度
(降水量) --
12 mm/H[2]
ITU-R 勧告 PN.837-1 Table1 に示された Rain climatic
zones の Region K (時間確率 99.9%)の時の降雨強度
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3.2 計算結果
表 1 の要求事項を考慮し、各送信 CH における、伝送距離と MCS 5、9、12 の受信リミット値(受信
電力値)との関係を図6示します。電波の強度を示す、送信 EIRP(実効輻射電力)は電波法で定められ
たリミット値の+40 dBm としています。実線は伝送距離における受信電力を表しております。点線で
示す、MCS リミット(表 3 に示す伝送方式および伝送レートを実現するための最小受信電力)との交
点が最大伝送距離となります。MCS 9 を基準とした時の、最大伝送距離を表 2 に示します。計算の詳細
については、4 章以降にて説明します。
(a)f=58.32 GHz (CH1) (b)f=60.48 GHz (CH2)
(c)f=62.64 GHz (CH3) (d)f=64.8 GHz (CH4)
(e)f=66.96 GHz (CH5) (f)f=69.12 GHz (CH6)
図6 各 CH における、受信電力と MCS 5、9、12 の受信リミットとの関係
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表 2 0 度方向の時の伝送可能距離
(EIRP=+40dBm, 受信アンテナ利得 23dBi, T=85℃)
項目 単位 値
降雨強度 mm/H 12 0
MCS -- MCS 9
変調方式 -- /2 QPSK
速度(PHY) Mbps 2502.5
受信リミット値 dBm -59
最大
伝送距離
CH1(58.32GHz) m 224 248
CH2(60.48GHz) m 207 228
CH3(62.64GHz) m 216 240
CH4(64.80GHz) m 242 280
CH5(66.96GHz) m 254 301
CH6(69.12GHz) m 250 298
4 計算の詳細
4.1 リンクバジェットの計算
伝送可能距離を計算するためのレベルダイヤグラムを図7示します。受信電力 PR と、熱雑音電力 NS、
受信機(BB-IC)の許容 C/N 値および実装損失から算出した最小受信電力 RS とを比較し、PR>RS とな
れば、送信から受信への安定した信号の伝達(例、1% PER for 8kB packet length)が可能となります。
一方、PR<RS となる時は、受け取ったデータにエラーが発生します。
図7 レベルダイヤグラム
受信電力 PR、最小受信電力 RS、熱雑音電力 NS の計算式を以下に示します。
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<受信電力>
𝑃 (dBm) = 𝑃 − 𝐿 + 𝐺 − 𝐿 − 𝐿 − 𝐿 + 𝐺 − 𝐿 (1)
(EIRP)
𝐿 (dB) = 10log + ∙
+ ∙
+ 𝐿 (2)
(自由空間損失) (大気吸収) (降雨吸収) (ポインティング損失)
但し、
PR(dBm): 受信電力
PT(dBm): 送信電力
GT(dBi): 送信アンテナ利得
GR(dBi): 受信アンテナ利得
LB(dB): 伝搬損失
(m): 搬送波の波⾧(周波数設定値は表 1 を参照)
d(m): 伝送距離
Lo(dB/km): 大気による吸収(各周波数における伝搬損失を 4.3 項に示す。)
Lr(dB/km): 降雨による吸収(計算式は ITU-R 勧告 P.838-3、計算結果を 4.4 項に示す)
Lc(dB): レドームの吸収(例、1.0dB)
LP(dB): ポインティング損失(指向性アンテナのずれによる損失, =0.1dB)
LF(dB): アンテナ引き出し線の損失(本書ではアンテナ利得に含めて計算)
<熱雑音電力>
𝑁 (dBm) = 10log (𝑘𝑇∆𝑓) + NF + 30 (3)
※ 式(3)の 30 は dBm 表示するため
但し、
k(J/K): ボルツマン定数(1.38×10-23)
T(K): 絶対温度(358K) 85℃
△f(Hz): 等価雑音帯域幅(1.76 ×109)
NF(dB): RF-IC 受信機の雑音指数。本書では、10dB と設定した。
<最小受信電力>
𝑅 (𝑑𝐵𝑚) = 𝑁 + 許容 C/N 値(dB)+実装損失(dB) (4)
但し、
許容 C/N 値(dB): BB-IC が受信可能な信号電力と雑音電力の比
(BB-IC の仕様による。表3にしめす、最小受信電力値に含まれている)
実装損失(dB): 実装損失(Phased Array アンテナの位相調整誤差による損失分)の設定値。
(温度による特性変動分も含まれる。本書では、5 dB と設定した。)
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4.2 MCS 値と各種パラメータの関係
IEEE802.11ad に基づく 60GHz 帯ミリ波通信では、受信電力や SN 比といった通信状態に応じて変調
方式を調整する適応変調方式を用いております。MCS(Modulation and Coding Scheme)値と各
種パラメータ、および最小受信電力の関係を表 3 に示します。
Data Rate(Mbps)は周波数帯域(1760 MHz)、Modulation symbol(448 Symbol)と Guard interval
(64 Symbol)の比、NCBPS(1 シンボル当たりのコードビット数)、繰り返し数、Code Rate(誤り訂正
のための冗⾧符号化率)を式(5)に代入して計算します。MCS 0 については Guard interval を持たず
に 32 回繰り返しデータを扱う方式となっています。
Data Rate(Mbps) = 周波数帯域(MHz)×(448/512)×NCBPS÷繰り返し数×Code Rate (5)
表 3 MCS 値と各種パラメータ一覧
MCS 変調方式 NCBPS 繰り返し Code
Rate
DataRate
(Mbps)
最小受信電力
(dBm)[3]
0 DBPSK 1 32 0.50 27.5 -78
1 /2 BPSK 1 2 0.50 385.0 -68
2 /2 BPSK 1 1 0.50 770.0 -66
3 /2 BPSK 1 1 0.63 962.5 -65
4 /2 BPSK 1 1 0.75 1155.0 -64
5 /2 BPSK 1 1 0.81 1251.3 -62
6 /2 QPSK 2 1 0.50 1540.0 -63
7 /2 QPSK 2 1 0.63 1925.0 -62
8 /2 QPSK 2 1 0.75 2310.0 -61
9 /2 QPSK 2 1 0.81 2502.5 -59
10 /2 16QAM 4 1 0.50 3080.0 -55
11 /2 16QAM 4 1 0.63 3850.0 -54
12 /2 16QAM 4 1 0.75 4620.0 -53
(各 MCS の最小受信電力値は IEEE802.11ad Clause20 Table 20-3 から引用)
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4.3 大気による伝搬損失(酸素および水蒸気) 60GHz 帯の電磁波は酸素による吸収が大きく、伝搬損失が無視できない大きさとなっています。各
CH における伝搬損失を、図4に基づいて算出します。読み取った損失値を表 4 に示します。CH1 から
CH3 については、酸素吸収が通信品質に影響を与える要因となっています。
表 4 大気による伝搬損失
CH(周波数) 伝搬損失(dB/km) CH(周波数) 伝搬損失(dB/km)
CH1(58.32GHz) 13.0 CH4(64.80GHz) 4.5
CH2(60.48GHz) 16.0 CH5(66.96GHz) 1.2
CH3(64.64GHz) 12.0 CH6(69.12GHz) 0.6
4.4 降雨による伝搬損失測定 降雨による伝搬損失(dB/km)についても、酸素と同様に通信品質に影響を与える要因の一つとなっ
ています。ITU-R 勧告 P.838-3(Specific attenuation model for rain for use in prediction methods)[4]
に記載された式を用いて、降雨吸収係数のパラメータと k を算出し、降雨強度 R(mm/H)を加えて伝搬
損失γR を求めます。下記の、式(6)、式(7)にある係数は仰角、は偏波角(垂直偏波=90deg., 水
平偏波= 0deg., 円偏波=45deg.)を示します。その他の係数 kx、x については、P.838-3 規格におい
て、周波数ごとの一覧表がありますので、本書では、省略します。
k = [𝑘 + 𝑘 + (𝑘 − 𝑘 ) 𝑐𝑜𝑠 𝜃 𝑐𝑜𝑠2𝜏]/2 (6)[4]
α = [𝑘 𝛼 + 𝑘 𝛼 + (𝑘 𝛼 − 𝑘 𝛼 )𝑐𝑜𝑠 𝜃𝑐𝑜𝑠2𝜏]/2𝑘 (7)[4]
γ = 𝑘𝑅 (8) 式(6)、式(7)から得られたパラメータと k を用いて、垂直偏波=90(deg.)の時の損失を計算し、CH1
から CH6 の周波数範囲(57GHz~71GHz)における伝搬損失を算出しました。結果を図5に示します。
図5 降雨強度による伝搬損失計算結果(ITU-R 勧告 P.838-3 を引用)
Rainfall intensity
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4.5 降雨強度
降雨強度(mm/H)については、表 1 の要求仕様例に基づき、ITU-R 勧告 P.837-1 (Characteristics of
precipitation for Propagation modelling)の Table1 に示された Rain Climatic zones の Region K (時間
確率 99.9%)の時の降雨強度を採用します。図 6 を用いると計算に使用する降雨強度は 12mm/H となり
ます。Region K とは、北米では東海岸、欧州では地中海沿岸、アジアでは東日本、中国の一部、インド
北部が該当します。
図6 Rain Climatic zones と降雨強度の関係[2](ITU-R 勧告 P.837-1 を引用)
5.最後に
天候(降雨量)、伝送距離と伝送速度との関係性を把握するための、回線設計方法について解説を行
いました。フジクラでは、ミリ波通信評価装置を開発し、フィールドにおける⾧期間の通信試験を実施
しております。本書で示した理論計算値と試験結果との関係性について、評価を継続して行っておりま
す。
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参考文献
[1] Recommendation ITU-R P.676-11(09/2016) Attenuation by atmospheric gases
[2] Recommendation ITU-R P.837-1 Table 1
[3] IEEE802.11-2016 Table 20-3
[4] Recommendation ITU-R P.838-3 Specific attenuation model for rain for use in prediction
methods
株式会社フジクラ 電子応用技術 R&D センター
ミリ波事業開発室
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